映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「悪なき殺人」

「悪なき殺人」
2021年12月6日(月)新宿武蔵野館にて。午後12時25分より鑑賞(スクリーン1/C-10)

~運命のいたずらでつながる5人の男女。想像を超えた驚愕の真実

一昨年の東京国際映画祭では相当な本数の映画を鑑賞したと記憶しているが、それでも見逃した作品は多い。「ハリー、見知らぬ友人」のドミニク・モル監督の新作「動物だけが知っている」も、見逃した1本。その「動物だけが知っている」が「悪なき殺人」というタイトルで、このほど公開された。ちなみに同作は、東京国際映画祭では観客賞と最優秀女優賞に輝いた。

フランスの寒村で、一人の女性が車を残したまま失踪する。それをめぐる事件の顛末を、何人かの登場人物の視点から時間をずらして語る。それを通して思いもしない事実が明らかになるという趣向だ。

失踪したのはエヴリーヌ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)という女性。最初に疑いの目を向けられるのは、近くに住むひとり暮らしの農夫ジョゼフ(ダミアン・ボナール)。彼は母を亡くし、精神を病んでいた。

そんなジョゼフと不倫していたのが、社会福祉士のアリス(ロール・カラミー)だ。彼女はジョゼフに同情するうちに関係を持ってしまう。アリスには牧場主のミシェル(ドゥニ・メノーシェ)という夫がいた。アリスはジョゼフの飼い犬が射殺されているのを見て、夫が不倫に気づいて脅したのではないかと疑う。

一方、失踪したエヴリーヌは、マリオン(ナディア・テレスキウィッツ)という若い女性と関係を持っていた。マリオンはエヴリーヌを追いかける。

そんな中、アリスの夫のミシェルは、SNSで出会った女性に夢中になり、金を貢ぐようになる。だが、実はそれは詐欺で、相手はコートジボワールにいる青年アルマン(ギイ・ロジェ・ビビーゼ・ンドゥリン)だった……。

冬の雪深い風景が、寒々とした空気を醸し出している。それは登場人物の心を象徴してもいる。そんな中で展開するドラマは、謎に満ちたサスペンスだ。いったい何がどうなっているのか、最初はまったくわからない。しかし、次第にその全貌が明らかになる。それは予想だにしない事実だ。

よくもまあ、こんなストーリーを考え付くものである。それぞれに秘密を抱えた5人の登場人物が、失踪事件を機に思いもよらぬ形でつながっていく。え? そうだったのか……の連続なのだ。そこには必然もあるが、偶然が大きな要素を占める。まさに運命のいたずらによって彼らの人生が翻弄されていく。

序盤でジョゼフが事件に絡んでいることが明らかになるあたりは、ある程度想像できたのだが、その後は想像もできない展開に突入していく。これだけ偶然が重なると嘘くさくなりがちだが、そうはならない。フランスの山村からアフリカのコートジボアールに話は飛ぶが、焦点がぼやけることもない。このあたりはモル監督の語り口の巧さだろう。

ことさらに仰々しい描写や、派手な盛り上げはない。むしろ淡々と事実を積み重ねていく。だが、それが飛び切りスリリングでミステリアスなのだ。

そして、そんな謎解きのドラマを通して伝わってくるのは、人間の愚かさだ。登場人物は誰もがウソや秘密を抱え、身勝手なふるまいをする。そのことが彼らを瀬戸際まで追い込んでいく。そんなしょーもない人間を冷徹な目で見つめるモル監督。毒気もタップリだ。

終盤は、なんとミシェルがコートジボワールに飛ぶ。そこでアルマンと対決する。とはいえ、カタルシスを期待すると裏切られる。その代わり、オーラスにも驚きの展開が待ち受けている。えええ! それってそういうことだったの?

この映画は、背中に動物を背負ったアルマンが自転車に乗って、ある人物に会いに行く場面から始まる。いったい何がどうなってるの? 謎と疑問に包まれたままスクリーンに引きずり込まれる。

そしてドラマの進行とともに散りばめられた伏線がすべて回収されていく。最後までスクリーンに釘付けで、結局は、モル監督の手中に見事にはまってしまったのである。お見事!

 

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◆「悪なき殺人」(SEULES LES BETES/ONLY THE ANIMALS)
(2019年 フランス・ドイツ)(上映時間1時間56分)
監督:ドミニク・モル
出演:ドゥニ・メノーシェ、ロール・カラミー、ダミアン・ボナール、ナディア・テレスキウィッツ、バスティアン・ブイヨン、ギイ・ロジェ・“ビビーゼ”・ンドゥリン、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
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