映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「天才作家の妻 40年目の真実」

「天才作家の妻 40年目の真実」
YEBISU GARDEN CINEMAにて。2019年1月26日(土)午後1時5分より鑑賞(スクリーン1/G-8)。

ノーベル賞作家の妻はゴーストライターグレン・クローズの名演が光る

先日発表されたゴールデン・グローブ賞では、グレン・クローズが主演女優賞を獲得した。これから発表になるアカデミー賞でも有力な候補のようだ。その対象となった作品が、「天才作家の妻 40年目の真実」(THE WIFE)(2017年 スウェーデンアメリカ・イギリス)である。

ノーベル賞作家とその妻を描いたドラマだ。原作はメグ・ウォリッツァーが書いた小説。ただし、原作に登場するのはノーベル賞ではなく、フィンランドの小さな賞とのこと。それを脚本家のジェーン・アンダーソンが脚色した。監督はスウェーデン出身のビョルン・ルンゲ。

冒頭、老夫婦が登場する。現代文学の巨匠ジョゼフ(ジョナサン・プライス)と40年間連れ添った妻ジョーン(グレン・クローズ)だ。ジョゼフは心配顔。どうやら、これまでも何度かノーベル文学賞の候補になったらしい。今度受賞できなければ「雲隠れしたい」などと言い出す始末だ。その挙句に、ジョーンに「セックスしよう」などと言いだすのである。

このシーンだけで、夫婦の関係性が何となくうかがい知れる。文学的才能には恵まれているものの、それ以外は身勝手でダメダメな夫。それを内助の功で支える糟糠の妻。そんな構図が見えてくるではないか。

まもなく、夫婦のもとにノーベル賞受賞の報せが届く。ジョゼフとジョーンは、作家となった息子デビッド(マックス・アイアンズ)を伴い、授賞式に出席するためスウェーデンストックホルムを訪れる。そこでの数日間の出来事が描かれる。

本作で興味深いのは、ノーベル賞授賞式をめぐる舞台裏だ。ホテルの部屋にいきなり聖歌隊のような人々が入ってきたり、式の念入りなリハーサルが行われたりと、ふだんなら知ることのできない裏面が描かれる。

とはいえ、ドラマの肝はそこではない。夫婦の絆と確執のドラマである。当初こそ、理想の老夫婦のように見えたジョゼフとジョーン。だが、はしゃぐ夫の傍らで、ジョーンの心は次第に揺れ動きだす。

そこにはジョゼフとの間にわだかまりを抱えている息子デビッドの存在や、カメラマンの若い女性に接近するジョゼフの素行などが関係している。ジョゼフは、これまでにも何度も他の女に手を出してきたらしい。

だが、最もジョーンの心に波風を立てるのは、ナサニエルクリスチャン・スレイター)という記者の存在だ。ジョゼフの伝記本執筆を狙う彼は、ジョーンの過去を調べあげていた。その過去が回想シーンとして描かれる。

登場するのは、若き日のジョゼフ(ハリー・ロイド)と若き日のジョーン(アニー・スターク)。ジョーンは作家志望の大学生として、大学教授のジョゼフと知り合った。当時、ジョゼフには妻子がいたが、やがて2人は結ばれる。いわば略奪愛である。

結婚後、それまで二流の作家だったジョゼフは傑作を世に送り出し、ジョーンは彼を支えるようになった。

そんな過去をふまえて、ナサニエルは疑問をぶつける。ジョーンは夫ジョゼフのゴーストライターではないのか?と。

中盤で描かれるジョーンとナサニエルのバーでの会話が印象深い。まるで狐とタヌキの化かし合いのような会話だ。事実を話させようとするナサニエル。それを巧みにかわすジョーン。何とも見応えあるやり取りである。

ジョーンが作家をあきらめた背景には、当時の時代状況も織り込まれている。今と違って女流作家の地位は極めて低く、男たちが牛耳る文学の世界で成功する可能性は低かったのだ。先輩の女流作家が、そのことをジョーンに警告するシーンにすべてが象徴されている。

さて、それでは本当にジョーンは夫のゴーストライターだったのか? その結論は伏せておくが、終盤には壮絶な修羅場が待っている。

この映画の脚本には、やや都合のよすぎるところや突っ込み不足のところも見られる。それを補って余りあるのが、ジョーンを演じるグレン・クローズの演技だ。愛を信じて突き進んだものの、長い年月に渡って心の奥に苦悩や葛藤を抱え込むようになり、それが今まさに爆発しかかっている。そんな複雑な感情を、わずかな表情の変化だけで見せる演技は絶品だ。特に授賞式での彼女の表情は圧巻である。

グレン・クローズといえば、「ガープの世界」「再会の時」「ナチュラル」「アルバート氏の人生」などで6度オスカーにノミネートされ、今回が7度目のノミネートとなった。さすがに今回は受賞してもいいのでは? 何にしても素晴らしい名演で、これだけでも観る価値のある映画だと思う。

ちなみに若き日のジョーンを演じたアニー・スタークは、グレンの実の娘とのこと。なるほど、何となく似てますなぁ。

夫役のジョナサン・プライスも貫禄の演技。そして、記者役のクリスチャン・スレイターの久々のくせ者ぶりも、この映画の見どころだ。

ラストの飛行機内でのジョーンの振る舞いが意味深だ。はたして、彼女はあの後どんな行動をとるのか。一件落着にも思えるが、はたしてそれで済むのか???と、いろいろと想像させられた。これまた、グレン・クローズの深みのある演技のなせる業なのである。

 

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◆「天才作家の妻 40年目の真実」(THE WIFE)
(2017年 スウェーデンアメリカ・イギリス)(上映時間1時間41分)
監督:ビョルン・ルンゲ
出演:グレン・クローズジョナサン・プライスクリスチャン・スレイター、マックス・アイアンズ、ハリー・ロイド、アニー・スターク、エリザベス・マクガヴァン
新宿ピカデリー角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開中
ホームページ http://ten-tsuma.jp/