「ノーヴィス」
2024年11月5日(火)シネ・リーブル池袋にて。午後2時より鑑賞(シアター2/D-4)
~ボート部の新入部員の狂気。緊張感にあふれた重量級の映画
スポーツを本格的にやったことはない。せいぜい大学で軟式野球のサークルに入っていたぐらいだ。それも代打専門でバント要員だったから大したことはない。
そんな私が、ボート部に入って極限までトレーニングに励んだような疑似体験をしてしまったのが、「ノーヴィス」という映画だ。ノーヴィスとは、スポーツの初心者のこと。つまり新人である。
主人公は大学1年生のアレックス(イザベル・ファーマン)。女子ボート部に入部し、過酷なトレーニングにのめり込む。一方で、専攻の物理でも好成績を収めようと必死になる。だが、ボートは未経験で、同じ1年生で高い運動能力を持つジェイミー(エイミー・フォーサイス)に後れを取る。それでも必死にレギュラー入りを目指すアレックス。その強い執着心は次第に狂気を帯びていく……。
スポーツ映画と言えば、汗と涙と感動に満ちた映画を思い浮かべるが、この映画にそんなものはない。終始、暗く重たい緊張感がスクリーンを覆いつくす。カタルシスとは無縁。それでも目が離せない。デイミアン・チャゼル監督の「セッション」やダーレン・アロノフスキー監督の「ブラック・スワン」あたりを彷彿させる映画だ。
まず緊張感の要因となるのは、アレックスの入部の動機だ。映画の序盤、コーチが新入部員たちに聞く。「どうしてボート部に入りたいのか?」と。そこで部員たちは口々に「奨学金が欲しいから」「友達ができるかと思って」などと言う。アレックスにも同じ質問をするが、そこで邪魔が入り、アレックスが答えを言わないままドラマが進む。
つまり、彼女がなぜボート部に入りたいのかは謎のままなのだ。このことが最初からドラマに緊張感をもたらす。
映像も緊張感に満ちている。主人公の不安な心理を反映するような不安定な映像をはじめ、様々なスタイルの映像が観客の心を揺さぶる。
例えば、同じボートの練習風景でも手持ちカメラの揺れる映像でとらえたり、正面から固定カメラでとらえたり、細部をクローズアップしたスローモーション映像で描くなど多種多彩。おかげで、単調なボート練習でも飽きることがない。スローモーション映像のバックにはノスタルジックなオールディーズ曲が流れ、ドラマにメリハリをつける。
音楽だけでなく音も効果的に使われる。特に神経を逆なでし、緊張感を増幅させる効果音が目立つ。監督のローレン・ハダウェイはもともと音響の専門家で、「セッション」「ヘイトフル・エイト」などの音響を担当。大学時代にボート競技に没頭した自身の体験を基にこの初監督作を描いたという。
説明的なセリフや場面などはほとんどないが、それでもチラチラと見えてくるものがある。アレックスはどうやら高校時代から、ひたすら限界を超えるような努力を重ねてきたらしい。大学に入ってもボートに勉強にと努力を重ねる。それが自分を追い込んでいくとも知らず。
ボート部は上級生たちの一軍と二軍に分かれ、新入部員たちに一軍に入る隙はなかなかなかった。しかし、一軍にケガ人が出たことから、アレックスとジェイミーにチャンスが訪れる。ジェイミーは奨学金を得るために必死にレギュラー入りを目指す。アレックスはそれを受けて、ますます自分を追い込んでいく。
そのあまりに激しい苦行僧のような追い込み方に、観ているこちら側も居心地が悪くなってくる。アレックスの異様な精神状態に共振し始める。アレックスはついには自傷行為に及ぶようになる。
ボート部のコーチをはじめ周囲は、アレックスに「肩の力を抜け」と忠告する。アレックスは元指導教官の女性と付き合うようになるが、彼女からも「肩の力を抜きなさい」と忠告される。だが、彼女にはそれができないのだ。
終盤、チームメイトからもそっぽを向かれ、孤立し、もはや常軌を逸した精神状態に陥ったアレックスを稲妻が襲う。そして、その後の意味深なラスト……。
アレックス役のイザベル・ファーマンは、「エスター ファースト・キル」でおなじみ。ストイックで狂気を帯びた演技が絶品だった。表情をあまり変えないからかえって怖いのだ。
「スポーツは楽しんでやるもの」という考え方が主流の昨今。それとは対極ともいえる映画だ。まるで自分がスクリーンに入り込んだかのように、アレックスの心理を追体験した。ボート部のあれこれを描いたミニマムな映画ながら、重量級の重さをもつ映画だった。
◆「ノーヴィス」(THE NOVICE)
(2021年 日本)(上映時間1時間37分)
監督:ローレン・ハダウェイ
出演:イザベル・ファーマン、エイミー・フォーサイス、ディロン、シャーロッテ・ウベン、ジョナサン・チェリー、ケイト・ドラモンド
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
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