「ホーリー・カウ」
2025年10月10日(金)シネ・リーブル池袋にて。午前11時20分より鑑賞(シアター2/D-4)
~チーズ作りにチャレンジする青年の無鉄砲さとたくましさ

「ホーリー・カウ」はルイーズ・クルヴォワジエ監督(女性)の長編デビュー作品。小規模作品ながらフランスでは約100万人を動員する大ヒットを記録し、2024年の第77回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でユース賞、2025年・第50回セザール賞で最優秀新人監督賞を受賞した。タイトルの「HOLY COW」とは「マジかよ!」「なんてこった!」など感嘆を表す言葉である。
フランスのジュラ地方で暮らす18歳のトトンヌ(クレマン・ファヴォー)が主人公。映画の冒頭は驚くような場面。牛がなんと車に乗っているのだ。いや、トラックなどではない。乗用車の中にいるのである。何だ? これ。
すると男が何かを抱えて歩いていく。その後ろ姿をカメラは追う。着いた先はパーティー会場。みんなが大はしゃぎしている。
この奇妙なオープニング、どうやらこの場面はトトンヌの現状を示すものらしい。彼はみんなと酒をしたたかに飲み、囃し立てられて樽か何かに登り、踊りながら服を脱いでバカ騒ぎをする。その後もトトンヌは、見知らぬ女の子と過ごし、フラフラで夜明けの街に放り出される。要するに自由気ままな生活を送っていたのだ。
そんな息子を父の車が拾っていく。父はチーズ職人で牧場の牛から早朝に乳を集めるために回っている。父はトトンヌを心配そうに見るが、特に叱るようなことはしない。
それはそうだろう。どうやらトトンヌの酒好きは父譲りのようだ。父もパーティーでしたたかに酒を飲み歌い踊る。そんな父をトトンヌは車に連れていく。父は車を運転して帰っていく。
一方、トトンヌはパーティーの最中に大ゲンカして、バイクで逃げて帰ってくる。その途中でトトンヌは父の車が止まっているのを見つける。彼の鼓動が早くなる。
そこからいきなり場面は、父の棺を埋葬するシーンに飛ぶ。父はどうやら事故死してしまったらしい。この急展開が見事。この映画が過剰に盛り上げる場面や、感情に訴える場面を極力排していることがわかる。
父の死によってトトンヌは、7歳の妹とともに残される。母親については説明がないが、死んだか家を出たのだろう。どうやら親戚もおらず頼れるものは誰もいないらしい。
トトンヌは生計を立てるため、近くのチーズ工場に働きに出る。ところが、そこはパーティーで大ゲンカした男の家で、トトンヌはボコボコにされる。
そんな中、彼はチーズのコンテストで金メダルを獲得すれば3万ユーロの賞金をもらえることを知る。チーズ工場を首になり、途方に暮れた彼は自らの手でチーズを作り、コンテストに出そうとする。
というわけで、ドラマの構図自体はトトンヌの成長物語のようだが、それほど単純な話ではない。前述したように過剰に盛り上げる場面や、感情に訴える場面を排しているし、いわゆる予定調和のような展開とも無縁。その代わり、この映画は徹底的にリアリティを追求しているのである。
ドキュメンタリーのような映像で、豊かな農村の大自然をバックに描かれるのは、トトンヌはじめ農民たちの暮らしぶり。劇中でトトンヌとマリーリーズが経験する牛の出産シーンなどはその白眉だろう。これはおそらく実際の出産シーンを撮影したもののようで、圧倒的にリアルだった。
さて、チーズを作ろうにも、トトンヌは父の手伝いもろくにしていなかったから、作り方がよくわからない。見よう見まねで、父親が残した設備でチーズ作りにチャレンジするがあえなく失敗する。
仕方がないから、伝統の技法でチーズを作る名人の技を見習い、インターネットで調べてチーズ作りの技法を学ぶ。ちなみに、彼が作ろうとするコンテチーズは「フランスで最も愛されるチーズ」と言われているらしい。
一方、チーズ作りに必要な生乳をどうするのか。トトンヌはマリーリーズ(マイウェン・バルテレミ)という女性と付き合い始める。彼女は例のケンカ相手の妹だが、1人で農場を経営していた。そこで、彼女と一緒にいる時間に、友人たちを使って生乳を盗むのである。
何とも危なっかしいし、計画性も皆無。無鉄砲極まりない。トトンヌの置かれた環境は厳しいが、悲壮感はゼロ。自信だけは満々で、失敗してもくじけない。ひたすらおおらかでたくましい。友人やマリーリーズなど周囲の人々も同様である。そんなところから、そこはかとないユーモアさえ漂ってくる。
ドラマの終盤、トトンヌはついにチーズ作りに成功する。そこでのトトンヌと妹だけによるチーズ作りのシーンは圧巻だった。畳みかけるように小気味よく2人のチーズ作りを描く。最初は憎たらしくてとても応援する気にならなかったトトンヌだが、可愛らしい妹の奮闘もあって、ここでは素直に声援を送りたい存在になっている。
ただし、そのチーズをコンテストに出品する件を、クライマックスとして描かないあたりもこの映画らしい。
意外にもラストは奇想天外な自動車レース。そのあとのトトンヌとマリーリーズのやりとりも面白い。定番通りの筋書きではないとはいえ、思わずニンマリするエンディングだった。
この映画の予告編にはケン・ローチの名前が出てくるが、強烈な社会批判はないものの、浮ついたところのない地に足の着いた描写や、庶民のたくましさをあぶり出した点は彼の作品と共通する点があるかもしれない。
俳優たちもなかなかの演技。なんと主人公をはじめ全員が演技未経験の人たちらしい。とてもそうは思えない自然な演技だった。クルボワジエ監督の家族はジュラ地方で農場を営んでおり、彼らも音楽や美術スタッフとして参加しているとのこと。
◆「ホーリー・カウ」(VINGT DIEUX/HOLY COW)
(2024年 フランス)(上映時間1時間32分)
監督:ルイーズ・クルヴォワジエ
出演:クレマン・ファヴォー、ルナ・ガレ、マティス・ベルナール、ディミトリ・ボードリ、マイウェン・バルテレミ、アルマン・サンセ・リシャール、リュカ・マリリエ、イザベル・クラジョー
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
公式ホームページ https://alfazbetmovie.com/holycow/
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