「旅人の必需品」
2025年11月5日(水)ユーロスペースにて。午後12時5分より鑑賞(ユーロスペース1/C-8)
~謎のフランス人女性の言動をユーモラスに綴る。ホン・サンス監督らしさが全開の映画

韓国のホン・サンス監督は独特の作風で知られている。しかも、多作で次から次へと新作を送り出してくる。ほとんどの作品が、監督、製作、脚本、撮影、編集、音楽まで1人で担当するミニマルな映画だからできることだが、それにしてもスゴイ。
そんなホン・サンス監督のデビュー30周年を記念して、2023年以降に発表した新作を5カ月連続で公開する「月刊ホン・サンス」がスタートした。その第1弾が第74回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞した「旅人の必需品」。主演は世界的な名優のイザベル・ユペール。ホン監督とは「3人のアンヌ」「クレアのカメラ」に続く3作目のタッグとなる。
主人公のイリス(イザベル・ユペール)はフランス人。ソウルで生活費を稼ぐため、フランス語の個人レッスンをしている。しかし、過去に教師をした経歴はなく、その教え方は独特だった。
最初の生徒との場面(イリスと生徒との会話は英語で行われる)。ひとしきり今後のレッスンの打ち合わせをした後、その生徒はピアノを演奏してイリスに聴かせる。その後、イリスは彼女を質問攻めにする。「ピアノを弾いていたときはどんな気持ちだったのか?」という問いに生徒が「幸せな気持ち」などと答えると、イリスはさらに「他にはどんな気持ちだった?」と突っ込む。最後には生徒が「苛立っていた」と答える。もっとうまくなりたいのに、現状の腕前に苛立っていたというのだ。
イリスはそれをまるで詩を書くようにフランス語でカードに記す。それを生徒に渡し、何度でも読んで勉強するようにと言う。そんなレッスンを1~2か月行った後に、今度は本を読んで勉強するのだという。
その後、イリスは2人目の生徒と会う。その女性は弁護士で映画会社の社長をしているという夫とともにイリスと過ごす。「ワインでもいかが」という彼女の提案に、イリスは答える。「マッコリはある?」。かくしてマッコリで酒盛りとなる。イリスがどんなレッスンをするか説明すると、彼女はやや不安そうな表情をする。それ以外にも様々な会話をするがどれもたわいのない日常会話だ。
その後、その生徒はギターを演奏する。すると、イリアは1人目の生徒と同じように、「ギターを弾いていたときはどんな気持ちだったのか?」と質問する。すると生徒が「幸せな気持ち」などと答える。イリスはさらに突っ込んで「他にはどんな気持ちだった?」などと聞く。最後に生徒が「苛立っていた」と答えるのも同じ。まさしく反復。もちろんホン監督は意識してこういうことをしているのである。
この映画では詩も大きくクローズアップされる。それは、韓国の国民的詩人ユン・ドンジュの詩。朝鮮独立運動に関与した容疑で逮捕され、日本の刑務所で獄死した彼の詩碑の前にイリスは生徒とその夫とともに立ち、会話を繰り広げる。
その後、イリスは家に帰る。といっても、それは彼女の年下のボーイフレンドの家。彼女が稼いだ金を彼に渡していると、突然彼の母親が家にやって来る。気まずく感じたイリスは家を出る。そこからはボーイフレンドと母親のシビアな会話が繰り広げられる。
というわけで、この作品も揺るぎのないホン・サンス節の映画だ。固定カメラの長回しで登場人物を捉える。カメラは基本的に動かないが、時に横に振ったり、唐突なズームイン、ズームアウトを行ったりする。ちなみに今回は「ノミ」という名前の犬に急にズームインしたりする。酒を飲みながら日常会話をするのもいつもと同じだ。
それを通して、そこはかとないユーモアが漂ってくる。登場人物の微妙な心理もにじみ出てくる。イリスはもちろん、生徒やボーイフレンドなどの言葉には表れない心理状態が、チラチラと見えてくるのである。これがホン・サンス映画の醍醐味といえるだろう。
イリスはいったいどんな人物で、どんな過去を持つのか。なぜ韓国に来たのか。ヒントらしきものは窺えても、それらが明確になることはない。「そんなことも知らないで好きになるのか?」とボーイフレンドの母親が嘆くのもわかるが、だからこそ彼はイリスに惹かれたのかもしれない。イリスはどんな人物で、何を考えているのか。それを類推しながら観るのも一興である。
主演のイザベル・ユペールはさすがの演技。ぎこちないコミュニケーションを通して、謎めいた人物を柔軟に体現する演技が絶品だった。
共演のイ・ヘヨン、クォン・ヘヒョ、チョ・ユニ、ハ・ソングクらは、ホン・サンス映画ではおなじみの顔ぶればかり。他の作品にも多数出演している俳優もいるが、ホン監督の作品になるとその世界を見事に表現して見せるから感心する。長回しばかりなのでセリフもその分長くなるが、みんなごく自然な演技を披露する。
とにかく、いつもながらのホン・サンス映画だ。ホン監督の映画を評するときは、いつも同じことを言うのだが、その風変わりな作風についていけない人もいるだろうが、ハマると癖になって抜け出せなくなる。そういう映画である。
◆「旅人の必需品」(A TRAVELER'S NEEDS)
(2024年 韓国)(上映時間1時間30分)
監督・製作・脚本・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:イザベル・ユペール、イ・ヘヨン、クォン・ヘヒョ、チョ・ユニ、ハ・ソングク、キム・スンユン
*ユーロスペースほかにて公開中
公式ホームページ https://mimosafilms.com/gekkan-hongsangsoo/
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