「正体」
2024年12月6日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時15分より鑑賞(スクリーン7/D-9)
~様々な人物に成りすまし逃走を続ける殺人犯。難役を演じる横浜流星の演技力に脱帽

「横浜流星のファンは映画館に来ないんだよねぇ」と彼を起用した某映画監督が嘆いていたが、その真偽はともかく彼が良い俳優なのは間違いがない。映画「正体」を観て改めてそう思った。
「正体」は染井為人の同名ベストセラー小説が原作。それを「新聞記者」「余命10年」「ヴィレッジ」の藤井道人監督が映画化した。
高校3年生で一家3人を惨殺して死刑判決を受けていた鏑木慶一(横浜流星)が脱走する。事件を担当していた警視庁の又貫征吾(山田孝之)は行方を追うが、鏑木は日本各地を転々としながら正体を隠して潜伏生活を続けていく。又貫は、安藤沙耶香(吉岡里帆)や野々村和也(森本慎太郎)ら鏑木が逃亡中に出会った人たちを取り調べるが、彼らの語る鏑木の人物像は残忍な死刑囚とは違うものだった。やがて、鏑木が逃亡を続ける目的が明らかになり……。
言うまでもなく、この映画はサスペンスドラマだ。藤井道人監督といえば、どんな映画を撮っても娯楽作品として一級品の映画に仕上げることで知られるが、本作でもそれは同じ。実に見応えある作品に仕上げている。
冒頭、鏑木が拘置所から逃走する経緯が綴られる。続いて時間をずらして、のちに彼と接触した人々の証言が短いカットで挟まれる。こうして謎に満ちたサスペンスの幕が上がる。
その後は基本的に時系列に沿って、鏑木の逃走劇が描かれる。鏑木は約1年の逃走生活の中で、土木作業員、フリーライター、水産工場の労働者、介護施設の職員と次々と姿や顔を変え、別人になりすます。そして、自分の正体が露見しそうになると、どこかへ姿を消すのだ。
藤井監督は、時にアクションシーンなども織り交ぜながら、スリリングで緊迫感あふれるドラマを展開する。心を揺さぶる人間ドラマの要素もきっちり押さえる。
ただし、この映画、首をひねってしまうところも多い。原作は未読だがかなりの分量(相当に分厚い文庫本)。そのせいかステレオタイプだったり、不自然なところも多いのだ。
例えば、鏑木がフリーライターとして出現するパート。いくら文才があっても、あんな短期間に大きな出版社の専属ライターになるなんて、どう考えたってあり得ない。長い間フリーライターをやってきた私が言うのだから間違いない(笑)。
おまけにその鏑木を逃がすために、彼を信頼する編集者の安藤沙耶香がとった行動は、犯人隠匿罪か逃亡幇助の罪に問われること請け合い。何で逮捕しないんだ?
そもそも鏑木と接触した人物が、みんな彼を信用して味方になってしまうのもどうなんだ?よほどの人格者でも、それは無理でしょう。
とまあ、そういう諸々の欠点はあるものの、それを覆い隠して余りあるのが俳優たちの演技だ。
特に鏑木を演じた横浜流星の変貌ぶりがすごい。同じ人物なのに、まるでCGで加工したかのように全く違った外見を見せる。しかも、外見は違っても中身は同じ人間なのだから、難しさは格別だろう。それでも「春に散る」のボクサー役で、本当にボクシングのライセンスを取ったほど役にのめり込む俳優だけに、顔つきや体型、雰囲気をガラリと変えてそれを演じ分ける。まさに鬼気迫る熱演だ。
又貫刑事役の山田孝之の抑制的な演技も見事。無表情で笑顔を浮かべることもない又貫だが、その端々で心の動きがリアルに伝わってくる演技だった。
その他の役者たちも充実している。吉岡里帆、森本慎太郎、山田杏奈、宇野祥平、田中哲司、原日出子、松重豊などが、いずれも存在感ある演技を披露している。
そして、忘れてはならないポイントがある。このドラマの背景として描かれているのは、貧困ビジネス、冤罪などの社会問題。特に冤罪は、ドラマ全体を通じたテーマになっている。さらに、痴漢で起訴された安藤の父親が冤罪を主張するというエピソードも加わる。そこで司法の危うさが浮き彫りになる。藤井監督は殊更に社会問題を強力にクローズアップしているわけではないが、それでも自然にそうした問題が浮かび上がってくるのだ。
終盤はほぼ予想通りの展開。途中から事件の全貌は何となく察しが付くから、ああいう展開に進むのは自然な流れだ。
そして最終盤は「情」を強調して、感動の波状攻撃に持ち込む。拘置所の面会シーンから法廷シーンへ。そこで肝心のところを無音にして、観客の想像力に働きかける。思わず「うまい!」と叫んでしまった藤井監督の演出なのであった。
というわけで、気になるところはあるものの、藤井監督の演出力と横浜流星はじめ俳優たちの演技力によって、見応えある作品に仕上がっている。
この映画を観て、袴田事件を思い起こす人も多いのではないだろうか。冤罪とはかくも恐ろしく、深刻なものなのである。
◆「正体」
(2024年 日本)(上映時間2時間)
監督:藤井道人
出演:横浜流星、吉岡里帆、森本慎太郎、山田杏奈、前田公輝、田島亮、遠藤雄弥、宮崎優、森田甘路、西田尚美、山中崇、宇野祥平、駿河太郎、木野花、田中哲司、原日出子、松重豊、山田孝之
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