映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「パスト ライブス/再会」

「パスト ライブス/再会」
2024年4月6日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後3時30分より鑑賞(スクリーン9/E-10)

~幼なじみの2人の24年目の再会。繊細な感情描写で切なさ最高潮

 

激しいだけが恋じゃない。恋愛には様々な形があるのだ。ハリウッドのロマンス映画といえば、情熱的だったり、とびっきりおしゃれだったりする印象があるが、それとはだいぶ違う恋愛映画が公開されてヒットした。今年のアカデミー賞で作品賞と脚本賞にノミネートされた「パスト ライブス/再会」である。

映画の冒頭、3人の男女がバーで会話をしている。ノラとその夫アーサー、そしてヘソン。ノラとヘソンは韓国人。アーサーはアメリカ人だ。3人の過去に何があって、どうしてここにいるのか。それがその後に描かれる。

韓国・ソウル。12歳のナヨンとヘソンはとても仲がいい。2人はともに成績優秀だ。ナヨンは無邪気に、「将来はヘソンと結婚する」などと言っている。とはいえ、それは幼い頃のありふれた関係のように思えた。

まもなく、ナヨンの両親がカナダに移住することになり、2人は離れ離れになる。その時のシーンが印象的だ。学校からの帰り道。今まで黙っていたヘソンが「サヨナラ」とだけ言って、分かれ道の片方に去っていく。ナヨンはもう一方の道へ去っていく。その後のドラマに続く余韻の残るシーンだ。

そして、話は12年後に飛ぶ。ナヨン(グレタ・リー)はニューヨークに移り、ノラと名を変えて作家を目指していた。一方のヘソン(ユ・テオ)は韓国で兵役につき、その後大学に進学していた。ヘソンはナヨンをネット上で探す。それを知ったナヨンはヘソンにメッセージを送る。それをきっかけに、2人はオンライン上で会話するようになる。

まるで12年の時がなかったかのように、2人はすぐに打ち解けて親密になる。2人ともお互いの関係が特別なものだと、心のどこかで悟っていたのだろう。だが、それでも乗り越えられないものがある。ニューヨークとソウルの距離だ。

ナヨンはヘソンがニューヨークに来てくれたらと願うが、ヘソンは上海への留学が決まっていてそれは難しかった。ナヨンとて作家への道が開かれつつある中で、ソウルに飛ぶことは難しい。2人はやがて疎遠になる。

それから12年後。つまり、12歳で出会った2人にとって24年後。ヘソンがニューヨークにやってくることになる。だが、ナヨンにはすでに作家の夫アーサー(ジョン・マガロ)がいた。2人は会うことにするが……。

下手なメロドラマならドロドロの三角関係になりそうな話だが、そうはならない。このドラマ全体に言えることだが、ごく抑制的なタッチで描かれている。そして何よりも繊細な描写が目に付く。セリフはもちろんだが、それ以外でもナヨンとヘソンの複雑な感情を実に鮮やかに切り取る。

カメラワークも巧みだ。切り返しの映像はほとんど使わない。例えば2人が会話するときに、片方の人物にカメラを据えて、その感情の揺れ動きをしっかりととらえる。大胆なそのカメラワークが、2人の微妙な距離感まで映し出す。愛する喜び、苦しさ、そして葛藤。

東洋的な情緒が漂うのも本作の特徴だ。ナヨンは「イニョン」の話をよくする。それは日本語では「縁」。「袖振り合うも多生の縁」ではないが、道で人と袖を触れあうようなちょっとしたことでも、前世からの因縁によるものだという。もちろん西洋にもこうした考えはあるのかもしれないが、「イニョン」「縁」「前世」「来世」という言葉に東洋的な響きを感じずにはいられない。

ナヨンとヘソンはまさしく「イニョン」の関係だ。特別な人。言葉を変えて言えば「運命の人」なわけだ。お互いにそれを薄々感じてはいたが、ニューヨークでいろいろなところをめぐるうちに、はっきりとそれを自覚したのだろう。生き生きとした2人の姿からそれがわかる。そして「もしもあの時違った選択をしていたら」とつい考えてしまう。

ここで冒頭の場面が再び登場する。バーでヘソンとナヨンは韓国語で親しく会話をする。その時には、英語しか介さないナヨンの夫アーサーは置いてけぼりだ。だから、ナヨンが通訳して意味を伝える。それでもヘソンとナヨンの関係に、特別なものを感じ取ったアーサーは不安だ。

その後、ナヨンは帰国するヘソンを見送る。たとえ「運命の人」だとわかっていても、どうしようもないこともあるのだ。そこで無言で黙々と歩く2人をカメラがとらえる。別れ際、無言のまま抱き合う2人。もしも来世で出会ったなら……。

ヘソンが去った後、同じ道を帰るナヨン。そして彼女の涙。一方、タクシーからニューヨークの街を見つめるヘソン。2人はこれからも、お互いの存在を感じつつ、別々の人生を生きていくのだろう。

「大人のラブストーリー」という宣伝文句で語られている本作だが、そんな言葉が陳腐に感じられるほど深く、じんわりと胸にしみるドラマだった。中盤以降、切なさがどんどん募って、ラストシーンは胸が痛いほどだった。

肉体関係もなく、ずっと離れていた2人がこれほど惹かれ合うのを、不自然に感じる人もいるかもしれない。しかし、これが長編初監督作品のセリーヌ・ソン監督は、そんな2人の関係を不自然さを微塵も感じさせずに描き出している。聞けば自身の経験をもとにこのドラマを描いたという。物語の背景となるソウルとニューヨークの街並みもリアルに映し出されていた。

これと全く同じとは言わないまでも、似たような経験をした人も多いはず。かくいう私も……。というわけで、ますます切なくなってしまった。

ナヨン役のグレタ・リー、ヘソン役のユ・テオはともに素晴らしい演技。セリフとは違う感情を表現する演技は難しいはずだが、2人ともそれを軽々とやってのけている。グレタ・リーは韓国系移民2世で、アメリカで俳優をしているとのこと。ユはドイツ生まれで現在は韓国で俳優をしているとのこと。よくぞこの2人を起用したものだ。アーサー役のジョン・マガロも、妻を取られるのではないかと不安そうな(だからと言って暴力に訴えたりしない)演技が絶品だった。

アカデミー賞はじめいろいろな賞レースをにぎわせたのも納得の作品。製作はまたしてもA24(韓国との合作)。さすが目の付け所が違うよなぁ。過去に私が観た恋愛映画の中でも上位にランクされる作品。何回も観たくなる素晴らしい映画だった。

◆「パスト ライブス/再会」(PAST LIVES)
(2023年 アメリカ・韓国)(上映時間1時間46分)
監督:セリーヌ・ソン
出演:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ、ムン・スンア、イム・スンミン、ユン・ジヘ、チェ・ウォニョン
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/pastlives/

 


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