「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」
2025年11月16日(日)TOHOシネマズ 池袋にて。午後2時より鑑賞(スクリーン5/C-7)
~「ネブラスカ」制作時のスプリングスティーンの葛藤と苦悩を描く異色の伝記映画

世界的ロック・スターのブルース・スプリングスティーン。私も1975年リリースのアルバム「明日なき暴走(Born to Run)」を聴いて、そのパワーに直撃されて、好んでアルバムを聴くようになった。1985年の日本公演にも足を運んでいる。
そのスプリングスティーンは、「ザ・リバー」というアルバムを大ヒットさせた後に、「ネブラスカ」というアルバムを発表した。それまでのバンドサウンドとは一転して、アコースティックギターとハーモニカだけのフォークスタイルの演奏のアルバムで、過去作とのあまりの違いに発売当時は戸惑ったものだ。
その時期に焦点を当てた映画が「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」である。ウォーレン・ゼインズの著書「Deliver Me from Nowhere」を原作に、「クレイジー・ハート」「ファーナス/訣別の朝」などのスコット・クーパーが監督・脚本を手がけた。
本作はもちろんブルース・スプリングスティーンの伝記映画である。ただし、よくある伝記映画とは訳が違う。有名人の伝記映画といえばその波乱の生涯をきらびやかに描いたり、転落の人生をドラマチックに描くのがパターンだろう。しかし、本作はそのどちらでもない。地味で内省的な映画なのだ。
映画の冒頭、スプリングスティーンの幼少時のエピソードが綴られる。母の車に乗り、酒場にいる父(スティーブン・グレアム)を呼び戻しに行く。そこでは幼いスプリングスティーンの不安な心を、彼の目線の映像で描写する。そして父は怖い顔で言うのだった。「外で待っていろ」。
このエビソードは、親子関係、特に父親との関係がその後のスプリングスティーンの人生に大きな影を落としたことを示唆している。
続いて、場面は一転して派手なステージシーンとなる。アルバム「ザ・リバー」をヒットさせたスプリングスティーンが、そのツアーのファイナルで歌う場面だ。曲は「明日なき暴走」。
本作の歌は主演のジェレミー・アレン・ホワイトが吹き替えなしで歌っている。スプリングスティーンも太鼓判を押したというだけに、本格的でそっくりの歌声だ。相当にトレーニングしたのだろう。
その後、ツアーを終えたスプリングスティーンは、幼少期を過ごしたニュージャージーの家の近くに一軒家を借りてそこに滞在する。レコード会社が早く次のアルバムを出せと急き立てる中、寝室に録音機材(ティアック製の4トラックマルチカセットレコーダーなど)を持ち込み、ギターとハーモニカをかき鳴らしてデモテープを作成する。
というわけで、本作の肝となるのはアルバム「ネブラスカ」の制作秘話だ。
スプリングスティーンは、テレビで放送されていたある映画に触発されて曲を書き始める。それはテレンス・マリック監督の「バッドランズ」(日本での最初のタイトルは「地獄の逃避行」)という映画。ネブラスカ州などで連続殺人を犯したチャールズ・スタークウェザーを描いたものだ。スプリングスティーンはそれに強く惹かれる。
なぜ彼が殺人者に惹かれたのか。その背景には、冒頭のエピソードに象徴される父親との関係があった。彼の父親はボクシングのトレーニングと称して息子を殴るなど、虐待まがいのことをしていたのだ。スプリングスティーンはそれにおびえ、バットで父を殴ったこともある(大事に至らなかったが)。だから、父を殺した殺人犯に惹かれたのだろう。曲を作る過程で、当初は「he」としていた歌詞を「I」に書き換えるシーンもある。
スプリングスティーンは、デモテープのつもりで曲を録音するが、それが完璧に近いものだと感じ始める。バンドサウンドは似合わなかった。それでもマネージャーのジョン・ランダウ(ジェレミー・ストロング)は、バンドとともにスプリングスティーンをスタジオに呼び、リハーサルをする。
後に大ヒット曲となった「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」もそこで演奏されるが(この曲にもアコースティックバージョンがあったと知りビックリ)、スプリングスティーンはほとんどの演奏が気に入らない。そして、デモテープに深いエコーをかけただけの音源を、そのままアルバムにしてリリースしたいと希望する。ランダウはその意向をくみ取り、渋るレコード会社を粘り強く説得する。
こうしてマネージャーのランダウとの友情物語も盛り込みつつ、「ネブラスカ」の制作秘話が描かれるわけだが、それと同時に描かれるのがスプリングスティーンが憔悴していく様だ。彼は精神的に疲弊し、うつ状態に陥る。スーサイドというバンドの「Suicide」という曲を聴いているシーンからも、彼がかなり危険な状態にあったことがわかる。
その原因は言うまでもなく、父親との関係にある。そのため幾度となく幼少時のエピソードが挿入される。ただし、父親を極悪非道の人間として描くのではなく、映画「狩人の夜」を観に連れて行ってくれたことなども描かれる。複雑な2人の関係性が浮き彫りになる。また、父親がうつ病に苦しんでいたことも明らかにされる。
本作ではスプリングスティーンと、シングルマザーのフェイ(オデッサ・ヤング)とのロマンスも描かれる。それは当初こそきらびやかなものだが、すぐに色褪せていく。それもまたスプリングスティーンの精神的不安定さが大きな要因となった。フェイとその子供と自分との未来が、幼少期のトラウマゆえに描けなかったのかもしれない。
2人の別れのシーンで、フェイが「あなたは自分と向き合うべきだ」と言った言葉が重い。これこそが、この映画のラストへとつながっていく言葉だ。
主演のジェレミー・アレン・ホワイトは、歌やハーモニカも素晴らしいが、その繊細な演技が見逃せない。「フォーチュンクッキー」で主人公と心を通わせる自動車修理工を演じていた時から、ただものではないと感じていたが、なるほどの演技である。
ロック・スターの伝記映画というイメージとは違い、華やかさとは無縁の映画である。むしろ重たいドラマで、戸惑う人もいるかもしれない。しかし、その分人間ドラマとしての魅力は十二分にある。ロック・スターというよりも一人の人間としてのスプリングスティーンの苦悩と葛藤をあぶり出している。
◆「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」(SPRINGSTEEN: DELIVER ME FROM NOWHERE)
(2025年 アメリカ)(上映時間2時間)
監督・脚本・製作:スコット・クーパー
出演:ジェレミー・アレン・ホワイト、ジェレミー・ストロング、ポール・ウォルター・ハウザー、スティーヴン・グレアム、オデッサ・ヤング、ギャビー・ホフマン、マーク・マロン、デヴィッド・クラムホルツ
*新宿ピカデリーほかにて全国公開中
公式ホームページ https://www.20thcenturystudios.jp/movies/springsteen
(外部のサイトに移動します。外部のサイトの内容については責任を負いませんので)
*はてなブログの映画グループに参加しています。よろしかったらクリックを。
*にほんブログ村に参加しています。こちらもよろしかったらクリックを。