映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「関心領域」

「関心領域」
2024年5月24日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時10分より鑑賞(スクリーン9/D-11)

強制収容所の隣で平穏に暮らす所長一家。常に鳴り続ける音が心をかき乱す

 

ナチスによるホロコーストを描いた映画は数々あるが、近年の映画は工夫を凝らしたものが多い。80年以上も前の出来事を説得力を持って伝えるには、正攻法だけでは難しい。

カンヌ国際映画祭パルムドールに次ぐグランプリに輝き、第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞、音響賞の5部門にノミネートされ、国際長編映画賞と音響賞の2部門を受賞した「関心領域」も、実にユニークな工夫を施した映画だ。マーティン・エイミスの小説を原案に、「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」のジョナサン・グレイザー監督がメガホンをとった。

ちなみに、タイトルの「The Zone of Interest(関心領域)」は、第2次世界大戦中、ナチス親衛隊がポーランドオシフィエンチム郊外にあるアウシュビッツ強制収容所を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するために使った言葉だという。

この映画の主人公は、アウシュビッツ強制収容所長のルドルフ・ヘスクリスティアン・フリーデル)と彼の家族。映画は川べりにピクニックに来た一家の姿から始まる。そこでは両親と子どもたちの平和な日常が描かれる。

彼らの家はアウシュビッツ収容所と壁一つ隔てた隣の敷地にある。母親のヘートビヒ(ザンドラ・ヒュラー)が、自身の趣味で庭を造園するなど、広く住み心地抜群の家だ。そこでも彼らは平穏で何気ない日常を送っている。

本作の特徴は収容所の内部を一切映さないこと。登場人物もことさらに収容所のことを口にしない。ひたすら一家のありふれた日常を淡々と映すだけなのだ。

だが、それでもホロコーストの影は確実に彼らの生活から見えてくる。ヘートビヒは大量の服を持ってきて、「どれでも好きなのをとりなさい」と言う。自分では毛皮のコートを身にまとう。そのポケットからは口紅が出てくる。そうなのだ。これらはユダヤ人から収奪したものなのだ。

あるいは、ルドルフが川釣りをしているシーン。子供たちは川遊びをしている。すると、上流から大量の灰が流れてくる。灰だけではない何か固形物も流れてくる。ルドルフは慌てて子供たちに川から出るように指示する。もうおわかりだろう。それは収容所から流れ出たものなのだ。

と言っても、セリフの中で、それに関する詳細な説明をしているわけではない。あくまでも観客の想像に委ねている。観客は自分で判断するしかない。これも本作の大きな特徴だ。

そして、本作のもう一つの特徴は音にある。この映画の冒頭では、数分間スクリーンが真っ暗なまま、不快な音が響く。やがて、小鳥の声が聞こえてドラマが始まる。おそらく、これは音に注目することを観客に呼び掛けたものではないだろうか。

それに従って音に注意を払っていると、映画のバックには常に音が流れていることがわかる。よく耳を澄ませば銃声だったり、人の悲鳴だったりする。それは収容所内の音だと推察される。

壁一つ隔てた収容所の煙突からは煙が吐き出され、収容所内の音が常に鳴り響く。初めてそこに足を踏み入れた人なら、奇異に思ったり、恐怖を感じることだろう。実際に家に泊りに来たヘートビヒの母は、理由も告げずに去ってしまう。もしかしたら、それは音のせいかもしれない。だが、ヘス一家はそれを気にすることなく、完全に無視しているのだ。

ここに、この映画の真の恐ろしさが見えてくる。無関心が、鈍感さが、人間の良心をマヒさせるのだ。彼らにとって、収容所内のことはルドルフの仕事にしかすぎなかったのである。

やがて、ルドルフに異動の話が舞い込んでくる。栄転だが、アウシュビッツを去らねばならない。ヘートビヒは自身が気に入っているこの家を去りがたく、行くなら家族を置いて一人で行けと言うのだ。ルドルフは困ってしまう。

終盤、映像はようやくヘスの家を離れて、ナチスの会議を映し出す。そののち、ルドルフの体調がおかしくなる。何度も嘔吐するのだ。はたして、それは罪の意識によるものなのか。それとも……。

同時に、ラスト近くでは博物館になっている現在のアウシュビッツの姿が映し出される。この映画が単に過去を描いているのではなく、現在につながっていることを強く訴えているに違いない。

エンドロールで流れる合唱曲が、観客の心をさらに不安で不快なものにして映画は終わる。

ルドルフ役は「ヒトラー暗殺、13分の誤算」のクリスティアン・フリーデル、ヘートビヒ役は「落下の解剖学」のザンドラ・ヒュラー。

多少よくわからないところもあったが(時々挿入される少女の映像はユダヤ人?)、それも含めて想像力を刺激され、106分間、スクリーンにくぎ付けになって目が離せなかった。無関心でいることの恐ろしさを痛感させられた映画だ。ナチスによるホロコーストだけでなく、パレスチナでの虐殺など現代にも通じる話だと思う。間違いなく、今観るべき映画である。

◆「関心領域」(THE ZONE OF INTEREST)
(2023年 アメリカ・イギリス・ポーランド)(上映時間1時間46分)
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー、ラルフ・ハーフォース
* TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/thezoneofinterest/

 


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