映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ミッシング」

「ミッシング」
2024年5月22日(水)TOHOシネマズ日本橋にて。午後6時45分より鑑賞(スクリーン3/D-11)

石原さとみの圧巻の演技。失踪した娘を探す母親のリアル

 

石原さとみが人気俳優であることは間違いないが、これまで私にとってそれほど存在感のある俳優ではなかった。だが、そんなイメージを一新させるような映画が登場した。「ヒメアノ~ル」「愛しのアイリーン」「空白」などの吉田恵輔監督のオリジナル脚本による作品「ミッシング」である。

ある街で幼女の失踪事件が発生し、懸命の捜索にもかかわらず発見できないまま3ヵ月が過ぎる。失踪した美羽の母親・沙織里(石原さとみ)は、世間の関心が薄れていくことに焦りを感じ、夫・豊(青木崇高)との温度差に苛立ちを募らせる。その一方で、取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田(中村倫也)を頼るようになる。そんな中、沙織里が娘の失踪時にアイドルのライブに行っていたことが知られ、ネット上で批判される……。

冒頭はかわいらしい美羽の姿を沙織里の目線でとらえた映像。そこから感動路線に突き進むかと思いきや、そこは吉田監督。その後は、いきなり事件発生から3か月後、事件の風化に焦る沙織里の姿を描くのだ。

夫婦で駅前でチラシを配るものの、道行く人の反応はいま一つ。そんな状況下で娘を思う気持ちは同じでも、その表現方法には微妙な差が出てくる。焦る沙織里は娘への思いだけで、ひたすら突っ走る。その言動は次第に過激になり、アイドルのライブに行っていたことをバッシングするSNSを見て悪態をつく。そんな妻を前にして豊は、極力冷静にふるまおうとする。だが、それが沙織里をさらに苛立たせ夫婦は喧嘩が絶えない。

沙織里を悲劇のヒロインに仕立てて感動を呼び起こそうとするなら、こんな赤裸々な描き方はしないだろう。吉田監督の視点は被写体に接近するのでなく、突き放すのでもなく、絶妙の距離感を保つ。これは過去の作品でも見られる特徴。そして、人物描写には容赦がない。心の奥底を余すところなく伝える。闇の部分も含めて。だからこそリアルに響くドラマが生み出されるのだ。

夫婦を中心に据えつつも、多面的にドラマは展開する。リアルに描かれるのは夫婦の関係だけではない。マスコミのありようも同様だ。キー局はすでに放送しなくなり、わずかに地元ローカル局の砂田だけが報道を続けていた。この砂田が風化に抗うものの、視聴率獲得を狙う局上層部の意向により、報道の意図を捻じ曲げられてしまい苦悩する姿が描かれる。劇中では直接的に視聴率とは、報道とは、などを問うセリフも登場する。スクープをものにした後輩記者や、新人女性記者などの存在もそこに効果的に配される。

また、沙織里の弟・圭吾も重要な登場人物。かつていじめにあった過去を持つ彼は、事件の直前まで美羽と一緒にいたことから疑惑の対象になる。自身のアリバイについて噓をついていたことも心証を悪くする。砂田もそんな彼を取材せざるを得なくなる。圭吾も自責の念と悔恨で身悶えすることになる。

美羽に関する偽の情報に踊らされ、テレビ局の視聴率至上主義に巻き込まれ、沙織里と豊の関係はさらに悪化する。沙織里の言動はさらに過剰になり、感情的になり、そしてメディアが求める「悲劇の母」を演じるようになる。豊は冷ややかにそれを見つめる。

というわけで、基本はシリアスなドラマなのだが、時折笑いが挟まれるのもいかにも吉田監督の映画らしいところ。特にカメラマンの「虎舞竜みたい」というセリフには笑ってしまった。交通安全係になった沙織里が、児童が「おばさん」と呼ぶのに対して「おねえさんね」と訂正するシーンでも爆笑。重苦しさの中で、こういうシーンが良い意味での息抜きになっている。

いまさら言うでもないが、このドラマは犯人捜しのミステリードラマではない。登場人物の苦悩と葛藤、わずかな喜びを描くヒューマンドラマなのだ。だから、劇的な展開があるわけではない。明確な結末が用意されているわけでもない。

ドラマは最後に2年後を描く。依然として見つからない美羽の姿を求めて、沙織里と豊は行動を続ける。その中で、わずかな希望を感じる瞬間も訪れる。そこで号泣する豊の姿が印象深い。

光を巧みに使った終盤の美しい映像。そして余韻の残るラストも見事だった。

そして、そして、何よりも石原さとみの演技が素晴らしい。中盤で自らの心情を語るところを長回しで追う場面。あるいはガセネタをつかまされ、警察で否定された時の慟哭のシーン。どれをとっても見応えがある。迫力満点。狂気スレスレのところに足を踏み入れるなど圧巻の演技だった。プライベートと役を結びつけるのはどうかとも思うが、母親になって初めての演技ということも、これほどの演技につながったのかもしれない。

豊役の青木崇高、砂田役の中村倫也、圭吾役の森優作のいずれも抑制的で苦さに満ちた演技も忘れ難い。新人記者役の小野花梨、刑事役の柳憂怜らも印象的な演技だった。

あまりにもリアルな母の心情に目が離せなかった。石原さとみの名演と吉田監督の鋭い演出で、今年有数の一本に仕上がったと思う。必見。

◆「ミッシング」
(2023年 日本)(上映時間1時間59分)
監督・脚本:吉田恵輔
出演: 石原さとみ青木崇高、森優作、有田麗未、小野花梨小松和重、細川岳、カトウシンスケ、山本直寛、柳憂怜、美保純、中村倫也
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://wwws.warnerbros.co.jp/missing/

 


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