「年少日記」
2025年6月12日(木)新宿武蔵野館にて。午後2時35分より鑑賞(スクリーン3/B-6)
~現在と過去が交錯し、競争社会にさらされたある兄弟の悲劇が浮かび上がる

中国では、今年の高考(普通高等学校招生全国統一考試)が実施された。私大も多く、必ずしも共通テストを受験する必要のない日本とは違って、中国の大学の多くは国公立だ。それだけに、受験競争の激しさは想像を超えるものがあるようだ。
同じように、香港も厳しい競争社会だという。そうした現実を背景に描かれた映画が「年少日記」である。
高校教師のチェン(ロー・ジャンイップ)が教師をしている高校で、自殺をほのめかす遺書が見つかる。学校側は生徒たちの大学受験への影響を考えて軽視するが、チェンは遺書を書いた生徒を見つけ出すべきだと主張する。遺書には「私はどうでもいい存在だ」という言葉が書かれていた。それは、かつてのチェンにも覚えのある言葉だった。遺書を書いた生徒を捜すうちに、チェンはあまりにもつらい記憶を呼び覚ます。厳格な弁護士の父(ロナルド・チェン)のもとで育った、出来の悪い兄と優秀な弟。兄は厳しい叱責と体罰を受ける。兄は日記をつづりながら自分の将来に不安を募らせていく……。
映画の冒頭、カメラがマンションの階段を昇る。まもなく少年の姿が映る。少年は屋上に出て縁に腰を掛ける。次の瞬間、そこから飛び降りる。自殺か!? しかし、すぐに少年が現れる。縁の向こうには踊り場のような場所があったのだ。心をざわつかせるこのシーンが観客を一気にスクリーンに引き込む。
次に映るのは高校教師のチェン。他の生徒を階段から突き落とした生徒に説教をしている。謝罪文を書かないと内申書にも影響すると言うのだが、生徒は無視する。どうやらチェンはあまり良い教師ではないらしい。私生活では離婚の危機に瀕していることがすぐにわかる。
そんな中、クラスで遺書が見つかる。副校長は穏便に済ませようとするが、チェンは思いつめたように、書いた生徒を探し出すべきだと言う。結局、チェンの意見が通り、生徒の協力を得て遺書を書いた生徒を探すことになる。
チェンは日記を手に取り読み始める。それは幼少時代の日記だった。そこから現在と過去が交錯して描かれる。
過去の中心は家族の記憶だ。厳格な弁護士の父親。そして母と兄弟。弟は成績優秀でピアノも抜群にうまかった。しかし、兄は勉強ができずピアノも下手だった。父は弟を優遇する反面、兄を厳しく叱り体罰を加えていた。母も父を恐れて何も言わない。
そんな中、兄のわずかな救いは「パイレーツ」という漫画だった。それは「なりたい大人になれる」というメッセージを兄に伝えてくれた。優しいピアノ教師も心の支えだった。兄は何とか成績を向上させようと努力する。そして、その心情を日記に記す。
一方、現在のパートでは、遺書の主を探す過程でチェンがある女子生徒の秘密に触れる。彼女はずっと体育を休んでいた。なぜなのか。チェンはスクールカウンセラーとともに、彼女に寄り添う。小高い丘で自ら絶叫し、スクールカウンセラーや女子生徒にも思いっきり叫ぶように言うチェン。彼が少しずつ生徒のことを考えるようになっていく印象的なシーンだ。
そして再び記憶のパート。漫画「パイレーツ」の作者は自殺する。ピアノ教師は父によって交代させられる。兄は努力したにもかかわらず成績が向上せず、父母を失望させる。そして父は体罰さえも放棄し、兄を相手にしないようになる。兄は孤独を抱えた心情を日記に記す。
この過去の記憶のパートは、兄の視点でドラマが紡がれる。そのため、「なるほど。成績の悪い兄はチェンの幼少時代なのだなぁ」と思って観ていた。だが、そうではなかった。幼少時の記憶のパートとそれ以外では視点が変わるのだ! この仕掛けには驚かされた。詳しいことを話すとネタバレになってしまうが、兄はチェンではなかったのだ。
とにもかくにも、チェンは幼少時のこうした出来事がトラウマになり、今もそれに苦しんでいた。妻との関係にもそれが影響していた。終盤はチェンと妻とのドラマが中心になる。友達の妹として付き合うようになり、一時は遠く離れたものの運命的に再会。結婚した2人だが、いざ父親になるという時になってチェンは戸惑う。それを契機に2人は別れる。
それにしても本作のニック・チェク監督の手際が鮮やかだ。競争社会にさらされた幼い兄弟の悲劇を繊細に描き、さらに現在の主人公の心の軌跡もきっちり追う。とてもこれがデビュー作の新人監督とは思えない。
内容もけっこう盛りだくさん。しかし、それを巧みに構成している。現在のドラマと幼少時のドラマに加え、チェンと妻のドラマや父の現在なども過不足なく描いて、観る者の感情を刺激する。それもけっして押しつけがましくないだけに、余計に感情を揺さぶられた。セリフ以外の部分で多くを伝える演出も見事だった。2023年の第60回金馬奨で観客賞と新人監督賞を受賞したのも納得だ。
ラストにも好感が持てた。初めて自分のことを妻に打ち明け、そして改めて生徒と向き合うチェン。微かな希望を感じさせるエンディングだった。
主演のロー・ジャンイップは、監督・撮影監督としても活躍するそうだが、繊細な演技のタッチがこの映画にはピッタリだった。兄弟を演じた子役の2人の巧みな演技も目を引いた。その他の役者も存在感があった。
競争社会の中で過酷な運命に置かれた子供たちをどうすべきなのか。真摯なテーマ性も持つ作品だ。文句なしの良作である。
◆「年少日記」(年少日記/TIME STILL TURNS THE PAGES)
(2023年 香港)(上映時間1時間35分)
監督・脚本:ニック・チェク
出演:ロー・ジャンイップ、ロナルド・チェン、ショーン・ウォン、ロサ・マリア・ヴェラスコ、ハンナ・チャン、カーティス・ホー
*新宿武蔵野館ほかにて公開中
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