映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「希望の灯り」

希望の灯り
Bunkamuraル・シネマにて。2019年4月18日(木)午後7時10分より鑑賞(ル・シネマ1/C-5)。

~無機質な旧東ドイツの巨大スーパーを舞台に人間の営みが立ち上る

スーパーマーケットには、ほぼ毎日のように通っている。車も自転車も持っていないから買いだめは困難。何よりも、たくさんの商品を見ているだけで楽しくなるではないか。

クレメンス・マイヤーの短編『通路にて』を長編2作目のトーマス・ステューバー監督が映画化した「希望の灯り」(IN DEN GANGEN)(2018年 ドイツ)は、ドイツのライプツィヒ近郊の巨大スーパーマーケットを舞台にしたドラマだ。描かれるほとんどの出来事は、そこで起きる。

舞台となるスーパーは、広大な室内に整然と商品が並んだ、どちらかといえば無機質な空間。かつて東ドイツ時代には、そこは長距離トラックのターミナルのような場所だったらしい。そのため当時トラックドライバーとして働いていた人たちも、そのままこのスーパーで働いている。

無口な青年クリスティアン(フランツ・ロゴフスキ)が、このスーパーの在庫管理係に雇われたところからドラマが始まる。慣れない仕事に戸惑うクリスティアン。特にフォークリフトの運転に悪戦苦闘する。そんな彼に上司のブルーノ(ペーター・クルト)が仕事を教え、温かく見守る。

終盤まで詳細は語られないのだが、主人公のクリスティアンは、いかにもワケありふうだ。上半身にはおびただしいタトゥーがある。家でくつろぐその背中からは、強い孤独が感じられる。昔の仲間らしいワルの影もちらつく。

一方、彼を取り巻くスーパーの従業員たちもユニークな面々ばかりだ。上司の中年男ブルーノをはじめ、一見とっつきにくいように見えて、実は心優しい。絶妙の距離感でクリスティアンと接してくれる。そんな状況だから、クリスティアンはそこに安らぎを見出していく。まるでスーパーが家庭で、同僚たちが家族のように思えたのだろう。

クリスティアンがスーパーに安らぎを見出したもう一つの大きな理由は、恋心にある。菓子部門で働く年上の女性マリオンと出会ったクリスティアンは、彼女に心惹かれていく。マリオンも「新人さん」と呼んでクリスティアンに親切にする。

こうしてクリスティアンと同僚たちとの触れ合いや、彼の恋模様が描かれるのだが、けっして仰々しさはない。実に静かで淡々とした映画である。後半に起きる劇的な出来事も抑制的に描く。そこはかとないユーモアも、そこには込められている。

例えば、クリスティアンたちが受けるフォークリフトの講習で流される教育用動画は、まるでスプラッターホラーのような内容だ。そんなふうにクスクス笑ってしまうところも、たくさんあるドラマなのだ。

クリスマスイブに、期限切れの商品を使ってパーティーを開くなど、同僚たちと楽しい日々を過ごすクリスティアン。だが、恋模様は荒れ模様。マリオンとの関係の前には大きな障害が立ちはだかっていた。

クリスティアンを演じるのは、「未来を乗り換えた男」のフランツ・ロゴフスキ。無口という設定で、ほとんどセリフがないだけに、ほんのわずかな表情の変化などで胸の内を表現する繊細な演技が光っている。ドイツアカデミー賞で主演男優賞を受賞したのもうなずける演技だ。

一方、マリオンを演じるのは「ありがとう、トニ・エルドマン」のザンドラ・ヒュラー。明るく奔放な態度の裏に隠された苦悩をチラリと見せる演技が見事だった。ブルーノ役のペーター・クルトはじめ同僚たちの演技も味がある。

クリスティアンにとって家族のような同僚たちだが、もちろん本物の家族ではない。お互いの心の奥底までうかがい知れるわけではない。それぞれが抱える過去や秘密については、お互いに触れないように節度を保っていた。

それが終盤にある人物の死によって一気に露見する。そこには東西ドイツの統一によってもたらされた矛盾も、背景として織り込まれている。表面的な穏やかさとは裏腹に、歴史に翻弄され、逃れられない過去を引きずり、日々苦悩する人々の姿が、何とも言えない苦さを漂わせる。

だが、結末はけっして暗いものではない。そうした苦みも含みながら、すべてを受け入れて前に進んでいくクリスティアン。まさに邦題通りに「希望の灯り」が灯る。そこではフォークリフトの「波の音」が印象的に使われる。

それ以外にも、ジグソーパズルやUFOキャッチャーなど小道具が効果的に使われている映画だ。また、冒頭で流れる「美しき青きドナウ」をはじめ様々なタイプの音楽が、これ以上ないほどのタイミングで流れるのもこの映画の魅力だろう。

風変わりで静かだが、独特の味わいを持つ作品だ。一見、無機質なスーパーの店内を舞台に、人間の様々な営みが立ち上ってくる。

 

f:id:cinemaking:20190420205859j:plain

◆「希望の灯り」(IN DEN GANGEN)
(2018年 ドイツ)(上映時間2時間5分)
監督:トーマス・ステューバ
出演:フランツ・ロゴフスキ、ザンドラ・ヒュラー、ペーター・クルト、アンドレアス・ロイポルト、ミヒャエル・シュペヒト、ラモナ・クンツェ=リプノウ、ヘニング・ペカー、マティアス・ブレンナー、クレメンス・マイヤー
Bunkamuraル・シネマほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://kibou-akari.ayapro.ne.jp/