映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ジュリアン」

「ジュリアン」
新宿シネマカリテにて。2019年2月1日(金)午後2時25分より鑑賞(スクリーン2/B-3)。

~DVにおびえる母子の恐怖をリアルに描く

身体的な暴力にせよ、言葉の暴力にせよ、暴力は嫌いなので、DVの加害者の心理は理解しがたい。それに比べれば、被害者の心理は比較的理解しやすいのだが、当人たちが感じるほどの恐怖や痛みとは比べようもないだろう。

そんな中、まるで自分がDV被害者本人になったような心理を体験した映画がある。「ジュリアン」(JUSQU'A LA GARDE)(2017年 フランス)。グザヴィエ・ルグラン監督がアカデミー賞短編賞にノミネートされた自作「すべてを失う前に」をもとに製作した長編デビュー作で、第74回ヴェネチア国際映画祭で最優秀監督賞を受賞した。

ドラマは親権をめぐる調停から始まる。離婚したブレッソン夫妻は11歳になる息子のジュリアン(トマ・ジオリア)の親権をめぐって争っていた。母のミリアム(レア・ドリュッケール)は、夫のアントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)を子供に近づけたくなかった。ジュリアンも、姉のジョゼフィーヌ(マチルド・オヌヴー)も、アントワーヌを嫌っていて、ジュリアンは「会いたくない!」という強い意思を表明していた。

だが、まもなく、裁判所はアントワーヌにも共同親権を認めてしまうのだ。ジュリアンは隔週で週末を父と過ごさなければならなくなる。その理由については詳しく触れられていないが、ミリアムが失業中なのに対して、アントワーヌが定職に就いていたことから、経済的理由によるものなのかもしれない。だが、子供の意思を省みないというのは、ひどい話ではないか。その後に起きることを考えれば、ルグラン監督が司法の現状を批判的に捉えていることがうかがえる。

そうした社会性も込められた映画ではあるのだが、それ以上にサスペンスとしての魅力がタップリ詰まった映画である。この手の話では、たいてい悪い男は最初は善人に見せて、次第にその本性を露わにさせるはずだ。しかし、この映画のアントワーヌは、それとは少し違う。基本は普通の父親っぽい。おまけに、現在は実家の両親のもとで居候していることもあり、なかなかDV男の本性を見せることはない。

だが、それでも、その隙間からチラチラとヤバい感じがする。言動の端々から、危険な匂いがプンプンする。そのため、「もしかしてコイツ、ヤバイやつ?」「だとしたら、いつ本性を見せるのだ?」とハラハラさせられてしまったのだ。ちょうどホラー映画で、「いつバケモノが登場するのだ?」とハラハラするのと同じような気持ちになったのである。

中盤になると、ついにアントワーヌはDV男の本性を見せる。その直接のターゲットはジュリアンだが、本当のターゲットは元妻のミリアムだ。アントワーヌはジュリアンからミリアムの連絡先を聞き出そうとするが、ジュリアンは母を守るために必死で抵抗する。電話番号を調べられた時には、携帯の電話番号を消去し、住所もニセの住所を教えて抵抗する。

そんな健気なジュリアンの泣きそうな顔を見るだけで、観客の胸はかき乱される。ルグラン監督は、登場人物の顔のアップを中心に寄りの映像を多用するから、ますます彼らの心理がリアルに伝わってくる。その一方で、全体の描写は被写体に接近しすぎず、絶妙な距離感を保っていることで、なおさらリアルさが増幅されていく。

DV男の典型的行動パターンである「俺は変わったんだ」アピールなども盛り込みつつ、アントワーヌの行動はどんどんエスカレートしていく。その間ずっと、観ているこちらのハラハラドキドキも持続したままだ。

中盤では、ジュリアンの姉ジョゼフィーヌがボーイフレンドなどと開いたパーティーシーンが延々と描かれる。「ああ、ここでハラハラは小休止か」と思ったのだが、とんでもなかった。そこにもまた、あのDVおやじが出現したのだ。

この映画の冒頭で街の雑踏が聞こえてくるあたりでは、何やらダルデンヌ兄弟の映画を連想したのだが、観ているうちにミヒャエル・ハネケの作品と共通するタッチも感じてしまった。「これでもか!」と人間の暗部を見せつけるあの監督である。DV男、アントワーヌの暗部も底知れない。

とはいえ、この映画には殴る、蹴るなどの直接的な暴力シーンは登場しない。ところどころで言葉の暴力が飛び出す程度だ。だが、それでもとびっきり怖いのだ。その演出力には恐れ入る。

そして待ち受けているのは、壮絶なクライマックスだ。そこで、暗闇の中、じっと恐怖に耐える母子の姿が心を揺さぶる。緊張感は最高潮に達する。まるで、自分もその場にいて、母子と同じ恐怖を体験しているかのような気分になってしまう。

DVおやじを演じたドゥニ・メノーシェの演技が印象的だ。見た目は普通のオッサンなのに、底知れぬ狂気を感じさせる。それに翻弄される家族を演じたレア・ドリュッケール、トマ・ジオリア、マチルド・オヌヴーも、なかなかの演技だ。

ラストはけっして悲惨な終わり方ではない。だが、すべてがハッピーというわけにもいかない。残されるのは、重たく苦い感触だ。そこにルグラン監督の様々な思いが込められているのだろう。

とにかく怖い映画だ。同時に、様々な問いかけもある。心地よさや楽しさとは無縁だが、観ておく価値は十分にあるだろう。

 

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◆「ジュリアン」(JUSQU'A LA GARDE)
(2017年 フランス)(上映時間1時間33分)
監督・脚本:グザヴィエ・ルグラン
出演:ドゥニ・メノーシェ、レア・ドリュッケール、トマ・ジオリア、マチルド・オヌヴー、マチュー・サイカリー
*新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ https://julien-movie.com/