「左利きの少女」
2026年8月17日(月)新宿武蔵野館にて。午後12時より鑑賞(スクリーン1/A-6)
~ショーン・ベイカー監督の長年の創作パートナーがついに単独映画監督デビュー。5歳の少女の目線で描くきらびやかな台北の夜市と大人たちの苦悩

「ANORA アノーラ」でアカデミー賞を獲得したショーン・ベイカー監督。彼と大学時代に知り合い、キャリアの初期から作品に関わってきたのが、台湾出身のツォウ・シンチンだ。2004年の「テイクアウト」では共同監督を務め、「タンジェリン」「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」などでは製作を担当した。
そのツォウ・シンチンが初めて単独で監督を務めた作品が「左利きの少女」である。アメリカ、イギリス、フランス、台湾の合作映画だが、台湾の台北が舞台で実質的には台湾映画と言っていいだろう。ショーン・ベイカーはツォウ監督とともに共同脚本を手掛けるとともに、製作と編集にも携わっている。
あるシングルマザーと2人の娘の物語だ。5歳のイージン(ニーナ・イエ)は、母親のシューフェン(ジャネル・ツァイ)、姉のイーアン(マー・シーユエン)と共に、台北に引っ越してきた。シューフェンは夜市で麺屋台を開き、イーアンはビンロウ売りの店に勤め始める。そんなある日、イージンは昔気質の祖父から左利きをとがめられ、「左手は悪魔の手」と叱責される。それから、イージンは左手を使ってちょっとした悪事を繰り返すのだが……。
このドラマの凄いところは何といっても映像だ。シングルマザーのシューフェンが麺屋台を出す台北の夜市の映像が素晴らしい。台北に実在する「通化街夜市(臨江街夜市)」でロケを行った映像で、iPhoneを駆使して撮影。それは5歳の少女イージンの目線で捉えた風景で、極彩色に彩られ、実に美しく躍動感にあふれた映像だ。それを見ているだけで心が浮き立ってくる。まるで自分もイージンと一緒に夜市を巡っているような気分になる。この映画のメインビジュアルに使われているが、姉のイーアンのバイクに乗ってイージンが台北の街を疾走する光景なども心を湧き立たせる。
無邪気なイージンは生き生きと街を歩く。だが、その無邪気さと裏腹に大人たちは様々な苦悩や欲望、悲しみを抱えている。
例えば、母のシューフェンのもとには元夫が入院したという報せが入る。彼はかつて多額の借金を残して消え、シューフェンがその返済に追われた過去がある。イーアンは相手にするなと言うが、「他に身寄りがない」とシューフェンは病院に通う。イーアンはそれに強く反発する。
一方、そのイーアンは高校もやめてしまい、どこか投げやりだ。今はビンロウ売りの店に勤めていた。噛みタバコのようなもので、きわどい格好をした女性がそれを売る。しかも、彼女は店のオーナーとつきあっていた。オーナーは「妻がいたが離婚した」らしい。
どちらも男社会に翻弄され泣かされている母と姉。だが、もちろんイージンはそれを知る由もない。それでも彼女の目に映る光景が大人たちの苦労の一端を物語る。イージンの周囲の錯綜した人間関係や金銭絡みの話が、次第に浮かび上がってくるのである。
そんな中、イージン自身も苦悩を抱える。台北に戻って早々、3人はシューフェンの実家に挨拶に行く。そこで、イージンが利き手の左手で食事をしていると、昔気質の祖父から「左手は悪魔の手で汚れている。矯正しろ」と言われてしまう。
もちろん、左手が悪魔の手などというのは迷信だ。それは保守的な世間の風潮を象徴するものかもしれない。シューフェンやイーアンが男社会に泣かされるのと同様に、イージンは保守的な風にさらされるのだ。
イージンは左手を気にするようになる。包丁を左手に当てたり、左手を布で包み隠したりもする。ところが、面白いことに彼女は同時に変わった行為に走る。なんと左手でちょっとした悪事を働くのである。左手は自分とは違う悪魔の手。だから、悪いことをしても仕方がないと開き直り、免罪符にしてしまうわけだ。
そして、ここでも軽快に悪事を働くイージンが生き生きとユーモラスに描かれる。このタッチは映画の全編を通して不変だ。躍動感にあふれ、そしてユーモラス。特にイージンの行動が笑いを巻き起こす。彼女は彼女なりに一生懸命に動くのだが、さすがに子供のやることだけにピントが外れてしまう。そこがなんともおかしい。
ドラマが進むにつれてシューフェンは苦境に立たされる。屋台の賃料をため込み、にっちもさっちもいかなくなる。実家に借金を申し込むが断られる。そこで事態を動かすのが、なんとイージンの悪事なのだ!この展開はなかなか秀逸で痛快だった。
そして終盤には中国、台湾映画でよく見られる家族による大宴会のシーンが用意されている。イージンの祖母の誕生会だ。シューフェンは新しい彼氏を連れてくる。この雑貨店主がクズ男どもの中で数少ないまともな男で、何ともいい味を出している。こういう人物を配しているところに、作り手の温かな視線を感じさせる。
そこではイーアンに関して大騒動も起きる。これまた保守的な男社会を象徴する出来事だ。その挙句に、イーアンの口から驚愕の事実が明かされる。まさかそんなことになっていたとは……。さすがにこれにはビックリだった。
優しくて明るいエンディングも心地よい。イージンのダンスが周囲の人々の心を和ませるだけでなく、観客の心も温かくする。
イージンを演じたニーナ・イエは台湾の人気子役。これが抜群に可愛い。しかも、可愛いのに加えて、演技もうまいから参ったもの。人気になるのもわかる。姉イーアンを演じたマー・シーユエンは、本格的な演技はこれが初めてだとか。とてもそうは思えない演技だった。母シューフェンを演じたジャネル・ツァイともども、繊細な心理描写が素晴らしかった。
この映画の冒頭にはイージンが見る万華鏡の絵が映る。舞台となる夜市はその万華鏡のように鮮やかに輝く。しかし、その反面、そこには社会の理不尽さに直面して苦悩する大人たちがいる。それをあぶり出しながら、子供の目線を貫き、ユーモアも忘れないところにこの映画の魅力がある。光と影、大胆と繊細、シリアスとユーモラスのバランスがとても良い。ツォウ・シーチン監督、初の単独監督作品にして素晴らしい映画を撮ったものである。
◆「左利きの少女」(左撇子女孩/ LEFT-HANDED GIRL)
(2025年 アメリカ・イギリス・フランス・台湾)(上映時間1時間48分)
監督:ツォウ・シーチン
出演:ニーナ・イエ、マー・シーユエン、ジャネル・ツァイ、ブランド・ファン、アキオ・チェン、チャオ・シンヤン、シア・トンホン
*新宿武蔵野館ほかにて公開中
公式ホームページ https://cinema.starcat.co.jp/left-handed-girl/
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