「ドリーム・シナリオ」
2024年11月23日(土)イオンシネマ板橋にて。午後2時より鑑賞(スクリーン3/D-6)
~SNS社会を痛烈に皮肉った不条理スリラー。ニコラス・ケイジの演技がすごい
前作「シック・オブ・マイセルフ」でSNS時代の闇を描いたノルウェーのクリストファー・ボルグリ監督の北米進出作「ドリーム・シナリオ」。製作はあのA24。「ミッドサマー」のアリ・アスターも製作に名を連ねている。
とくれば、これは期待してしまうわけだ。
「夢」をモチーフにした不条理スリラー映画だ。平凡な大学教授ポール・マシューズ(ニコラス・ケイジ)は、何百万人もの見知らぬ人々の夢の中に出没するようになる。一躍有名人になり、メディアからも注目されるようになる。困惑しつつも有頂点になるポール。だが、次第に夢の中のポールが凶暴化したことで事態は一変する。人々はポールを恐れ、彼は一転して嫌われ者になってしまう……。
この映画、まずもってポールのキャラ設定がうまい。ポールは大学教授ではあるものの、輝かしい業績があるわけではない。本を出したいと思っているが、いまだに実現していない。彼の講義に集まる学生はそれほど多くない。
映画の序盤、ポールが昔の研究仲間の女性と会う。彼女の論文が近いうちに科学誌に掲載されるという。ポールはそれに異を唱える。自分がかつて研究した題材だと思うからだ。しかし、相手は取り合わない。まさにポールの仕事の現在地を表すエピソード。研究者として思うに任せない日々を送っている。
だが、その一方で家庭では妻と2人の娘がいて、多少の問題は抱えているものの、それなりに平穏な毎日を送っている。欲を出さなければ十二分に幸せなのだ。仕事で不満を抱え、家庭は幸せ。何とも不安定な状況と言える。
そんな不安定な心理状態のポールが、たちまち時の人になる。この映画の冒頭では、ポールの娘が見た奇妙な夢の場面が描かれる。娘がピンチに陥ってもポールはただそこにいるだけで何もしない。娘は不満そうだが、夢だから仕方がない。
だが、やがて、それが仕方ないで済まなくなる日が来る。多くの人が彼が登場する夢を見たという。前半では、その夢が映像化されて登場する。奇妙な夢だが、いずれも彼の娘が見たように、ポールは何もせずにただそこにいるだけだ。
ちなみに、この映画では随所で人々の夢が映像として出てくる。なんともシュールで幻想的な場面だ。本作はスリラー映画ではあるが、ファンタジー的な要素もある。
ポールは人々の間で一躍有名人となる。テレビに出るわ、講義にたくさんの学生が集まるわで、大変なことになってしまう。人々はみんなポールに注目し、有名スターを見るような目で彼を見る。挙句は何やら怪しげなベンチャー企業から、スプライトのCM出演を打診されるのだ。
戸惑いながらも、自らの人生が好転していくのをポールは歓迎する。
だが、異変は早くもやってくる。その会社の女性社員は、ポールが夢の中で彼女と関係を持ったと告げる。夢の中のポールは強引だったという。それまでの何もしないポールとは明らかに違ったのだ。
そのことがきっかけでポールは彼女に誘惑される。そこでの場面は爆笑もの。そうなのだ。この映画には笑いの要素もたくさん詰まっているのである。個人的に一番ウケたのはトーキング・ヘッズのデカスーツの話。
だが、このあたりから状況が変化する。人々の夢の中で、ポールは狂暴になる。夢を見た人を拷問し、レイプし、殺害する。まさしく戦慄の悪夢だ。
そのため周囲の目は一変する。彼は人々の嫌われ者となり、学生たちは逃げ出し、さらに家族にまで影響が出るようになる。彼はどん底に突き落とされる。これぞ天国と地獄。
そして、この状況は明らかに、今のSNS時代に対する痛烈な風刺になっている。ネットを介して、特定の人物を持ち上げるだけ持ち上げて、その後は徹底的に叩きまくる。本人の意思とは関係なしに天国と地獄を味合わせる。それを地で行くドラマなのである。
後半では前半と一転して恐ろしい夢の場面が描かれるが、そのハイライトはポール自身の夢である。彼はジョギング中に矢で撃たれてしまう。彼を追い詰めたのは彼に似た人物だった。そこに彼の精神状態が現れている。
こうして落ちるところまで落ちたポール。念願の本を出すが、それは彼が思い描いたものとは違った内容だった。
ラストは例のトーキング・ヘッズのスーツネタを使って、ささやかな幸せを提示する。だが、それもまた夢なのだった……。
映画の序盤で、ポールはシマウマの模様の話をする。それは一見目立つように思えるが、群れの中では個の存在を消し去り、猛獣から襲われにくいという。ポールも群れの中で目立たなければ、こんな目に遭うこともなかったかもしれない。そこに人間の悲哀を感じてしまうのだった。
ニコラス・ケイジは、ひと頃はB級映画に出まくっていたが(その背景に金銭問題があったらしい)、本作での演技はまさに怪演。役に合わせて風貌を変え、地味な中年男性になりきって、見事な演技を見せている。困ったようなその表情に、戸惑い、恐怖、悲しみなどいくつもの感情を込めた絶品の演技。ゴールデングローブ賞にノミネートされたのも納得。
◆「ドリーム・シナリオ」(DREAM SCENARIO)
(2023年 アメリカ・カナダ)(上映時間1時間42分)
監督・脚本:クリストファー・ボルグリ
出演:ニコラス・ケイジ、ジュリアンヌ・ニコルソン、マイケル・セラ、ティム・メドウス、ディラン・ゲルーラ、ディラン・ベイカー、リリー・バード、ジェシカ・クレメント
*新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ https://klockworx-v.com/dream-scenario/
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