「ANORA アノーラ」
2025年3月4日(火)イオンシネマ板橋にて。午後2時30分より鑑賞(スクリーン3/D-9)
~爆笑のシンデレラストーリーの向こうに見える現代社会の歪み

今年のアカデミー賞は「ANORA アノーラ」が作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞の5部門を受賞した。ライバルと目されていた「エミリア・ペレス」の主演俳優のSNSでの差別的投稿が問題視される敵失があったとはいえ、それだけでアカデミー賞が与えられるとも思えない。
「ANORA アノーラ」のショーン・ベイカー監督は、iPhoneで撮影した「タンジェリン」以来、「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」「レッド・ロケット」と社会の少数派の人々をドラマの柱に据えてきた。はたして、今回はどんなドラマなのか。
ニューヨークでストリップダンサーをしている、アニーことアノーラ(マイキー・マディソン)。ロシア系アメリカ人で、ロシア語が少しわかるという理由でロシアの富豪の息子イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)の相手をする。するとイヴァンはアノーラを気に入り、イヴァンが帰国するまでの7日間、1万5000ドルの報酬で恋人として過ごすことになる。2人はショッピングにパーティーにと贅沢三昧。その挙句、ラスベガスで結婚式まで挙げてしまう。ところがこれを知ったイヴァンの両親が激怒し、2人を別れさせようと手下を送り込むのだが……。
前半はいわゆるシンデレラストーリーだ。アノーラの仕事はストリップダンサー。と言っても裸で踊るだけではない。かなりきわどいサービスまでする。そんな中、目の前にロシアの御曹司イヴァンが現れる。アノーラを気に入った御曹司は、出張サービスをしてくれないかという。そこで彼の家に出かけてみると、そこは桁外れの豪邸。アノーラは大喜びでサービスするだけでなく、イヴァンの申し出によって、7日間、1万5000ドルの報酬で恋人になる。
というわけで、序盤は典型的な金持ちバカ息子と、それに見初められたストリップダンサーの放蕩三昧を描く。これがまあ救いようのないアホアホ生活。ゴージャスなパーティーだの、ショッピングだのと金を使い放題。イヴァンは金銭感覚が狂っているし、アノーラは経験したことのない生活に浮かれまくっている。その合間には頻繁にセックスもするが、スポーツみたいであんまりいやらしい感じはしない(とはいえR18なのでご注意を)。ついにはラスベガスで結婚式まで挙げてしまうのだから何をかいわんや。
それを手持ちカメラなども使いながらテンポよく描き出す。カメラの切り替えも早い。それに乗せられて観ているこちらは、アノーラとイヴァンがはしゃぎまわる様子を「こいつらバカだなぁ~」とニタニタ笑って観察することになる。
しかし、まあ、さすがにバカ騒ぎにも飽きてきたな。そう思ったところでドラマは急に転調する。息子が娼婦と結婚したと聞いたイヴァンの両親が、2人を別れさせるために手下を送り込んできたのだ。ここからは、序盤とタッチが大きく変わる。
最初に到着したのは2人の手下。だが、どうにも頼りない。彼らは不覚にも途中でイヴァンを逃がしてしまう。そこでやってきたのが2人のボスのアルメニア人司祭。なかなかコワモテで、ギャング映画の殺し屋みたい。だけど、これまた頼りがない。ここからはアノーラと手下3人が対峙する。
3人はアノーラをおとなしくさせようとする。だが、それに従うようなアノーラではない。アノーラは3人を罵倒し、蹴りを入れ、反撃をくらわす。せっかく乗った玉の輿をそう簡単に手放してたまるかというわけだ。それに対して、手下3人はイヴァンの両親に命じられるままに動いているので、イマイチ迫力がない。本物のギャングのような凄味とは無縁なのだ。
その中で、最も凶悪そうな手下がいる。イゴール(ユーリー・ボリソフ)というその男。だが、見た目とは裏腹にアノーラに優しい気遣いを見せる。実はこのイゴール、この後のドラマでアノーラとささやかな交流を持つ重要な人物なのだ。
アノーラと3人の手下のやりとりは爆笑の連続。コミカルだと聞いてはいたが、まさかこんなに笑える映画だったとは。いい意味で予想を裏切られた。
その後、アノーラと手下たちはイヴァンを探してニューヨークの街に出る。これがまあ珍道中なのだ。イヴァンはなかなか見つからず、駐車禁止でレッカー移動の危機に陥ったり、車中で手下の一人がゲロを吐いたりと大騒ぎ。ここも笑いの連続だ。スラップスティックコメディーや活劇のような魅力にあふれている。
そうするうちにイヴァンの両親がプライベートジェットで到着する。子供もバカなら親もバカ。彼らは典型的なお金持ちのバカなのだ。自らは金をひけらかして偉そうにして、周囲の人間をすべて見下す。もちろん、アノーラも手下たちも。
それでもアノーラは屈しない。自分たちを見下す金持ちの傲慢さに、少しもひるまず向かっていく。その痛快さよ!
ラストには意外な場面が待っている。アノーラは涙を見せる。それをやさしくイゴールが受け止める。ひたすら幸せをつかむために奮闘してきたアノーラに寄り添った、温かなラストだと感じた。
ベイカー監督は、これまでもほとんど無名の俳優を起用してきたが、今回の主演のマイキー・マディソンもあまり知られていない俳優。しかし、本作の演技は素晴らしかった。よくぞこんなにハマる役者を見つけてきたもの。表情によっては少し東洋系に見えるのも親近感を持つところ。今後が楽しみだ。イヴァン役のマーク・エイデルシュテイン、イゴール役のユーリー・ボリソフも好演。
大いに笑える映画だった。そして、アノーラが猪突猛進で幸せを目指す姿が清々しかった。今回もベイカー監督は、底辺からの脱出を図る弱者の視点に立って、そのたくましい生き様を描いて見せた。さらに、その向こうには現代の拝金主義や格差社会に対する抵抗も感じられた。これを従来通りの小規模なインディーズ映画で実現してしまうのだから立派なもの。これならオスカーも納得だ。
◆「ANORA アノーラ」(ANORA)
(2024年 アメリカ)(上映時間2時間19分)
監督・脚本・編集・製作:ショーン・ベイカー
出演:マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・ボリソフ、カレン・カラグリアン、ヴァチェ・トヴマシアン
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