「悪い夏」
2025年3月27日(木)グランドシネマサンシャイン池袋にて。午後3時より鑑賞(シアター11/d-11)
~生活保護をネタにした欲望渦巻く社会派エンターティメント

前回取り上げた「少年と犬」の瀬々敬久監督はピンク映画の出身だが、世代は違えど城定秀夫監督もピンク映画を撮っていた。大学卒業後、フリーの助監督としてピンク映画やVシネマなどを中心にキャリアを積み、その後監督デビュー。ピンク映画からVシネマ、劇場用映画まで100タイトルを超える作品を監督している。2020年には青春映画「アルプススタンドのはしの方」がヒットしたので、そのイメージが強い人もいるだろうが、「性の劇薬」「女子高生に殺されたい」「夜、鳥たちが啼く」「ビリーバーズ」「嗤う蟲」など多彩なジャンルの作品を手がけている。
そして今回、城定監督が挑んだのが、染井為人による第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞受賞の犯罪小説の映画化。脚本は「リンダ リンダ リンダ」などの山下敦弘作品や「ふがいない僕は空を見た」「愚行録」「マイ・ブロークン・マリコ」「ある男」などの脚本で知られる向井康介。
主人公は市役所の生活福祉課の職員・佐々木守(北村匠海)。同僚の宮田(伊藤万理華)から「職場の先輩の高野が生活保護受給者の女性に肉体関係を強要しているらしい」と相談される。相手は育児放棄寸前のシングルマザー、林野愛美(河合優実)だという。さっそく真相を確かめるべく、彼女のもとを訪問する佐々木と宮田だったが……。
予告編の印象から、ワルとクズがオンパレードの映画かと思ったらちょっと違った。確かにワルは出てくるが、中心人物の2人は根っからのワルというわけではない。
タイトル通りに夏の話である。冒頭で佐々木がセミの抜け殻を踏み潰す。そこからうだるような夏の暑い空気がドラマを支配する。
佐々木は謹厳実直で弱気な男だ。めったに笑うことはない。生活保護の受給者宅を訪問するが、明らかに不正受給と思われる人物にも強くは出られない。
そんな佐々木に同僚の宮田が相談を持ちかけてくる。「先輩の高野が生活保護受給者の女性に肉体関係を強要しているらしい」と言うのだ。佐々木は面倒に思うが、あまりに宮田が熱心なので真相究明を手伝うことにする。宮田の思惑はどこにあるのか。実は、それが単なる正義感からでないことはドラマの終盤になってわかる。
佐々木と宮田は、高野が肉体関係を強要したらしい育児放棄寸前のシングルマザー、林野愛美のもとを訪ねる。だが、愛美は高野との関係を否定する。
その一方で、愛美は高野とのことを知人の莉華に相談していた。莉華の愛人は裏社会のワル、金本(窪田正孝)とつながっていた。金本は高野を脅して犯罪計画に引き込もうとしていた。それは大量のホームレスを使い、生活保護費の不正受給をさせることだった。
愛美も、佐々木同様にめったに笑わない。不幸な生い立ちらしい彼女は感情を表に出さない。自分が何をしたいのか、何をすべきなのかもよくわからないのだろう。だから、高野に関係を強要され、さらに根っからのワルではないにもかかわらず金本たちの犯罪計画に加担させられてしまう。
だが、高野を窓口にする犯罪計画は頓挫してしまう。そんな中、佐々木は愛美の幼い娘にねだられ、クレヨンを買ってやったのをきっかけに、たびたび彼女の家に出入りするようになる。そして、娘を可愛がるうちに母の愛美にも好意を持つようになる。無表情の愛美だが、彼女の胸の内にも佐々木に対する思いが芽生えているようだった。
それを利用しようとしたのが、金本の配下のヤクの売人・山田(竹原ピストル)だ。金本に内緒で佐々木と愛美に関係を結ばせ、それを撮影して佐々木を脅そうとする。しかし、その計画は金本に露見する。金本は佐々木を脅し、ホームレスによる不正受給の犯罪計画を実行しようとする。佐々木はその窓口になる……。
本作にはいくつかの側面がある。まずは社会派ドラマの側面だ。言うまでもなく生活保護を巡る様々な問題が取り上げられている。それはけっして一面的な取り上げ方ではない。不正受給者の存在がクローズアップされるのと同時に、本当の貧困者に生活保護が行き届かない現状も浮き彫りにする。
息子と2人で困窮した生活を送る古川佳澄という女性が出てくる。夫を亡くして困窮し、仕事もなく、ついには万引きに手を染める。本筋とは関係ないと思えるこのエピソードをなぜかなりの比重で描くのか。終盤になってそれがわかった。それまで躊躇していた生活保護の申し出をした彼女に、ワルに転んでしまった佐々木が辛らつな言葉を投げつける。その挙句に追い詰められた彼女が取った行動は……。観ていて暗澹たる気持ちになった。本当に保護が必要な人に対して行政は冷酷なのだ。
だが、そんな社会派ドラマの側面以上に、本作を魅力的にしているのがエンターティメント作品として仕上げられていることだ。生活保護をめぐる深い闇に迫る犯罪ドラマで、悪事に手を染めていく登場人物たちが織りなす欲望と悪意がスクリーンに満ち満ちている。
胸糞が悪くなるような金本の言動が犯罪ドラマのけん引役となる。それ以外にも、彼の愛人の莉華、手下の山田などワルとクズが跋扈する。彼らの脅しの最初のターゲットの高野も小物ながらワルである。
もちろん、彼らの犯罪に加担する愛美もワルといえばワルだ。佐々木も弱みを握られてワルに転ぶ。しかし、彼らは根っからのワルではない。様々な事情から悪事に手を出すに至ったのだ。
その中で、佐々木と愛美の心の交流がドラマに厚みをもたらしている。城定監督はアップで佐々木と愛美の表情をとらえ、彼らの心の内の微妙な感情を繊細に描き出す。特に犯罪と好意の狭間で揺れる愛美の描写は絶品だ。それ以外にもメリハリのある演出でドラマを引っ張っていく。
驚愕すべきはクライマックスの場面だ。まさにワルが大集合。どす黒い欲望が渦巻き、ついにカオスへと至る。これはもはやコメディである。さすがにやりすぎだろうと思わないでもないが、その後の雨中でのアクションの壮絶さときたら「お見事!」の一語。役者さんも、スタッフさんもご苦労様でした!!
最後に後日談が描かれる。登場人物のその後がさりげなく示唆され(宮田の執拗さは何なのだろう)、現在の佐々木が描かれる。彼は自宅のアパートへ戻る。そこで「ただいま」のひと言。これだけでこのおぞましいワルとクズのドラマに、微かな光がともったのだった。
北村匠海も、河合優実も、感情を表に出さないだけに難しい役だったと思うが、繊細な演技が素晴しかった。しかし、河合優実は最近出すぎじゃないの?
窪田正孝のワル役もすごい。本当にこいつ悪いヤツかも、と思ってしまうほどだった。伊藤万理華、毎熊克哉、箭内夢菜、竹原ピストルらもそれぞれに存在感を発揮していた。そして貧困母役の木南晴夏の演技も絶品。この人、昔、テレビの再現ドラマに出ていた頃から知っているが、本当に良い役者になったよなぁ。
社会派ドラマ、犯罪ドラマ、サスペンス、コメディなど様々な要素を持ったエンターティメントドラマだ。多彩なジャンルの作品を監督してきた城定監督だけのことはある。
◆「悪い夏」
(2024年 日本)(上映時間1時間55分)
監督:城定秀夫
出演:北村匠海、河合優実、伊藤万理華、毎熊克哉、箭内夢菜、竹原ピストル、木南晴夏、窪田正孝
*丸の内ピカデリーほかにて全国公開中
公式ホームページ https://waruinatsumovie.com/
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