「ミーツ・ザ・ワールド」
2025年10月29日(水)ユーロスペースにて。午後2時10分の回(ユーロスペース2/C-9)
~新宿・歌舞伎町で違う世界を知り変わっていく腐女子

前回取り上げた「愚か者の身分」は、新宿・歌舞伎町を舞台にしたノワール映画。だが、同じく歌舞伎町を舞台にした雰囲気の違う映画が同時期に公開された。「ミーツ・ザ・ワールド」である。金原ひとみの小説を「ちょっと思い出しただけ」「不死身ラヴァーズ」「リライト」などの松居大悟監督が映画化した。
主人公の由嘉里(杉咲花)は27歳の銀行員。擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」をこよなく愛する腐女子で自己肯定感が低く、趣味の世界に閉じこもり、恋愛経験もない。だが、同世代のオタク仲間たちが結婚や出産で次々と趣味の世界から離れる中、仕事と趣味だけの生活に不安と焦りを感じ、婚活を開始したところだ。
キャバクラ嬢のライ(南琴奈)と出会ったのも合コンの帰り。したたかに泥酔し、道に座り込んでいた彼女の前にライが現れ、「救急車呼んだ方がいい感じ?」と話しかける。由嘉里はライの顔を見て「私もそんな綺麗な顔になりたい」と言う。ライは「300万やるから整形すればいい」と応じる。この出会いが由嘉里を大きく変える。
ライは由嘉里を自分の家に連れて行き、「家に帰りたくないならここに帰ってくればいい」と言う。由嘉里は散らかり放題のライの家を掃除してきれいにする。こうして2人のルームシェアが始まる。
由嘉里とライは正反対だ。由嘉里はおしゃべりで、特に「ミート・イズ・マイン」について話す時は速射砲のごとく言葉が飛び出す。それに対してライは言葉少なだが、随所で厳しい言葉をズバリと言う。対照的な2人でも、いや対照的な2人だからこそ、お互いにない部分を相手に認め、親しくなっていったのだろう。それは恋愛にも似ていた。
だが、現実の恋愛については由嘉里は奥手だった。ライは婚活に前のめりになる由嘉里に疑問を呈しつつも、色々とアドバイスをする。メイクの手ほどきもする。
由嘉里とライの会話はまるで漫才のボケとツッコミ。見ていて思わず笑ってしまった。いや、それだけでなく本作には笑える場面が多い。由嘉里が目当ての男性と初デートする場面では、相手の話が全く耳に入らず、「ミート・イズ・マイン」のキャラクターが登場して会話をする。そんなふうに全体がユーモラスなタッチで綴られている。
歌舞伎町の風景も映画にたびたび織り込まれる。路上の若者などを捉えた猥雑な雰囲気あふれる映像だ。実際に歌舞伎町でロケをしたらしい。スクリーンサイズは画角の狭いスタンダートサイズ。それも効果を発揮している。
ライは自由気ままだ。既婚のナンバーワンホストのアサヒ(板垣李光人)や、毒舌を言う作家のユキ(蒼井優)、バーのマスターのオシン(渋川清彦)など交遊関係も広い。アサヒやユキは、過去の傷や現在のワケありの事情なども抱えていた。そうした人たちと触れ合ったことも、由嘉里に大きな影響を与える。
ところで、ライに関して気になることがある。最初から彼女は「自分は死ぬ」などと口にする。どうやら希死念慮を抱えているようなのだ。後半は、それがドラマを大きく動かす。
ライのそうした思いの背景には、彼女の過去の恋愛があると知った由嘉里は、その相手がいるらしい大阪に、ホストのアサヒとともに出かける。
そこから先の詳細は伏せるが、終盤、ライは姿を消す。その後、由嘉里が路上である人物からの電話を受けるシーンは壮絶でリアル。由嘉里のすべての思いがあふれてくる場面で、胸にグッと迫ってきた。
惜しむらくは、由嘉里と母親(筒井真理子)との関係がイマイチよくわからないところだろうか。母親が由嘉里に言うことは、普通の母親なら当然口にするだろうことで、あそこまで由嘉里が母親を毛嫌いする理由がよくわからない。そのあたり原作ではもっと明確なのかもしれないが。
いずれにしても、ライと出会い、歌舞伎町の人たちと触れ合うことで由嘉里は大きく変わる。会社の同僚からの合コンの誘いを断り、これまでオタク仲間にしか明かしていなかった趣味のことを堂々と告げる。その表情の清々しさよ! 彼女は確実に変わったのだ。
俳優では何といっても杉咲花と南琴奈が素晴らしい。杉咲は推しについて話す際に超絶早口になるところが何ともユーモラス。それとは一転して、終盤の号泣シーンは心を揺さぶる演技だった。一方、南琴奈は寡黙な中にも、存在感たっぷりの演技。オーディションで選ばれたそうだが、俳優としての素質はかなりのものと見た。
ホスト役の板垣李光人、作家役の蒼井優、バーのマスター役の渋川清彦なども存在感ある演技だった。
ライが終盤消えることもあって、彼女はある種のファンタジー的な存在といえないこともない。そもそも登場人物がいい人ばかりだし、歌舞伎町の暗い面もほとんど描かれない。ということで、この映画自体がある種のファンタジーといえないこともないのだが、それが心地よかったりもする。まあ、歌舞伎町には色々な面があるわけだし、こういう世界があってもいいのではないだろうか。とにもかくにも鑑賞後の気分は上々だった。
◆「ミーツ・ザ・ワールド」
(2025年 日本)(上映時間2時間6分)
監督:松居大悟
出演:杉咲花、南琴奈、板垣李光人、くるま、加藤千尋、和田光沙、安藤裕子、中山祐一朗、佐藤寛太、渋川清彦、筒井真理子、蒼井優、(声の出演)村瀬歩、坂田将吾、阿座上洋平、田丸篤志
*新宿バルト9ほかにて公開中
公式ホームページ https://mtwmovie.com/
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