「ブルーボーイ事件」
2025年11月20日(木)イオンシネマ板橋にて。午後1時40分より鑑賞(スクリーン12/C-8)
~実際の裁判を基に描いたトランスジェンダーの苦悩。魂のこもった力作

まだまだ差別などの問題はあるにしても、トランスジェンダーに関する話がこれだけ公に語られる時代だけに、トランスジェンダーを扱った映画もたくさんあっていいと思うのだが、それほどでもない気がする。公開規模も小さい映画が多い。映画「ブルーボーイ事件」も公開規模こそ小さいが、ある意味、エポックメイキングな作品になるかもしれない。
高度経済成長期の日本で実際に起きた「ブルーボーイ事件」を題材に、性別適合手術の違法性を問う裁判に関わった人々の姿を描いたドラマだ。
新幹線開通や東京オリンピック開幕などの華々しい記事の踊った新聞を映し出すところから、映画はスタートする。時代は1965年。このドラマの背景には、当時の高度経済成長や国際化の流れがある。
続いて、当局による街の浄化作戦の一環で、刑事たちが売春の摘発を行う場面が現れる。彼らの中には、性別適合手術を受けた男性=ブルーボーイもいた。だが、彼らを売春防止法で処罰することはできない。警察は忸怩たる思いでいた。
そんな警察の意向を受けた検察は、生殖を不能にする手術が「優生保護法」に違反するという理屈で、性別適合手術を行った医師の赤城(山中崇)を逮捕して裁判にかける。いわば無理やりの変化球を使ったのである。
赤城の弁護についた弁護士の狩野(錦戸亮)は、赤城の患者たちに証言に立ってもらおうとする。恋人(前原滉)と暮らしているサチ(中川未悠)にも、出廷してほしいという依頼がある。
喫茶店で女性として働くサチは、恋人からプロポーズされ、幸せの絶頂にいる。トランスジェンダーであることを恋人には打ち明けているが、それ以外は普通の女性として暮らしている。
その反面、彼女はすでに男性器を取り去る手術を受けたものの、女性器を創る手術はまだ受けていなかった。もしも、赤城が有罪になり、性別適合手術が違法とされれば残りの手術が受けられなくなってしまう。サチは大いに悩む。
本作の大きな特徴は、主人公のサチにオーディションで主演に選ばれた中川未悠をはじめ、メインキャストに当事者であるトランスジェンダー女性を起用していることだ。演技の巧拙を考えるなら、普通の役者を使ったほうがいいかもしれない。だが、それ以上に求めたのは当事者性だったのである。
その試みは正解だった。彼らの演技には迫真性がある。ストーリー自体はフィクションだが、それを演じる彼らの一挙手一投足、その言動のすべてのリアルさが宿っているのだ。そのため観ているうちにどんどん引き込まれた。
この映画はいわゆる社会派映画と呼べるだろう。だが、お説教臭さはまったくなく、エンターティメント性も十分に担保している。当時の昭和ムードを象徴するような雰囲気の中、弁護士VS検事の対決はいわゆるわかりやすい対立構造。弁護士は二枚目だし、検事は強面。途中では人が殺されるという波乱もある。ブルーボーイ同士の対立も描かれる。
それでも、焦点はあくまでもサチが法廷に立つかどうかだ。今の幸せを守りたいサチ。もしも証言すれば、その幸せが崩れてしまうかもしれない。法廷では証言するブルーボーイたちに好奇の目が向けられている。
検事は言う。男と女が結婚して子供をもうけるのが国の基本であり、ブルーボーイはそれに背いていると。彼が戦争中に戦友の死を目にし、義務感にかられて行動しているという側面はあるにしても、当時の世の中はそれほどブルーボーイたちに厳しい目を向けていたのだ。
おまけに狩野弁護士は当初、何が何でも無罪を勝ち取るために、ブルーボーイは精神の病であり、それを治療するのは正当な医療行為だとする論理で裁判にあたる。それはブルーボーイたちにとって許せないことだった。
それでも結局、サチは証言に立つことにする。劇中、彼女のセリフはいちいち心に響いてくるのだが、特に二度目の証言の際の言葉は鮮烈だ。自分は女としての幸せを追い求めてきたが、男でもない女でもない。自分は自分なのだと。自分らしく生きることの大切さを心の底から訴えるのである。その力強い問いかけに心が揺さぶられた。
このドラマは過去の話である。マイノリティへの差別が横行していた当時、「幸せを追い求めるという人間として当然のことをしているだけなのに、世間の好奇の目にさらされて、傷ついてしまう。その怒りとやるせなさ。だが、それは昔の話なのだろうか。今も同じようなことがあるのではないか。トランスジェンダーとしての生きづらさだけでなく、マイノリティの人々の生きづらさは今も厳然としてあるだろう。それだけに、本作には現代に通じる様々なテーマが宿っていると言っても過言ではない。
映画の最後には裁判後の後日談が描かれる。裁判の結果は、けっして喜ばしいものではなかったが、サチは小さな幸せをつかんだように見える。まさしく自分らしく生きようとする彼女の姿がそこにはある。微かな希望とともに映画館を後にした。
主演の中川未悠は、ほぼ演技経験がないというがなかなかの演技。セリフ回しも自然だった。何より当事者としての迫真性がある。サチのかつての同僚たちを演じたドラァグクイーンのイズミ・セクシーとシンガーソングライター・俳優の中村中なども達者な演技だ。前原滉、錦戸亮、山中崇らの好演も本作を支えている。
本作の監督の飯塚花笑監督自身もトランスジェンダー男性。過去作でもそのアイデンティティに基づいた作品を送り出してきた。それだけに魂のこもった力作といえるだろう。
◆「ブルーボーイ事件」
(2024年 日本)(上映時間1時間46分)
監督:飯塚花笑
出演:中川未悠、前原滉、中村中、イズミ・セクシー、真田怜臣、六川裕史、泰平、渋川清彦、岡辺隆之、井上肇、安藤聖、岩谷健司、梅沢昌代、山中崇、赤城昌雄、安井順平、時田孝太郎、錦戸亮
*TOHOシネマズ 新宿ほかにて公開中
公式ホームページ https://blueboy-movie.jp/
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