映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「落下の解剖学」

「落下の解剖学」
2024年2月26日(月)Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下にて。午後1時より鑑賞(7F/D-11)

~雪の山荘で起きた転落事故。殺人の嫌疑をかけられた妻を巡るスリリングなサスペンス&人間ドラマ

2023年の第76回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールに輝いたのをはじめ、様々な映画祭で話題を集めた「落下の解剖学」。いよいよ日本公開された。日曜に観に行こうと思ったのだが、あんまり寒いから足が前に進みませんでしたよ~。なので、月曜日にGO!

人里離れた雪山の山荘で、視覚障がいをもつ11歳の少年が血を流して倒れていた父親を発見する。息子の悲鳴を聞いた母親のサンドラ(ザンドラ・ヒュラー)が救助を要請するが、父親はすでに息絶えていた。最初は事故死かと思われたが、捜査が進むにつれていくつもの不審な点が浮かび上がり、やがてベストセラー作家のサンドラが殺人容疑で起訴される……。

というわけで、1人の男の転落死を巡って、その真相を追うとともに、妻や子、周辺の人々の人間模様を描いたドラマである。

前半は事件発生前後の様子が描かれる。ベストセラー作家のサンドラが、女子学生のインタビューを受けている。すると上階から大音量で音楽が流れてくる。サンドラの夫が流しているらしかった。そのためインタビューは中止になり、女子学生は帰っていく。

それからしばらく後、息子のダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)が犬の散歩から帰ってきて、父親の遺体を発見する。そこからは事件発生後のあれやこれやが描かれる。

サンドラは知り合いの弁護士ヴァンサン(スワン・アルロー)を呼ぶ。彼は単なる知り合いではなく、かつてサンドラと深い仲だったらしい。

警察は諸々の状況から見て事故の可能性は低いと判断し、サンドラやダニエルから事情を聴く。そしてサンドラに疑いの目を向ける。夫の頭を強打して3階から突き落としたというのだ。それに対して、ヴァンサン弁護士はサンドラの夫が自殺したという見立てで対抗する。

前半はスリリングで意表を突いたカメラワークが光る。犬の目線に立った低いカメラアングルや手持ちカメラ、極端なアップなど様々なテクニックを駆使して緊迫感を高める。

同時に、そうした映像が登場人物の心理をあぶり出す、サンドラ、ダニエル、ヴァンサン弁護士などの次々に変化する心情を、セリフに頼らずスクリーンに刻み付ける。

雪山の山荘という舞台設定も効いている。世間から隔絶された狭い空間で、限られた人間によるドラマが繰り広げられ、尋常ならざる緊迫感が漂うこととなる。

そして後半は一転して濃密な法廷劇が展開する。捜査にあたった者、夫の精神科医、はては冒頭に登場したサンドラにインタビューした女子学生など、様々な証言者が登場して様々な証言をする。もちろん、サンドラも証言をする。

それを巡って検事とヴァンサン弁護士が丁々発止のやりとりをする。真実とウソ、主観と客観が入り乱れ、いったい事件の真相はどこにあるのか皆目見当がつかなくなってくる。サスペンスとしての魅力たっぷりの展開だ。

クライマックスは、事件前日の夫婦の大ゲンカだ。なんと、夫がその様子を録音していたのだ。その録音を法廷で流すだけでなく、途中からは当時の状況を映像で観客に見せる。それはすさまじいケンカだ。夫もサンドラも自我を爆発させる。冷酷なサンドラの一面も見えてくる。その顛末をあっけに取られて見入ってしまった。

そうした中で、浮かび上がってくるのは数々の意外な事実。実は幸せに見えたサンドラと夫の夫婦仲はかなり悪かったこと。その背景にはダニエルの事故(目が不自由になった)や、サンドラの不倫があること。さらにサンドラの小説を巡ってもトラブルが起きていたことなどなど。

それらが明るみに出るたびに、ポーカーフェイスだったサンドラの表情が変化していく。序盤ではまったく見せなかった、彼女の複雑なキャラクターが露わになる。

この大ゲンカの録音を聞いたなら、サンドラの怪しさが倍加することだろう。彼女は、本当は殺人犯人なのか?

最後にある人物の証言が行われ裁判は終わりを迎える。そして判決が下る。

だが、その後もきっと何かあるに違いない。これだけ緊迫したドラマを構築したのだから、最後にもうひとネタあるはずだ。

と思ったのだが、そんなものはなかった。うーむ、何かモヤモヤする。いや、そもそも本作はそういうドラマなのかもしれない。緊迫のミステリーを通して、千々に乱れるサンドラやダニエル、周辺の人々の心理をあぶり出し、夫婦という関係性の危うさや親子の結びつきの強さ(息子の証言はどうも怪しい。彼は母親を失うことを恐れていたのではないか?)を描くことこそが、ジュスティーヌ・トリエ監督のやりたかったことではないのか。

まあ、夫婦だけじゃなくて、人間誰でもひと皮むけば、誰も知らない裏の顔が見えてくるわけで……。だから、誰かと一緒に暮らすなんて無理。私は1人で生きるのよ~! と自己の生き方を正当化する私なのであった(笑)。

主演のザンドラ・ヒュラーの演技がスゴイ。以前に観た「ありがとう、トニ・エルドマン」や「希望の灯」の演技も素晴らしかったが、今回も主人公サンドラの複雑なキャラクターを見事に表現していた。あの大げんかの迫力だけでも主演女優賞もの。ちなみに彼女はドイツ出身で、劇中のザンドラもドイツ出身。ロンドン暮らしの後、フランスに来たという設定で、英語と拙い(演技の)フランス語を巧みに駆使していた。

その他のキャストもなかなかの存在感。ヴァンサン弁護士役のスワン・アルロー、検事役のアントワーヌ・レナルツ(なかなか皮肉がきいた質問をする)、ダニエル役のミロ・マシャド・グラネールに加え、夫役の人も出番は少ないものの好演。ついでワンちゃんも演技賞もの。

素材そのものはけっして珍しいわけではなく、むしろ苔むした感じさえある本作。だが、それをこれだけ面白くして2時間32分まったく飽きさせないのだから、トリエ監督は立派なもの。第96回アカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の5部門にノミネートされたが、それも納得の映画だ。

◆「落下の解剖学」(ANATOMIE D'UNE CHUTE)
(2023年 フランス)(上映時間2時間32分)
監督:ジュスティーヌ・トリエ
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ、サミュエル・タイス、ジェニー・ベス、サーディア・ベンタイブ、カミーユ・ラザフォード、アン・ロトジェ、ソフィ・フィリエール
新宿ピカデリーBunkamuraル・シネマ渋谷宮下ほかにて公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/anatomy/

 


www.youtube.com

にほんブログ村に参加しています。よろしかったらクリックを。

にほんブログ村 映画ブログへ にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

はてなブログの映画グループに参加しています。こちらもよろしかったらクリックを。