映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「あしたの少女」

「あしたの少女」
2023年8月25日(金)シネマート新宿にて。午後12時15分より鑑賞(スクリーン1/D-14)

~実習生という名のもとに若者を食い物にする社会を告発する

何やら青春のキラキラ感にあふれたタイトルの「あしたの少女」という映画。このタイトルは、我がミューズ、ペ・ドゥナとキム・セロンが共演したチョン・ジュリ監督の前作「私の少女」を意識してつけたものではないだろうか。

というわけで、「あしたの少女」はチョン・ジュリ監督8年ぶりの新作。今回もペ・ドゥナが出演している。

主人公の高校生、ソヒ(キム・シウン)がダンスの練習をしているシーンから映画は始まる。彼女はダンス好きな、ごく普通の高校生なのだ。しかも自分をしっかりと持ち、嫌なことにははっきりと「NO!」と言う。それが次の焼き肉屋のシーンでわかる。

ソヒは、学校で担任教師から大手通信会社の下請けのコールセンターを紹介され、実習生として働き始める。韓国では、現役の高校生が企業に実習に行くのは普通のことで、それが就職にも結びつくらしい。だから、教師はどんどん生徒を送り出し、簡単に辞めるなと言い含める。

希望に燃えて実習先へ向かうソヒ。だが、そこは過酷な職場。コールセンターと言えば、顧客対応で大変な職場と察しが付くが、それだけではない。顧客からの解約の申し出をあの手この手で引き伸ばし、結局解約を諦めさせるばかりか、他の契約も結ばせることを使命とする部署だったのだ。それにはノルマがあり、他のコールセンターと厳しい競争をさせられる。

とんでもないところに来たと思ったソヒだが、学校の手前もあり簡単に辞めるわけにもいかない。そんな中、センター長の男性が熱心に彼女を指導してくれる。彼もノルマのプレッシャーにさらされているため、時には声を荒げることもあるが、できるだけ寄り添ってくれる。

ところが、ある日、突然そのセンター長が自殺する。彼は会社を非難する遺書を残していた。だが、会社はその事実を隠蔽しようとして、社員に覚書を書かせる。それにサインすれば特別ボーナスを支給するという。

ソヒは覚書にサインすることをためらう。会社はサインを強要する。おまけに彼女には不満なことがあった。会社は契約書で保証されているはずの成果給も支払おうとしないのだ。「実習生だからすぐに辞めるかもしれない。だから2か月後に払う」というのがその言い分だ。会社はあの手この手で支給を渋る。

ソヒは疲弊していく。一時はトップに立っていた成績も急下降する。新たに赴任したセンター長は、厳しく彼女を叱責する。それに対して、ソヒは珍しく反抗する。それによって懲戒処分を受けてしまう。そして、彼女は真冬の貯水池で遺体となって発見される。

というのが前半の展開だ。後半になって、満を持してペ・ドゥナ演じる影のある刑事ユジンが登場する。その雰囲気は、「ベイビー・ブローカー」の刑事とちょっと似ている。彼女はもともとは事務職だったが、何かがあって現場に出されたらしい。

しかし、まあ、前半でほぼ事実関係は明らかになっているのに、何をいったい探るのか。と思ったら、これがなかなか効果的なのだ。もちろん新しい事実も明るみに出るが、それ以上に彼女が捜査をすることでデタラメな会社や学校、役所などの実態が「これでもか!」と観客の眼前に再び突きつけられるのだ。いわば観客は、ユジン目線でソヒの過酷な現実を追体験するのである。

ソヒが実習をしていたコールセンターは、ほぼ全員が社員ではなく実習生だという。会社は利益のために学生を食い物にしていたのだ。同じく学校も就労率アップのため、とにかく生徒を送り込む。実習先の労働環境をチェックすることもしないで。

捜査を進めるうちにユジンの苦悩は深くなる。警察署幹部は自殺で終わりなのだから、これ以上捜査をするなと言う。だが、それに逆らって彼女は捜査を続ける。実はユジンはダンススクールで、ほんの少しだけソヒと接点があった。それに加えて、ユジンはソヒに自分と似た何かを感じていたのではないか。だから、どうしても真相を知りたかったように思える。

単純なエンタメ映画なら、ユジンがすべてを明らかにし、事態が改善してメデタシメデタシとなるわけだが、本作はそういう映画ではない。ユジンが学校に乗り込み、彼らのあまりにもお粗末な態度に怒り教頭をぶん殴るシーンでは、わずかにカタルシスが味わえる。

だが、その後の展開は苦いものが残る。ユジンは学校を指示監督するお役所に乗り込む。そこで、おかしなことを平気でやっている役人を非難するのだが、彼らは「上が決めたことに従っているだけだ」と言う。この深刻な事態は、国家レベルのシステムの問題にまで至るわけだ。

ラストシーン。ようやく見つけたソヒのスマホに残された映像を見たユジンの目に涙がにじむ。切ない。あまりにも切ないエンディングだ。

ペ・ドゥナに加え、オーディションで選ばれたソヒ役のキム・シウンが徐々に疲弊していく高校生を巧みに演じている。明るい笑顔が消えていく様が、痛々しくてたまらない。

この映画は、2017年に韓国で起きた実在の事件をモチーフに描いたとのこと。一人の高校生を死に追いやった理不尽でクソッたれなシステム。これは韓国の話だが、日本も他人事とは思えない。

邦題は明るい希望に満ちているようだが、実際は重たい問題提起をした衝撃の社会派ドラマだ。チョン・ジュリ監督の怒りの炎を直視せよ!

◆「あしたの少女」(NEXT SOHEE)
(2022年 韓国)(上映時間2時間18分)
監督・脚本:チョン・ジュリ
出演:ペ・ドゥナ、キム・シウン、チョン・フェリン、カン・ヒョンオ、パク・ウヨン、パク・ヒウン、キム・ヨンジュン、シム・ヒソプ、ユン・カイ
*シネマート新宿ほかにて公開中
ホームページ https://ashitanoshojo.com/

 


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