映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「52ヘルツのクジラたち」

「52ヘルツのクジラたち」
2024年3月5日(火)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時40分より鑑賞(スクリーン2/E-9)

~原作の魅力を引き立てる熟練の演出とキャストたちの演技

先週はある本の校正仕事を頼まれ、さらにカーリングの日本ミックスダブルス選手権が開催中だったのでカーリング沼にズブズブとハマリ、映画館に行けずじまいだった。

というわけで、1週間と1日ぶりに映画館で観た映画は「52ヘルツのクジラたち」。2021年の本屋大賞を受賞した町田そのこの小説を成島出監督が映画化した。

あまり映画の原作本は読まない(特に観る前には)私だが、珍しくこの小説は読んでいた。何といっても、そのタイトルが秀逸な小説だ。他のクジラと鳴き声の周波数が違うため、誰にも声が届かない孤独なクジラを指すこのタイトル。それだけでいろいろな物語が湧きだしてくる。

主人公は、心に傷を抱えて、東京から海辺の街の一軒家に越してきた若い女性、貴瑚(杉咲花)。ある日、彼女は髪の長い一人の少年(桑名桃李)と出会う。彼は母親に虐待され「ムシ」と呼ばれていた。声の出ない少年を貴瑚は「52」と呼び、親身に世話をするようになる。少年との交流を通して、貴瑚は自身の過去を思い出す。かつて彼女は、母親から虐待され義父の介護を押しつけられていた。だが、アン(志尊淳)との出会いによって、それまでの生活を脱して、人生をやり直すきっかけを得たのだった……。

全体の構成は、貴瑚が52を守ろうとする現在進行形のドラマと、貴瑚の過去のドラマを行き来しながら描かれる。

現在進行形のドラマでは貴瑚が52と出会い、彼を守ろうとして彼の母親とぶつかり、それでも放っておけずに、東京から来た友人の美晴(小野花梨)とともに、52の知り合いらしい人物を探しに3人で出かける姿が描かれる。

そして、過去のドラマでは貴瑚が母親に虐待されて育ち、義父の介護をさせられ、衰弱する中で出会ったアンとの喜びに満ちた日々と失意が描かれる。

なにせ成島出監督と言えば、過去に「八日目の蝉」「銀河鉄道の父」などの原作モノの映画を数多く手がけている。それだけに、今回も原作の要素をバランスよく配している。内容はほぼ原作通りなのに窮屈な感じはない。逆に食い足りない感じもそれほどしない(脚本は「ロストケア」の龍居由佳里)。

貴瑚が52と出会った鮮烈なシーンをはじめ、印象的なシーンがいくつもある。映像も時にはアップを多用し、時には手持ちカメラを多用するといった変幻自在のテクニックで、それぞれの場面にふさわしい映像を作り出す。まさに熟練の演出だ。

現在進行形のドラマで、貴瑚が52を救おうとするのは、自身が虐待にあうなどして過酷な日々を送った経験があるからだろう。52ヘルツのクジラの鳴き声は誰にも聞こえない。それと同様に貴瑚が発したのも声なきSOSだ。それに気づいて自分を救ってくれたアン。貴瑚は、自身がアンに救われたように今度は52を救ってあげたいと思ったに違いない。

一方、過去のドラマでは、言うまでもなくアンが大きな存在として描かれる。自分を救ってくれたアンに貴瑚は好意を持つが、アンは彼女に寄り添いつつ一定の距離を保って接する。そのため貴瑚は仕事の上司で社長の御曹司・新名(宮沢氷魚)とつきあうようになる。だが、その先には思わぬ運命が待ち受けていた。

実はアンは現在進行形のドラマで、貴瑚の前に幻となって現われる。そこですでに彼が死んでいることがわかる。それが貴瑚の心の傷にもなっている。いったい過去になにが起きたのか。ドラマはその謎を探るミステリータッチで進んでいく。

こうした現在進行形のドラマと過去のドラマを通して提示されるのは、「家族とは何か?」「親子とは何か」といった重いテーマである。さらに、児童虐待、ヤングケアラー、LGBTなどの社会問題にも切り込む。

とはいえ、それを深刻になり過ぎずに、エンターティメントドラマの中で展開しているのが本作の特徴だ。貴瑚と52の交流、貴瑚とアンに起きた過去の出来事を通して、静かな感動を呼び起こすとともに、真面目なテーマにも真摯に向き合っている(あくまでもエンタメドラマの枠内なので、それほど深掘りしているわけではないが……)。

それにしても映像の力は大きい。原作を読んでいて、ややリアリティーに欠けると感じたところもあったのだが、それを実際に映像で見せられると納得してしまう。貴瑚の家のバルコニー(?)から見晴らす美しい海の景色なども、それに大きく貢献している。

そうした中でも、映画ならではの醍醐味といえば、何といってもクライマックスのクジラの出現(CG?)だろう。それは貴瑚と52にとっての奇跡の瞬間だ。ほんの一瞬とはいえ、その臨場感に心を奪われた。このシーンだけでも映画化の意味はあったと思う。

貴瑚を演じた杉咲花は、場面ごとにその表情が変わる。苦境にあっていた時と喜びに満ちていた時とは、まるで別人のようだ。それだけ貴瑚になりきった演技だった。「市子」に続いて今回もまた見事な演技。今、不幸な女を演じさせたら日本一ではあるまいか(笑)。そう言えば「市子」でもヤングケアラーだったなぁ。まあ、とにかく、杉咲花出演の映画には今後も要注目だ。

他のキャストの演技も見逃せない。アン役の志尊淳、新名役の宮沢氷魚、貴瑚の親友・美晴役の小野花梨、52の母親役の西野七瀬などがいずれも素晴らしい演技を披露。少年52を演じた桑名桃李はセリフがほとんどないにも関わらず存在感ある演技だった。そんな中、倍賞美津子の無駄遣いは何だ?と疑問に思ったのだが、何のことはない最後にちゃ~んと見せ場を用意していました(笑)。

そうしたキャストも含めて、原作を読んで話の流れを知っていた私にとっても見応えある映画だった。何のために映画化したのかわからない作品も多い中で、原作の魅力を充分に引き立てる良作だった。

◆「52ヘルツのクジラたち」
(2024年 日本)(上映時間2時間15分)
監督:成島出
出演:杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚小野花梨、桑名桃李、金子大地、西野七瀬真飛聖池谷のぶえ余貴美子倍賞美津子
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/52hz-movie/

 


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