映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「少年と犬」

「少年と犬」
2025年3月25日(火)池袋HUMAXシネマズにて。午後3時15分より鑑賞(シネマ2/F-9)

~1匹の犬と若い男女の絆のドラマ。瀬々敬久監督の熟練の技が光る

プレビュー

 

かつてはピンク映画の監督として、サトウトシキ、佐野和宏、佐藤寿保とともに「ピンク四天王」と呼ばれ、その後一般映画に移って「ヘヴンズ ストーリー」「菊とギロチン」「友罪」「64-ロクヨン」「護られなかった者たちへ」「ラーゲリより愛を込めて」「春に散る」など数々の秀作を生み出してきた瀬々敬久監督が、馳星周による直木賞受賞の連作短編集を映画化したのが「少年と犬」だ。

今作の座組は「ラーゲリより愛を込めて」とほぼ同じで、脚本も「ラーゲリ~」の林民夫が担当している。原作は私も読んでいたのだが、連作短編に登場する2人を主人公に据えて、東日本大震災熊本地震を背景にした人と犬のドラマに仕上げている。

東日本大震災から半年後の宮城県仙台市。震災で職を失った青年・和正(高橋文哉)は、震災で飼い主を亡くした犬の多聞と出会う。多聞は和正の家族と一緒に過ごすようになるが、常に西の方角を気にしていた。まもなく危険な仕事に手を染めた和正は、混乱の中で多聞と離れ離れになってしまう。その後、多聞は滋賀県で暮らす女性・美羽(西野七瀬)のもとで過ごすようになる。デリヘル嬢をしていた美羽は、ある秘密を抱えて生きていた。するとそこへ、多聞の行方を追ってきた和正が姿を現すのだが……。

冒頭は2025年。ある女性が、バスで近くの座席に乗り合わせていた小学生に語り掛ける。彼女が過去を語る形でドラマが進む。

2011年の東日本大震災後、職を失った和正は高校の同級生に誘われて、被災して無人となった住宅から金目の物を盗む窃盗グループの運転手をしていた。明らかな犯罪行為である。それは亡くなった父の「まじめに生きろ」という教えにも反していた。

そんな中、和正のもとに1匹の犬が現れる。ネームプレートには「多聞」とあった。和正は多聞を可愛がる。賢い多聞は認知症の母など和正の家族にも気に入られる。多聞はなぜか西の方角を気にしていた。だが、ある時、和正は危険な仕事に手を染め、その混乱の中で多聞は姿を消してしまう。

そこから時が流れた滋賀県。ある女が山林でシャベルを振るっている。明らかに何かを埋めている。そこに1匹の犬が現れる。多聞だった。女は最初は追い払おうとするが、結局、レオと名付けて飼うことにする。女は美羽といい、デリヘル嬢をしていた。どうやら悪い男に引っかかったらしい。それでも彼女は孤独でささくれだった日々の中で、レオを可愛がる。

まもなく、美羽のもとを和正が訪れる。仙台から多聞を探してやって来たのだ(そんな都合のいいこと……と思うかもしれないが、美羽がSNSをやっていて、それを頼りに探し当てたという設定だからまあいいだろう)。レオは絶対に渡さないという美羽。和正も多聞のもとを離れない。はたして多聞はどうなるのか?

ここで大きなポイントになるのが、和正が罪を犯していることだ。「ただの運転手役」などと自己弁護もするが、その罪が消えないことは彼自身がよく知っている。そして一方の美羽も罪を背負っている。あの山林での出来事がそれを物語る。罪を犯した者同士の2人は自然に距離を縮める。

そこで印象的なのが、美羽の妹の結婚式の場面。出席した美羽は母や妹から白い目で見られる。いたたまれなくなって会場を去ろうとした瞬間、突然和正がステージに上がってAKB48の「ヘビーローテーション」を熱唱する。それを見た美羽も加わって歌い出す。このシーンで2人の距離が縮まる様子をリアルに見せる。実に効果的なシーンだ。

さらに、あることから入水自殺を図ろうとした美羽を和正が身を挺して止める。このあたりの激しいシーンは瀬々監督の真骨頂。それによって2人の結びつきは、さらに強まる。

さて、こうして多聞と和正、美羽の新しい生活が始まる。多聞は今度もある方角を気にしていた。そこに何があるのか。

その先は、2人と1匹による目的地を目指したロードムービーが始まるのかと思ったら違った。美羽はあることで多聞と別れ、そしてまた和正も多聞のもとを去る。多聞は1匹だけで目的の場所を目指して旅をする。ただし、そこではファンタジーの要素が加わり、ドラマに情感を漂わせる。それまでのリアルなドラマとは一転するが、けっして違和感は感じない。

多聞が目的地に着いたとき、「少年と犬」というタイトルの意味が明らかになる。さらに、その後、熊本地震が起きて感動的なラストへと雪崩れ込む。

本作は、1匹の犬が様々な人々の人生を変える物語だ。そこには瀬々監督の真摯で温かなまなざしが感じられる。瀬々監督は罪を犯した和正も、美羽も断罪しない。むしろ「罪を犯した人間がやり直すことはできないのか?」と問いかける。そして、彼らの再生に向けた心の動きを丹念にすくい取るのだ。

折から、現在公開中の井上淳一監督の2014年の短編映画「いきもののきろく」は、同じく東日本大震災を扱った作品。そこでは、エンディングに流れるPANTAの「時代はサーカスの象にのって」の「どこからでもやり直しはできるだろう」という歌詞の通り、再生というテーマが大きく取り上げられている。「少年と犬」を観ながら、私はこの映画のことを思い起こしてしまった。傷ついた人でも、罪を起こした人でも、やり直しはできるのではないか。そんな微かな希望を2つの映画に見出したのである。

さらに、終盤には「命」についての思いも感じ取れた。命あるものは死んだとしても、誰かの心に残っている限り生き続ける。少年の胸に、そして美羽の胸に、死者は確実に生きている。そんな死生観が色濃く漂っているように感じられたのだ。

思えば、社会的弱者、罪、贖罪、再生、命などは過去の瀬々作品でも取り上げられていたテーマ。そういう意味で本作は、そうした過去作にも連なる作品だと言えるだろう。それが私が瀬々作品を追いかける理由でもある。

俳優陣をみんな輝かせているのも瀬々監督の技。高橋文哉と西野七瀬のまっすぐな演技はもとより、ベテランから若手まで、ほんの少ししか出ていない役者も含めてすべてが存在感を発揮している。おまけに犬まで名演を披露しているとあれば(さくらという撮影時10歳のベテラン犬が演じている)、これはもう恐れ入るしかない。瀬々監督の熟練の技を堪能した。

◆「少年と犬」
(2024年 日本)(上映時間2時間9分)
監督:瀬々敬久
出演:高橋文哉、西野七瀬伊藤健太郎伊原六花、嵐莉菜、木村優来、栁俊太郎、一ノ瀬ワタル、宮内ひとみ、江口のりこ、渋川清彦、美保純、眞島秀和手塚理美益岡徹柄本明斎藤工
* TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームぺージ https://shonentoinu-movie.jp/

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