「トロフィー」
2026年7月13日(月)テアトル新宿にて。午後1時30分より鑑賞(A-12)
~在日コリアンの少女の葛藤と成長。瑞々しく繊細な青春映画

是枝裕和監督率いる映像制作集団「分福」のメンバーとして、是枝監督や西川美和監督の監督助手を務めてきた孫明雅監督の長編デビュー作「トロフィー」は、在日コリアン3世で、朝鮮学校に通っていた自身の経験や葛藤の記憶を出発点に生み出したオリジナル作品。少女の揺らめきと成長が繊細にスクリーンに刻まれている。
映画の冒頭は太鼓の音が鳴り響く。主人公の在日コリアン4世の14歳の少女ソヒ(恒那)が部活で練習に励む朝鮮舞踊のリズムだ。その踊りは実に力強く、優雅で美しい。朝鮮舞踊はこの映画の重要な要素となる。
部活ではリ先生(ちすん)から、来るべき大会の主役をリョニ(原田花埜)にすることが発表される。ソヒは緊張するリョニを励ます。
ソヒは、父のサンジュ(井浦新)が校長を務める朝鮮学校に通っていた。学校では朝鮮語を使うことになっていたが、家では日本語が中心。時折、サンジュや母のミリョン(市川実日子)、それに幼い弟との会話の中で、朝鮮語が飛び出す程度だった。学校でも家でも祖国は北朝鮮だと教えられるが、ソヒに在日という意識は薄かった。本人もあまり差別された経験はないようだ。
だが、それでもテレビで北朝鮮のミサイル発射のニュースが流れれば、自分の名前がハングルであしらわれたフェルト細工を見えないように通学途中で裏返す。そのあたりに、図らずも在日という意識がチラリと顔を覗かせる。
ある日、朝鮮学校では日本の中学との交流会が催される。ソヒはそこで未来(梨里花)という少女と親しくなる。お互いにK-POPアイドル(BTSのグッズが出てくる)が好きということで意気投合したのだ。こうして、ソヒは少しずつ外の世界とつながりを持ち始める。
ソヒと未来は一緒に遊ぶようになる。ソヒは未来に朝鮮語(韓国語)を教える。未来はK-POPアイドルのファンクラブに入っていたが、ソヒは入っていなかった。朝鮮学校の校長の給料は安く(しかも生徒が激減していることが劇中で描かれる)、とても家からお金を出してもらうわけにはいかない。そこで未来のアドバイスで、ソヒは家の不用品をフリマサイトで売りに出す。なかでも、父のサンジュが持っていた北朝鮮のCDが高値で売れる。ソヒは無事にファンクラブに入会する。
しかし、まだ難関がある。コンサートのチケット代はどうするのか。他にも売るものがないかと、2人はソヒの家を家探しする。そこでサンジュの部屋に勲章があるのを目にしたソヒは、それを出品してしまう。父にとって祖国から贈られた大切な勲章だとも知らないで……。
本作の特徴は瑞々しい描写にある。ソヒや未来の青春のきらめきが、生き生きとスクリーンに刻まれる。特にカメラワークが秀逸。ソヒと未来が一緒にはしゃぐシーンや、ソヒたちが朝鮮舞踏を踊るシーンなど躍動感にあふれた場面の映像が素晴らしい。撮影は是枝作品などで知られる大ベテランの山崎裕。
在日という意識の薄いソヒだが、父のサンジュは違う。かつて祖国を訪問したこともあり、祖国への思いは格別だ。その父に気を使って、ソヒが未来のことを「同じ在日だ」と紹介する場面もある。父と同世代の他の人々も同じような事情らしい。ある在日の商店主は、息子を朝鮮学校に入れるかどうか悩むが、その際にソヒに言う。「俺たちは日本人にはなれない」。
ただし、サンジュもかつては今とは違った道を志していたことが、後に明らかになる。それを阻んだのは差別だ。商店主の言った「俺たちは日本人にはなれない」という言葉は、かつてのサンジュにも当てはまったのだ。そうした世代間の価値観の違いが、このドラマの背景にはある。
勲章を売ってしまったソヒは、父に気付かれて大慌て。どうやら、その勲章は父にとって特別な意味を持つらしいと気付く。実感はないものの、まずいことをしたと思ったソヒは勲章を取り戻そうとする。そのあたりは、思春期の少女の冒険譚の様相も呈する。
一方、朝鮮舞踏では主役のはずだったリョニがケガをして、ソヒに主役のお鉢が回ってくる。しかし、彼女はうまく踊れない。「祖国への思いが足りないからだ」とリ先生は言う。ソヒの迷いは大きくなる。
こうして孫監督は、ソヒの周囲に対する迷いを際立たせていく。そこには、これまであまり考えてこなかったアイデンティティーというものに対する迷いもある。また、家族の中の問題に直面した彼女の迷いものもある。様々な葛藤が彼女に訪れる。
ただし、それでもドラマは重たかったり、暗くなりすぎることはない。ソヒは代替のメダルを仕立てようとするのだが、そのあたりではそこはかとないユーモアも漂う。孫監督は徹頭徹尾ソヒを優しく、温かく見守る。
様々な葛藤の末に、ソヒは成長を見せる。父の歴史やアイデンティティーにも理解を示すようになる。もちろん世代が違うから、完全に理解したとは言い難いだろう。わからないものはやっぱりわからない。それでも父のような生き方も「あり」だと思えたのではないだろうか。
クライマックスは朝鮮舞踏の大会。そこでソヒたちの踊りをじっくり見せる。それはとびっきり美しく、優雅で、力強いものだった。観客席で見ているサンジュとミリョンは並涙ぐんでいる。そして、私もまた涙ぐんでしまった。なんとまあ素晴らしい踊りなのだろう。ラストで「トロフィー」というタイトルがより意味深く感じられてくる。
主演は自身も在日コリアンのルーツを持つ新人の恒那(はんな)。1年にわたる朝鮮舞踊の稽古を重ねて撮影に挑んだそうで、その踊りも含めて見事な演技だった。その他の若手俳優たちの生き生きとした演技も印象的だった。
そして、脇役がまたいい。両親役の井浦新、市川実和子はもとより、ちすん、笠松将、黒田大輔、山中崇、白川和子、YOU、きたろうなどが存在感ある演技を披露。映画全体に良い雰囲気をもたらしている。
21世紀の今の在日の少女を描いた出色の青春映画だ。朝鮮学校の置かれた厳しい現状など在日を巡る様々な事情を描きつつ、青春のきらめき、友情、迷い、そして成長という普遍的な青春映画に必要に要素をきちんと押さえている。今年有数の素晴らしい映画である。
◆「トロフィー」
(2026年 日本)(上映時間1時間42分)
監督:孫明雅
出演:恒那、梨里花、原田花埜、禾本珠彩、千就、ちすん、笠松将、ソウジ・アライ、黒田大輔、山中崇、白川和子、YOU、きたろう、市川実和子、井浦新
*丸の内ピカデリーほかにて公開中
公式ホームページ https://k2pic.com/film/trophy/
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