映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「メイ・ディセンバー ゆれる真実」

「メイ・ディセンバー ゆれる真実」
2024年7月18日(木)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後3時40分より鑑賞(スクリーン6/C-7)

~36歳の女性と13歳の少年。23年後の2人の関係を追う主演女優

 

前回取り上げた「お母さんが一緒」に続いて自粛明け2作目に選んだのは「メイ・ディセンバー ゆれる真実」。「エデンより彼方に」「キャロル」のトッド・ヘインズ監督の新作だ。

本作はメイ・ディセンバー事件を描いた作品だ。メイ・ディセンバーというのは、年齢差のあるカップルを指す慣用句。1996年、教師だったメアリー・ケイ・ルトーノーが、当時生徒で12歳だった少年ヴィリ・フアラアウと不倫し、それが発覚して逮捕され懲役7年の実刑判決を受ける。獄中でヴィリの子供を出産したメアリーは、夫と離婚し、出所後にヴィリと結婚する。

この事件を素材にした映画には、ケイト・ブランシェットジュディ・デンチによる『あるスキャンダルの覚え書き』がある。比較的事実に忠実に描かれた作品だったが、本作はそれとは違う。教師と生徒という関係や、事件そのものは描いていない。当事者などの心の動きを追った心理サスペンスなのだ。

36歳の女性グレイシーは、アルバイト先で知り合った13歳の少年と関係を持ち実刑となった。少年との子供を獄中出産し、刑期を終えて二人は結婚した。23年後、事件の映画化が決定し、女優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)が、取材のために映画のモデルになったグレイシージュリアン・ムーア)とジョー(チャールズ・メルトン)を訪ねる。彼らと行動を共にし、当事者が語る「真実」に触れるうちに、自らの思いや感情も大きく揺さぶられていく……。

最初にエリザベスがグレイシーとジョーに会った時には、2人は穏やかで幸せに暮らしているように見えた。時折嫌がらせの小包が届いてはいたが、それ以外は近所の人とも仲良くやっているようだった。だが、それが次第に揺らいでくる。

エリザベスは2人と行動を共にする。特にグレイシーとは親密な関係を築く。そこで効果的に使われるのが鏡だ。グレイシーがエリザベスに化粧をする姿が鏡に映る。その時の緊張感あふれる映像が出色。はたして、そこでエリザベスはグレイシーの心を理解したのだろうか。

一方、エリザベスは関係者からも話を聞く。グレイシーの元夫、グレイシーがジョーと関係を持ったアルバイト先のペットショップ店主、グレイシーの弁護士……。そこから次第に「幸せそう」な2人とは違う表情が見えてくる。

心理サスペンスを彩る仕掛けにぬかりはない。不穏なピアノ音楽が印象的に使われる。時にはシーンと無関係な場面でもその音楽が流れる。それが緊張感と怪しさを倍加させる。映像も効果的だ。不安定な映像が随所で使われ、サスペンスの妙味を引き立たせる。

そして何よりもトッド・ヘインズ監督お得意の繊細な心理描写が光る。セリフはもちろん、微妙な表情の変化やしぐさで、登場人物の心のひだをスクリーンに映しとる。

ドラマが進むにつれて、エリザベスは最初の頃の印象とは違う印象を事件について持つようになる。2人の関係は純愛なのか? あるいはグレイシーがジョーを支配しているのか?何が真実で何が虚構なのか、その境界線が曖昧になってくる。

グレイシーの見えないところで、ジョーは常にスマホで誰かと連絡を取っている。子供の時にグレイシーと関係を持って以来、その庇護のもとに居続ける彼は、そこから離脱しようとしているようにも見える。

そして、グレイシーとジョーの調査に深入りするうちに、エリザベス自身も変わっていく。もともと劇映画という虚構の世界を構築しようとしている彼女にとって、真実よりも虚構のほうが価値を持つのかもしれない。そんな状況下で、彼女は思わぬ行動に出る。

終盤、ジョーが飼っていた虫が蝶になり、空へ羽ばたいていく。13歳の心のまま成長した彼の悲しみと解放への思いを象徴したようなシーンだ。

エリザベスは映画製作に踏み出していく。ラストの撮影シーンの度重なるリテイクが意味するものは?

古典的なメロドラマにサスペンスの要素を織り込んだ本作。だが、真相がすべて明らかになるわけではない。何が真実なのかは明かさない。観客自らが想像するしかない。

というわけで、トッド・ヘインズ監督らしい繊細な心理描写が味わえる作品。だが、それ以上に見応えがあるのがナタリー・ポートマンジュリアン・ムーアの競演だろう。

エリザベスを演じたナタリー・ポートマンは、対象に真摯に向き合いつつ、その沼に次第にハマっていく姿を説得力を持って演じた。終盤の長回しグレイシーの昔の手紙を読み上げる(セリフにして言う)シーンは圧巻。

そしてジュリアン・ムーアのなんとも言えない変幻自在の演技。時には強く、時には優しく、ヒロインの怖さやしたたかさを巧みに表現した演技に圧倒された。この2人が対峙するシーンは背筋ゾクゾクもの!それだけでも本作を鑑賞する価値がある。

本作は2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。第81回ゴールデングローブ賞で作品賞、主演女優賞、助演女優賞助演男優賞に、第96回アカデミー賞では脚本賞にノミネートされた。

◆「メイ・ディセンバー ゆれる真実」(MAY DECEMBER)
(2023年 アメリカ)(上映時間1時間57分)
監督:トッド・ヘインズ
出演:ナタリー・ポートマンジュリアン・ムーア、チャールズ・メルトン、コーリー・マイケル・スミス、エリザベス・ユー、パイパー・クールダ、D・W・モフェット
* TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/maydecember/

 


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