「君の顔では泣けない」
2025年11月19日(水)イオンシネマ板橋にて。午後1時20分(スクリーン4/D-7)
~入れ替わり後の15年間を生きた男女。元に戻るべきか?

「転校生」「君の名は。」など、男女が入れ替わる物語は珍しくない。だが、「君の顔では泣けない」という映画は男女の入れ替わりものながらユニーク。何と入れ替わった後の15年に渡る日々を描いているのだ。
原作は君嶋彼方の小説。監督・脚本は坂下雄一郎。坂下監督は、内田慈主演の「ピンカートンに会いにいく」、窪田正孝&宮沢りえ主演の「決戦は日曜日」などの過去作で知られている。
高校1年の夏、坂平陸(西川愛莉)と水村まなみ(武市尚士)は、プールに一緒に落ちたことをきっかけに入れ替わってしまう。ただし、その入れ替わる場面は、映画の冒頭でサラッと描かれるのみ。そこからもこのドラマの主眼が、入れ替わった後にあることがわかる。
その後、場面は30歳になった陸(芳根京子)とまなみ(高橋海人)が地元の喫茶店で会う場面が描かれる。彼らはそこで1年に一度会うことにしていた。まなみは陸に告げる。「元に戻る方法がわかったかもしれない」と。その日はなんと今日。今日を逃せば100年はその日が来ないというのだ。というわけで、現在進行形のドラマでは今日という1日だけが描かれる。
それと並行して描かれるのが、15歳の高校1年生で入れ替わった2人の今日までだ。必ず元に戻れると信じ、入れ替わったことを周囲に秘密にして日常生活を送る2人。
この手のドラマでは、心と体、内面と外見の違和感が描かれることが多い。もちろん本作でもそれは描かれるが、同時にそれぞれのライフステージに沿った喜びや悲しみが描かれる。
まなみは比較的早く環境に馴染み、そつなく暮らしていく。だが、陸はそうはいかない。それを象徴するのが両親との関係だ。2人が入れ替わったことを知らないまなみの両親は、まなみの外見をした陸を普通に受け入れる。そして、遊びに来た陸(中身はまなみ)に対しても「本当の息子のようだ」と歓迎する。それを聞いてまなみは喜ぶが、陸は複雑な表情をする。
一方、陸は両親(本当の自分の両親)に会いたいと思い、陸の家を訪ねるが、まなみの外見をした彼を両親は警戒し、遠ざけてしまう。逃げるようにかつての自分の家を出る陸の姿がとても切ない。
2人は高校を卒業して、東京の大学へ行く。その頃の2人は、当然元に戻りたいと思っていたから、できるだけそばにいようと思ったのだろう。その反面、今の現実とも折り合いをつけねばならない。そんな2人の心の揺れが、いくつものエピソードを通して描かれる。
2人の異性関係も描かれる。自分に馴染んだまなみは、高校時代に早くも童貞を卒業する。それを知った陸が怒るところはけっこう笑える。過去作はコメディー色が強い作品が多い坂下監督だが、それを封印した本作でもところどころにユーモアが漂っている。
一方、陸の方は相手が自分の外見を好きなのか、中身を好きなのかがよくわからないこともあって、なかなか恋愛もできなかった。しかし、高校の同窓会で久々に再会した田崎(中沢元紀)と付き合うようになる。田崎の自宅でのデートで観たのがブルース・リーの映画だというのも笑える。
親との別れもある。陸の父親が亡くなったのだ。まなみの外見をした陸も急いで駆けつけるが、それはあくまでも他人として。弟(林裕太)に話しかけられ、子供時代の思い出を語るが、それも陸から聞いた伝聞だと言うしかない。思い出さえも自分のものではなくなっているのだ。そこに虚しさが残る。
やがて陸は蓮見(前原滉)という男性と結婚する。そして、妊娠。その報告を電話で受けた時のまなみの複雑な表情……。
坂下監督は、15年間の2人の歩みを瑞々しく、そしてリアルに描き出す。劇的な展開はあまりないが、平凡な日常の中での輝きや苦悩を丁寧に見せていく。ドラマの端緒は入れ替わりというSFファンタジーだが、綴られるのはリアルなドラマなのである。
15年間という年月は重い。その間には様々なことがあり、それぞれの心も微妙に変化する。家庭生活や仕事でも、入れ替わった自分としての基盤ができている。それを守ろうという心理も働く。
そんな中、元に戻れる可能性があると知った2人はどんな選択をするのか?その葛藤がクライマックスにつながっていく。
芳根京子と高橋海人の演技が秀逸。2人とも中身が別人という人物を演じるのはかなり難しかったと推察するが、それをきちんと演じていた。それぞれの心の揺れがストレートに伝わる演技だった。
2人の高校生時代を演じた西川愛莉、武市尚士のキラキラした輝きも素晴らしかった。
生き生きとした台詞のやりとりで軽快に進むドラマだが、意外に深みがあったりもする。例えば、入れ替わりというのはともかく、心と体の不一致に悩む人は多い。そういう社会的な問題について考えさせるきっかけにもなるドラマだと思う。
◆「君の顔では泣けない」
(2025年 日本)(上映時間2時間3分)
監督・脚本:坂下雄一郎
出演:芳根京子、高橋海人、西川愛莉、武市尚士、中沢元紀、林裕太、石川瑠華、前野朋哉、前原滉、ふせえり、大塚寧々、赤堀雅秋、片岡礼子、山中崇
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
公式ホームページ https://happinet-phantom.com/kiminake/
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