「ハード・トゥルース 母の日に願うこと」
2025年11月2日(日)新宿シネマカリテにて。午後2時50分より鑑賞(スクリーン2/A-5)
~不機嫌すぎる母親の日常。人間、家族、人生を問う

最近は若い映画監督もたくさん出てきてはいるが、高齢の映画監督もなかなか面白い作品を撮っている。
「秘密と嘘」「ヴェラ・ドレイク」「人生は、時々晴れ」などのイギリスの名匠マイク・リー監督は今年82歳になるが、新作の「ハード・トゥルース 母の日に願うこと」が公開になった。邦題には「母の日に願うこと」とあるので、「これはきっと涙腺崩壊の感動物語に違いない」と思う人もいそうだが、とんでもない。実際は相当に刺激の強い映画なのだ。
配管工の夫カートリー(トゥウェイン・バレット)と20代の無職の息子モーゼス(トゥウェイン・バレット)とともにロンドンで暮らすパンジー(マリアンヌ・ジャン=バプティスト)。朝から小言ばかりで常に周囲に苛立ち、家族とも衝突している。
リー監督は過去の作品でも不機嫌な登場人物を描いてきたが、本作のパンジーの不機嫌さは破格だ。一日中ゴロゴロしている息子を「情けない」と怒り、その一方で彼が外に出て行こうとすると「どこに行くんだ。不審者として警察に捕まるぞ。捕まっても迎えに行かないぞ」などと脅す。夫に対しても、土足のまま台所を横切ることにキレて、「役立たず」と怒鳴りつける。夕食の席でも、飼い犬に服を着せる人を罵倒し、赤ん坊の服にも文句を言う。夫と息子は、そんなパンジーに何も言えずただ黙々と食事を続ける。完全な崩壊家庭である。
彼女の不機嫌さは外部にも向けられる。スーパーではレジの店員に文句を言い、周囲のお客とももめる。家具店に行けば「自分で買い物するから放っておけ!」と店員を怒鳴り散らす。クリニックでも医師を怒鳴り散らし、険悪な雰囲気になる。とにかくやたらめったらケンカ腰でガミガミ言い、トラブルばかり起こしている。まったく面倒くさい人である。
こんな人が周囲にいたら嫌である。できるなら関わり合いになりたくない。そんな人物が主人公のドラマに嫌悪感を示すのは当然だろう。私も最初のうちは「何だこの映画は?」と思って引いて観ていた。
だが、あまりにもひどすぎるので、逆に笑えてしまうところもあるからあら不思議。何事も度を越えると笑いになるのだなぁ。しかも、パンジーの悪口のセンスがなかなか良かったりする。おかげで、中盤はクスクス笑って観ていられた。
実はこのドラマには、もう1人の女性が登場する。パンジーの妹のシャンテル(ミシェル・オースティン)だ。美容師をしている彼女は陽気な性格で仕事場で明るく振舞う。そして家庭でも常に笑いが絶えない。シングルマザーとして2人の年頃の娘と暮らしているが、3人はまるで友達のようにフランクに楽しく会話を繰り広げる。崩壊したパンジーの家庭とは正反対である。リー監督は、そんな両女性を対比してみせる。
そんな中、シャンテルは、母の日に自分たちの母親の墓参りに行くことをパンジーに提案する。だが、パンジーは煮え切らない。それでも母の日の当日、渋々シャンテルと母の墓参りに出かける。
そこでも相変わらず不機嫌なパンジー。だが、そのうちに胸の内をぶちまける。自分が不機嫌なのは家族に嫌われているからだと。シャンテルはそんなことはないと言う。
その後、シャンテルの家で彼女の2人の娘とともに、パンジー、夫、息子の3人が食事をする。そこで、息子が母の日の花束を用意したと聞いたパンジーは、最初は大声で笑い声を上げ、そしてその後号泣する。この映画で最もパンジーが激しく動揺するシーンだ。それは「人生は悲喜劇の連続だ」というリー監督の思いが表れているシーンかもしれない。
パンジーの不機嫌の真の理由が明らかにされることはない。いや、もしかしたら、そんなものはないのかもしれない。諸々の原因が積み重なって、今の彼女を形作ったとも考えられる。いずれにしても、彼女の不機嫌さには根深いものがある。
終盤、息子に前向きな光が見えるようなこともあるが、すべてが明るい希望に包まれるというわけではない。安易な希望や解決は提示しない。ラストは夫婦がともに途方に暮れ、どう行動すべきかわからない場面で終わる。そこから先の家族がどうなるかは観客の想像力に委ねているのである。
パンジーはとんでもない女性だが、パンジーのような人間にもそうなるに至る事情があったに違いない。彼女を突き放すことは簡単だ。だが、それでいいのだろうか。シャンテルの「あなたを理解することは出来ないけれど、それでも、わたしは愛してる」という言葉が重い。彼女のような人間にどう接すればいいのだろうか。カタルシスを求めるような観客には受けないだろうが、人間や家族や人生について、深く問いを投げかける映画なのは間違いない。
主演のマリアンヌ・ジャン=バプティストは、「秘密と嘘」でもリー監督とタッグを組んだが、今作は飛びぬけて素晴らしい演技だ。常に不機嫌ながらその端々にユーモアも感じさせ、終盤には感情の揺らぎも表現する。本作の演技で数々の演技賞に輝いたのも納得の演技である。
妹役のミシェル・オースティン、夫役のトゥウェイン・バレット、息子役のモーゼスもいずれも存在感ある演技を見せている。
◆「ハード・トゥルース 母の日に願うこと」(HARD TRUTHS)
(2024年 イギリス)(上映時間1時間37分)
監督:マイク・リー
出演:マリアンヌ・ジャン=バプティスト、ミシェル・オースティン、デヴィッド・ウェバー、トゥウェイン・バレット、アニ・ネルソン、ソフィア・ブラウン、ジョナサン・リヴィングストーン
*新宿シネマカリテほかにて公開中。順次全国公開
公式ホームページ https://hahanohi-film.com/
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