「レイブンズ」
2025年4月4日(金)新宿武蔵野館にて。午後2時50分より鑑賞(スクリーン1/C-7)
~伝説の写真家の人生。実話ベースのドラマとファンタジーの融合

ライターという職業柄、取材現場で多くのカメラマンと接してきた。ライターは取材が終わって、原稿を書くという大きな仕事がある。カメラマンは写真を撮ってそれで終わりだ。楽な仕事だなぁ~、と思ったこともあるが、実際はそんなに楽ではないようだ。特にデジタルの時代になって、誰もが簡単にプロはだしの写真を撮れるようになってからは、仕事が激減したと聞く。
「レイブンズ」は、1970年代を中心に活躍した伝説の写真家・深瀬昌久の伝記映画である。日本やフランスなどの合作映画で、監督はイギリスのマーク・ギル。この人、もともとはミュージシャンで、ザ・スミスのモリッシーがバンドを組むまでの日々を綴った「イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語」で、映画監督デビューした。長編第2作がこの映画だ。
北海道の高校を卒業した深瀬昌久(浅野忠信)は、父(古舘寛治)の写真館を継がずに上京する。やがて、深瀬は自由でパワフルな女性・洋子と出会い、彼女を被写体にして革新的な作品を生みだしていく。私生活でも深瀬の妻となった洋子だが、次第に2人の思いはすれ違っていく……。
映画の冒頭、何やら奇怪な化け物が登場する。羽が生え、くちばしを持つ化け物だ。この化け物はカラスの化身らしい。タイトルの「レイブンズ」とはカラスのこと。深瀬は「レイブンズ」というカラスを撮った写真集も出している。この映画では、カラスの化身が何度も深瀬の前に現れて彼を挑発するようなことを話す。本作は実話を基にしたドラマと、ダークファンタジーを融合させた映画なのだ。
その後は、時制を行き来しながらドラマが進む。高校時代の深瀬は強圧的な父のもとで育ち、家業の写真館を継ぐように言われる。だが、彼は「写真は芸術だ」と言ってそれを拒否する。とりあえず、大学に行くことだけは許された彼は上京する。そして、無名の写真家としてさまよう日々を送る中で、洋子と出会う。
洋子の写真を撮り、深瀬はそれなりに知られるようになる。洋子もまた注目される。2人は結婚するが、そこで生活という問題が浮上する。深瀬は幸福な家庭を希求する。それは父との確執の裏返しという意味合いもあったのかもしれない。以前にある女性が深瀬の子供を死産したという事実も影響していたのかもしれない。いずれにしても生活のために深瀬はCM仕事を引き受ける。
だが、そこで例のカラスの化身が現れて、深瀬を芸術の道に誘い込むべく挑発する。途中で気づいたのだが、このカラスの化身は深瀬の内面にある闇の部分なのだと思う。彼の内面では常に光と闇がせめぎ合い、生活と芸術の狭間で揺れていたのではないか。
カラスの化身は日本語ではなく英語で話す。日本語だったら、ちょっとウザい気もするが、英語がそれを中和してくれる。おまけに、一歩引いた客観的な視点がそこには感じられる。おかげで深瀬の生き様を、少し距離を置いて見つめることができた。
深瀬と洋子の関係を象徴する言葉がある。深瀬は「写真家にまともな生活はない。俺はカメラを武器のように使った。俺が愛する全てのものと全ての人を俺の仕事に引きずり込んだ」と語る。だが、洋子は「そんなものの後ろに隠れてないで……。私を見てよ……カメラじゃなくて人の眼で見て」と言う。両者の思いはすれ違う。
深瀬は破滅的な生活を送り、洋子の信頼を裏切る。自分の実家に洋子を連れて行ったり、ニューヨークへ出かけたりもするが(MoMAに彼の作品が展示されたため)、結局はうまくいかなくなり、洋子は家を出る。
そこまでの人生も十分に波瀾万丈だが、その後の彼の人生も混乱を極める。写真家として名を成す一方、酒に溺れるようになる。酒に溺れていたのは彼の父親も同じだった。そして父は常日頃「男、四十にして功を成さねば、死を以って汚名を削ぐべし」と語っていた。この言葉が影響したのか、深瀬は自分が自殺するところをカメラに収めたいと考えるようになる。そして、本当にそれを実践しようとしたのだ(結局、失敗に終わるのだが)。
こうして私たちは深瀬の人生をたどり、芸術家の複雑な内面を垣間見ることになる。狂気に満ちたその生き様は、私のような凡人には真似しようにもできないが、何となく危険な魅力を感じてしまうのも事実。
これは伝記映画でネタバレも何もないから言ってしまうが、深瀬は1992年に酒場の階段から転落して脳に障害を負ってしまう。そして、20年の闘病の末に2012年に亡くなるのだが、その深瀬をずっと見守っていたのは洋子なのだった。というわけで、終盤は美しいラブストーリーに転じる。波乱に満ちたドラマは、最後にそこはかとない感動を残して終幕を迎える。
カラスの化身が登場することのほかに、この映画で特徴的なことがもう一つある。時代の空気の作り方だ。おそらく監督は当時の日本のことは詳しくないと思うのだが、団地の風景やファッション、カルチャーなどで巧みに当時の時代の空気を生み出す。もちろん、深瀬本人が撮った写真もたくさん出てくる。
さすがにミュージシャン出身の監督だけあって、音楽の使い方も巧みだ。歌謡曲からグループサウンズ、シティ・ポップ、ムード歌謡、ロックなど様々な音楽が流れ、当時の時代の息吹を伝える。特にエンディングに流れるザ・キュアーの「ピクチャーズ・オブ・ユー」が素晴らしい。「君の写真をずっと見つめていたけれど 君の心は手に入らなかった」という歌詞が、何やら深瀬と洋子の関係を連想させる。
深瀬を演じた浅野忠信は、こういう役をやると抜群にいい。有り余る情熱と鬱屈した思いを抱え、多くの矛盾に直面しながら暴走していく深瀬を見事に演じ切っていた。洋子を演じた瀧内公美の存在感たっぷりの演技も素晴らしい。離れていても深瀬を最も理解していたのは洋子。その関係性を説得力を持って演じていた。
この映画の最初のほうに、深瀬が残した言葉がテロップで掲げられる。「結局 俺が鴉(カラス)なんだ 俺が鴉だ」。この言葉は何を意味するのだろうか。しかし、まあ、芸術家って大変ですなぁ。ホント。
◆「レイブンズ」(RAVENS)
(2025年 フランス・日本・スペイン・ベルギー)(上映時間1時間56分)
監督・脚本:マーク・ギル
出演:浅野忠信、瀧内公美、ホセ・ルイス・フェラー、古舘寛治、池松壮亮、高岡早紀
*新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームぺージ https://www.ravens-movie.com/
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