「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」
2025年4月22日(火)テアトル新宿にて。午後1時45分より鑑賞(B-11)
~傷つき傷つけて、それでも生きていく2人。瑞々しくユーモアに満ちた青春物語

昔は結構マスコミ・関係者向けの試写状が来て、公開前の映画をいち早く観ることができた。観客の中には有名な映画評論家などもいて(おすぎさんとか)、「私もこういう試写に参加できるようになったのか」と感慨にふけったりしたものだ。
しかし、その後、私には何の影響力もないことがバレたらしく、試写状は来なくなってしまった。一般向けの試写会も、たいていはペアで参加者を募集しているから、常にロンリーな私は申し訳ないので応募しないことにしている。なので、最近は公開前の映画を観る機会がほとんどなくなってしまった。
そんな中、テアトル新宿のスケジュールを見たら、本日公開の映画「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」を先行上映しているではないか。これを見逃す手はない。しかも、監督は「勝手にふるえてろ」「私をくいとめて」などの大九明子だ。私の好きな監督の1人である。
というわけで、22日にひと足先に鑑賞してきた「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」。お笑いコンビ、ジャルジャルの福徳秀介の小説の映画化だ。ちなみに、私は残念ながら原作の小説を読んでいない。
大学生の小西徹(萩原利久)は、冴えない毎日を送っていた。そんなある日、お団子頭の女子大生・桜田花(河合優実)の凛とした姿に心を奪われた小西は、思い切って彼女に声をかける。その後、思いがけない偶然が重なり、2人の仲は急速に距離が縮まる。一方、小西のバイト先の銭湯では、バイト仲間のさっちゃん(伊東蒼)が楽しげに働いていた……。

序盤は典型的な恋愛映画。大学生の小西が、教室で見かけた桜田の凛とした姿に心を奪われる。小西は授業で桜田に声をかけ、出席票を提出してもらう。その後も何度か偶然が重なり、2人は行動を共にするようになる。
2人には共通点があった。どちらも大学生活になじめず、小西は風変わりな服を着た山根(黒崎煌代)という男だけが友達だった。桜田に至っては、友達が1人もいないという。そんなことで2人の距離は縮まっていく。
この序盤の恋愛模様の描写が絶品なのだ。大九作品の特徴だが、ユーモアがタップリ詰まっている。小西と桜田はとにかく喋り倒す。それが何とも言えずユーモラスな会話なのだ。ストレートな笑いから、オフビートの笑いまで様々な笑いが楽しめる。
2人の関係性について桜田は「セレンディピティ」だと言う。予想外の発見や偶然がもたらす幸運のことで、「セレンディップの3人の王子」という童話にちなんだ言葉だ。小西と桜田は偶然が重なって親しくなるが、まさにそれを言い表している。
2人のほほえましい交流を物語るエピソードがある。小西と桜田はキャンパス(大学は福徳が卒業した関西大学)を歩き、小西は段ボールを拾ってそれを背負う。桜田は「突然段ボールってバンドあるよね?」と突っ込む。いや、若い人は知らないでしょ。80~90年代に活躍したバンドなんだから。と私は思ったのだが、とにもかくにも段ボールを背負った小西と桜田はキャンパス内の小高い丘(彼らはそれを「ゴルゴダの丘」と呼んだ)でひと時を過ごす。
その後、桜田は小西が大切なところに案内してくれたお返しだと言って、キャンパス内の博物館に小西を連れて行き、関西大学初の女子学生でジャーナリストとして活躍しながら27歳で早世した北村兼子の話をする。
こんなふうに、大九監督はちょっと風変わりな恋愛模様を紡いでいく。そこでは、恋にときめく小西の気持ちがよく表現されているし、桜田の心理も巧みに描かれる。
その中で、タイトルにある「今日の空が一番好き」という言葉の意味が明らかになる。「毎日楽しいって思いたい。今日の空が一番好き、って思いたい」と言う桜田。それは亡くなった父の口癖だったという。
それを聞いて小西は驚く。その言葉は、奇しくも、半年前に亡くなった祖母の言葉と同じだったのだ。小西は大好きな祖母が亡くなったショックで、半年間大学を休んでいた。そのことでますます2人の仲は縮まる。
まあ、その他にもいろいろと面白いことがあるんですけどね。2人が足を運ぶ古びた喫茶店の謎メニューも笑える。ユニークなメニューがたくさんある中で、唯一オムライスだけが普通に名を連ねている。なぜなのか。マスター(安齋肇)に尋ねるためには、常連にならなければいけないと、その喫茶店に何度も出かける2人。
「幸せ」を「さちせ」と桜田が読み替えるあたりも面白い。面白いだけではなく、そこには桜田の心情が込められていたりもする。

さて、こうして小西と桜田の恋愛模様が描かれる一方で、小西のバイト先の銭湯での出来事も描かれる。そこで小西は、気のいい店主(古田新太)のもと同じバイト仲間のさっちゃんと楽しく仕事をしていた。さっちゃんはバンドをやっていて、スピッツの「初恋クレイジー」という曲が気に入っており、小西にも聴いてほしいと言っていた。
この2人の交流も軽妙かつ和気あいあいとした雰囲気だ。その端々から、どうやらさっちゃんが小西のことが好きなことがうかがえる。しかし、小西はそれに気づかない。「初恋クレイジー」も聴くと言っていまだに聴いていない。
そして、ある時、ついにさっちゃんは小西に告白する。この告白シーンが凄まじい迫力なのだ。長ゼリフで滔々と自分の胸の内をぶちまける。小西はひと言も発しない。いや、ひと言も発することができない。それほどスゴイ渾身の告白なのだ。そこで、さっちゃんが「好き」を「このき」と読み替えるのも面白い。
さっちゃんを演じる伊東蒼の演技に目が釘付けだった。片山慎三監督の「さがす」で佐藤二朗の娘役を演じた時もなかなかの演技だったが、今回の演技は見事の一語。圧倒された。
ドラマは、こうして小西を巡って桜田とさっちゃんが繰り広げる三角関係の様相を呈する。だが、突如として2人は姿を消す。そして、終盤には想像もできない展開が待っている。
本作の舞台は関西大学のキャンパスと周辺、そして小西のバイト先の銭湯がほとんどを占める。しかし、大九監督はその枠にとどまらないドラマを展開する。生者と死者が同時に映るファンタジー的な場面もある。ユーモアと、ファンタジーと、そしてさっちゃんの告白シーンに象徴されるシリアスさが程よくブレンドされて、最後まで目が離せない。
まあ、武器輸出反対のデモやパレスチナのニュースも登場させるなど、詰め込み過ぎなのは事実だし、いくらセレンディピティにしてもあまりにも偶然過ぎる設定が多いのも確か。しかし、観ている間はそれを感じさせない大九監督の演出力が秀逸だ。部分的に映像の画角を狭くするなど細かな工夫も施している。
この映画で気になっていたことがある。桜田を演じる河合優実に見せ場が少ないのだ。前半の小西との恋愛模様は魅力的だし、彼女の演技力の確かさが伝わるのだが、伊東蒼に比べてやや地味な印象だなぁ。別に河合でなくても良かったんじゃない?
と思ったら、なるほど! そうか! 終盤の意外な展開の中で、ちゃんと見せ場が用意されていました。桜田の心情をリアルに余すところなく伝えるその演技は、伊東と甲乙つけがたい素晴らしい迫力。こちらも圧倒された。これなら河合を起用した意味があると納得。
その言葉に押されて、小西が自らの心情を吐き出す場面も見応えがある。そこで彼は「このき」ではなく、初めて「好き」という言葉を口にする。
河合と伊東の迫力ある演技に霞みがちではあるものの、小西役の萩原利久の素朴さを感じさせる演技も良かった。
人間は生きている限り、知らず知らずのうちに誰かを傷つけている。恋愛でも誰かを好きになることで、誰かを傷つけているかもしれない。この映画の小西も桜田も自分たちが傷つき、そして誰かを傷つけている。だけれども、その傷を抱えて前を向いて生きていくしかない。そんな強い覚悟が2人から伝わってきた。
単なるラブストーリーというだけではなく、大九監督の持ち味が十二分に発揮された、瑞々しくて心を揺さぶる青春映画だった。公開前にいち早く観に行って大正解だった。
◆「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」
(2024年 日本)(上映時間2時間7分)
監督・脚本:大九明子
出演:萩原利久、河合優実、伊東蒼、黒崎煌代、安齋肇、浅香航大、松本穂香、古田新太
*テアトル新宿ほかにて公開中
ホームぺージ https://kyosora-movie.jp/
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