映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ベイビー・ブローカー」

「ベイビー・ブローカー」
2022年6月30日(木)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時35分より鑑賞(スクリーン9/D-11)

~是枝監督が豪華キャストで「家族とは何か?」を問うた韓国映画

個人的なことだが、6月27日の夜に父が亡くなった。ここ数か月はほぼ寝たきりだったから、仕方ないとは思うものの、もう少し長生きしてくれても良かったのに、という思いもある。いずれにしても感謝しかない。

となると、色々やらねばならないことが出てきて大変なのだが、それでも映画館に足は向かう。喪中に不謹慎かもしれないが、そういう性分だから仕方ない。鑑賞したのは「ベイビー・ブローカー」だ。

「ベイビー・ブローカー」は韓国映画。スタッフもほぼ韓国。キャストも韓国。ただし、監督は日本の是枝裕和監督だ。是枝監督の親子や家族を扱った過去作「そして父になる」「海街diary」「万引き家族」あたりと連なるテーマを持つ作品である。

第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され、主演のソン・ガンホが韓国人俳優として初となる男優賞を受賞。また、人間の内面を豊かに描いた作品に贈られるエキュメニカル審査員賞も受賞した。

冒頭は夜の雨の路地裏に女が現れるシーン。いかにも韓国映画らしいルックで幕を開ける。ソヨン(イ・ジウン)というその女は、「赤ちゃんポスト(ベイビー・ボックス)」に赤ん坊を預けに来たのだ。その直後、2人の男が赤ん坊を連れだす。古いクリーニング店を営むサンヒョン(ソン・ガンホ)と、「赤ちゃんポスト」を運営する施設で働く若い男ドンス(カン・ドンウォン)。彼らは赤ん坊をこっそり連れ出しては、新しい親を見つけて謝礼を受け取る裏稼業「ベイビー・ブローカー」をしていた。

しかし、翌日、思い直して戻ってきたソヨンが現れる。サンヒョンとドンスは仕方なく赤ん坊を連れ出したことを白状し、「赤ちゃんを育ててくれる家族を見つけようとしていた」と言い訳をする。ソヨンは自分も同行させろと言い、サンヒョンとドンスは思いがけず赤ん坊の母親と一緒に養父母探しの旅に出るハメになる。

一方、サンヒョンとドンスを検挙するため尾行を続けていた刑事のスジンペ・ドゥナ)とイ(イ・ジュヨン)は、現行犯逮捕をもくろみ彼らの後を追う。

というわけで、赤ん坊を捨てた母親とベイビー・ブローカーの2人の男、そして2人の刑事によるロード・ムービーである。

サンヒョンとドンスは金目当てでベイビー・ブローカーをしている。特にサンヒョンは借金まみれでヤバい状況。早々に赤ん坊を売り渡したいと思っている。だが、赤ん坊の実母ソヨンが加わったことで、彼の計画は狂いだす。

ドンスは自らも親に捨てられ養護施設で育った。だから、ベイビー・ブローカーの稼業には複雑な思いもある。旅の途中で施設を訪問したドンスは、子供たちの厳しい状況を再確認する。

そしてソヨンは赤ん坊を捨てたものの、どこかで母親としての思いを断ち切れずにいた。

この3人に、途中から思わぬ形で加わった1人の少年、そして赤ん坊の5人は、まるで疑似家族のように振る舞いながら旅を続ける。赤ん坊の売り渡し先はなかなか決まらない。そんな中で、さまざまな会話を重ね、感情が交錯するうちに、その思いは1つの方向に向かっていく。

そんな彼らを追うスジン刑事は、法律すれすれのおとり捜査を敢行するなど必死で彼らを犯罪者にしようとするが、やがて彼らと同じ思いにとらわれるようになる。

是枝監督の心理描写の巧みさは本作でも十分に発揮されている。主要な登場人物が背負った過去と現在がスクリーンに刻み付けられ、それぞれの心理変化が余すところ伝わってくる。例えば、愚直にベイビー・ブローカーを捕まえようとするスジン刑事にも、その行動の裏付けとなる過去があることがちゃんと見えてくるのだ。

ユーモアも全編に散りばめられている。赤ん坊の眉毛のエピソード、ヤラセの夫婦にスジン刑事が「演技指導」するシーンなど、笑える場面が満載だ。サンヒョンのオンボロ車にも笑わせられた。

そして名シーンもある。特に明かりを消したホテルで、ソヨンが一人ひとりに言葉をかけるシーンは胸にグッとくる。観覧車の中のソヨンとドンスのシーンなども素敵だ。

本作にはサスペンスの要素もある。殺人事件をめぐるあれこれだ。まあ、こちらは早くから犯人がわかってしまうのが難点だが、あくまでも主眼となるのは家族をめぐるドラマだから、さほど気にする必要はない。

本作から浮かび上がってくるのは、「本当の家族とは何か?」というテーマである。「万引き家族」に登場した疑似家族は、サンヒョンたち疑似家族とも重なる部分がある。また、親から捨てられた子供たちの存在を通して、「自分は生まれてきて良かったのか?」というテーマにも言及する。これは、「海街diary」でも描かれたテーマである。

その答えは、もちろん観客一人ひとりに委ねられるが、ラストは明るい未来を示唆して終わる。旅を通して変わった彼らの現在地がどこなのか。彼らの思いの到達点がどこにあるのかを明確に提示する。過去の是枝作品とはやや趣の違うエンディングで、観終わって清々しい気持ちになった。

赤ちゃんポスト自体は日本にもあるが、養子を裏取引(つまり人身売買)するというのは日本ではあまりピンとこない話。韓国を舞台にしたのはそのせいかもしれないが、何よりも韓国の素晴らしい俳優陣の演技が見られるのも本作の大きな魅力だ。相変わらず良い味を出しているソン・ガンホをはじめ、カン・ドンウォンペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨンらすべてのキャストが輝いている。特に「空気人形」以来の是枝作品となるペ・ドゥナが素晴らしい!

今回も期待にたがわぬ作品だった。韓国映画ではあるが、是枝監督らしい作品でもある。今年を代表する作品の1本であることは間違いない。

◆「ベイビー・ブローカー」(BROKER)
(2022年 韓国)(上映時間2時間10分)
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:ソン・ガンホカン・ドンウォンペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/babybroker/


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