映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「見はらし世代」

「見はらし世代」
2025年10月24日(金)新宿武蔵野館にて。午後2時50分より鑑賞(スクリーン2/B-4)

~姉と弟のもとを去った父。変りゆく家族と街の物語

 

昔は、売れっ子の映画ライターになってカンヌ映画祭に行ったりして・・・などという青写真を描いていたのだが、どこでどう間違ったのだろうか。

まあ、そんなことはどうでもよい。日本人最年少の26歳で今年のカンヌ国際映画祭監督週間に選出されたのが団塚唯我監督の長編デビュー作「見はらし世代」である。

この映画の基本は家族のドラマだ。冒頭、家族がフードコートで食事をしている。父の初(遠藤憲一)、母の由美子(井川遥)、姉の恵美、弟の蓮。いかにも平凡な家族の風景だ。その後彼らは海辺の別荘へ行く。ところが、そこですぐに初に仕事の電話がかかってくる。初は東京に戻らなければいけないと由美子に言う。だが、由美子は「この三日間だけは家族に集中して」と言って応じない。どうやら、これまでも初はたびたび家庭より仕事を選んできたらしい。初は「水かけ論」だと言う。結局、彼は東京に戻ったらしいことが示唆される。

話はそれから10年半後に飛ぶ。蓮(黒崎煌代)は胡蝶蘭(お祝いのギフトに使われる高級植物)の配送をしている。母の由美子は亡くなり、恵美(木竜麻生)ともども父とは連絡を取っていない。父の初はランドスケープデザイナーとして売れっ子になり、シンガポールから日本に戻ってきているらしかった。

そんなある日、蓮は配達の途中で父を見かける。彼は明らかに動揺して胡蝶蘭を落としてしまう。そのことを姉に話すが、恵美は関係ないと興味を示さない。それよりも彼女は結婚が近いことを蓮に告げる。近いうちにそのために引っ越しをするので、車を出してほしいという。

蓮の胸中は複雑である。心は大いに乱れる。だが、それを表面的には出さない。それでも言動の端々にそれが表れる。一方、父に関心を示さなかった恵美も実は心が乱れている。恋人との結婚に一抹の不安を感じて、それを打ち明けるのは、明らかに父と母のことが影響しているのだろう。

父の初も心が乱れているのは同じだ。蓮や恵美に対して申し訳ないという気持ちはあるようだ。だが、彼らが接触を求めてこない以上、どうしようもない。しかも、彼は常に前を向いて歩いてきた。その生き方を変えることはできない。そのためモヤモヤを抱えている。

団塚監督の語り口は冷徹で静かだ。映像もどこかうすら寒い。それは黒沢清監督の作品のテイストにも似ている。それでいて、被写体を完全に突き放すわけでもない。もちろんべったり被写体に寄り添うようなことはしない。そしてリアルかつ繊細に登場人物の心理をあぶり出すのだ。それもセリフ以外の部分で多くを語らせる。

この映画のもう1つの柱は渋谷という街である。そこでは急激に再開発が進んでいる。あらゆるものが変わっていく。その象徴である宮下公園のデザインを初が担当したという設定になっている。それは公園からホームレスを追い出して建設した、商業施設中心の施設だ。そこには空疎な空気が漂う。人のぬくもりが感じられない。

もちろんそうした街の変化を、家族の変化にリンクして描いているのだろうが、それだけではない。街は人によって作られているのであり、人の変化が街も変える。空疎でぬくもりに欠ける施設が林立する街を、現在進行形で作り出しているのも人なのだ。そういう意味で、本作は単なる家族ドラマではなく、街と人を描いたドラマともいえる。

今また初は新しい仕事を引き受けようとしている。それも再開発の仕事らしい。初の会社の台湾出身の社員がそれに異議を唱える場面がある。「またホームレスを追い立てて作るのか」「そういう仕事をやめたくて日本に帰って来たのではないか」と。だが、初は「それは行政が考えることだ」「自分は社員たちを食べさせなければならない」と言う。それはかつて、初が家族を捨てた時の言い訳と同じように聞こえた。

終盤、蓮は家族の距離を測り直すためにある仕掛をする。子供の頃に行ったフードコートに初を呼び寄せ、恵美も連れてくるのである。久々の家族の集合だ。だが、もちろん気まずい雰囲気が流れる。少ない会話もぎくしゃくしている。

次の瞬間、信じられない出来事が起きる。映画的なマジックというかファンタジックな展開というか……。この大胆な飛躍には正直驚かされた。

それを通して、父と母にもかつて絆があったことが明らかになる。当たり前といえば当たり前だが、蓮と恵美にとっては新鮮な驚きだったかもしれない。

ハッピーエンドにしろバッドエンドにしろ、明確な結末が用意されている映画ではない。それでもラストはスケボーで渋谷の街を行く若者たちを映し、独特の余韻を残す。この映画らしく、最後も街と人を照らしてみせる。

主演の黒崎煌代は、「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」のひょうきんな同級生役とは一転、寡黙な若者の役を好演している。数少ないセリフの隙間から、どうしようもない感情が顔を覗かせる演技が絶品だった。

同じく木竜麻生も、心の奥底をチラチラと覗かせる見事な演技。「菊とギロチン」でデビューした頃から見ているが、本当に良い俳優になったものだ。

父親役の遠藤憲一は、彼特有の苦い顔がこの映画にはピッタリだった。彼が演じなければ、初のキャラクターは違ったものになっていたのではないか。

そして忘れてならないのが井川遥。最初は序盤だけでもったいないと思ったが、そうではなかった。母親役のリアルな佇まいと、ある種のおとぎ話のような存在の両面を見せる演技が圧巻だった。

正直なところ粗削りなところもあるが、団塚監督の才気を感じるには十分な作品だった。はたして、今後どんな作品を生み出すのか。楽しみである。

◆「見はらし世代」(BRAND NEW LANDSCAPE)
(2025年 日本)(上映時間1時間55分)
監督:団塚唯我
出演:黒崎煌代、遠藤憲一、木竜麻生、菊池亜希子、中山慎悟、吉岡睦雄、スー・ユチュン、服部樹咲、石田莉子、荒生凛太郎、中村蒼井川遥
*新宿武蔵野館ほかにて公開中
公式ホームページ https://miharashisedai.com/
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