映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「海の沈黙」

「海の沈黙」
2024年11月22日(金)キノシネマ新宿にて。午後3時15分の回(シアター1/E-12)

~骨太で重厚な人間&恋愛ドラマ。これぞ倉本聰ワールド!

 

倉本聰と言えば、「前略おふくろ様」「北の国から」など数々の名作テレビドラマの脚本家として知られている。その倉本が長年温めていた物語を「沈まぬ太陽」「Fukushima 50」などの若松節朗監督が映画化した。もちろん脚本は倉本聰。映画の脚本としては「海へ See you」(1988)以来、実に36年ぶりの作品となるらしい。

売れっ子脚本家になり損ねた私としても、これはぜひ観なければなるまい。

世界的な画家・田村修三(石坂浩二)の展覧会で、作品のひとつが贋作だと判明する。田村自らそれを指摘したのだ。その余波で、その絵を保有していた美術館の館長が自殺する。一方、北海道・小樽で全身入れ墨の女性の死体が発見される。2つの事件から、かつて新進気鋭の天才画家と呼ばれながら、ある事件をきっかけに人々の前から姿を消してしまった津山竜次(本木雅弘)が浮かび上がる。当時の竜次の恋人で現在は田村の妻である安奈(小泉今日子)は、彼の消息を追って小樽へ向かうのだが……。

重厚で骨太なドラマだ。序盤は贋作を巡るミステリー調の出だし。本来は主人公であるはずの竜次が全く登場しない異色の展開だ。その中から、少しずつ竜次という謎の存在が見えてくる。

そして、中盤以降はその竜次が登場し、彼の人生を描く。それは美を徹底的に追求する壮絶な人生だ。同時に、そんな竜次に対する安奈の秘めた思いへとつながっていく。

正直なところ、ミステリー的な妙味はあまりない。画壇から消えた画家と有名画家の妻との愛などというのも、いかにもありそうなパターン。それでも陳腐な物語にしないところは、さすがに巨匠の脚本だけはある。

竜次が創作に命を懸ける様子は壮絶で、観ているだけで圧倒される。竜次と安奈の再会のシーンは両者の思いがスクリーンにあふれて、たまらなくなってくる。

終盤のシーンも素晴らしい。2人の別れの時。竜次の枕元で揺れるろうそくの炎。それはろうそく作家でもある安奈が作ったものだ。そこから蠟が溶けて流れ出し、まるで涙を流しているように見える。それを見つめる安奈。これぞ名シーン!

本作はテーマ性も追い求めた映画だ。何の邪心もなく、ひたすら美を追求する竜次の姿勢を通して、美とは何かを問いかける。また、それに価値をつけて、お金を生み出すことの意味も問いかけている。このあたりも倉本脚本らしい。

竜次と安奈の周囲に、竜次に長年仕えるフィクサーのスイケン(中井貴一)、贋作事件を追う美術鑑定の権威・清家(仲村トオル)、全身刺青の女・牡丹(清水美砂)、竜次を慕う女アザミ(菅野恵)ら個性的な人物を配し、それぞれのドラマを劇的に展開するところもなかなか面白い。

ただし、竜次と安奈の純愛を描くなら、2人が恋人当時の姿をもっと見せてくれた方が、その絆の強さに納得できたと思うのだが。

ついでに言えば、物語の説明はおろか、人物の感情までセリフで語ってしまうのは、ちょっと味気ない。それをきちんとドラマで描けば、とても2時間程度の尺では間に合わなくなることは理解するが。

いやいや、若い脚本家ならともかく、巨匠にそんなことを言っても仕方がない。そういうところも含めて、倉本ワールドを堪能すべき映画なのだろう。

何よりもベテラン中心の俳優陣の演技が見事な映画だ。本木雅弘は竜次の壮絶な人生を体現。一歩間違えば漫画チックになってしまうほどエキセントリックな役だが、枯れた外見に熱い情熱を隠し持ち、美に向き合う姿が心を揺さぶる。

そして、小泉今日子も凛として田村の妻の役を果たしながら、竜次への思いを隠し切れない安奈を好演。抑制的なその演技から、多くの感情が伝わってくる。

その他の役者たちもいずれも存在感ある演技を披露。石坂浩二は、あの年でもバリバリ現役感があるよなぁ。

というわけで、最近にしては珍しい重厚な恋愛&人間ドラマだ。時代の先端を行くのもいいが、こういう普遍性あるドラマもいいものだ。間違いなく倉本聰の世界がここにある。

◆「海の沈黙」
(2024年 日本)(上映時間1時間52分)
監督:若松節朗
出演:本木雅弘小泉今日子清水美砂仲村トオル、菅野恵、石坂浩二萩原聖人、村田雄浩、佐野史郎田中健三船美佳津嘉山正種中井貴一
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/uminochinmoku/

 


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