映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「春に散る」

「春に散る」
2023年8月28日(月)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時50分より鑑賞(スクリーン7/D-8)

~リアルなボクシングシーンの迫力で最後まで見せ切る

沢木耕太郎と言えば、「深夜特急」などでおなじみのノンフィクション作家。そして小説家でもある。小説「春に散る」も彼の作品。それを「ヘヴンズストーリー」「菊とギロチン」「64-ロクヨン-」「ラーゲリより愛を込めて」「護られなかった者たちへ」など数々の秀作で知られる瀬々敬久監督が映画化した。脚本は瀬々監督と星航。

ボクシング映画だ。アメリカから40年ぶりに帰国した広岡仁一(佐藤浩市)は、世界チャンピオンを目指していた元ボクサー。アメリカで判定負けしたのをきっかけに引退して、ホテル業界で成功を収めていた。広岡は、不公平な判定負けを喫してボクシングを諦めかけていた若者・黒木翔吾(横浜流星)と偶然出会い、路上で拳を交わしあい黒木を倒す。やがて黒木は広岡に「自分を指導して欲しい」と懇願する。最初広岡は断るが、かつてのボクシング仲間に背中を押されて引き受けることにするのだが……。

原作は私も読んだが、文庫本にして上下2巻というかなりのボリューム。さすがにすべてを網羅することはできず、かなり大胆に割愛&アレンジしている。

とはいえ、おおよそのあらすじは原作通りだ。それ自体はとりたてて驚くような話ではない。この手の話の王道ともいえる話である。

それでもこの映画は面白い。ボクシング映画は、試合の場面をいかにリアルに見せるかが鍵だ。その点、この映画に登場する試合のシーンはどれもリアルさに満ちている。「ケイコ 目を澄ませて」など、日本の数々のボクシング映画で指導を担当している松浦慎一郎が、この映画でも抜かりなくボクシングシーンを指導しているから、ウソ臭さはみじんも感じられない。カメラワークも素晴らしく、迫力満点の映像を生み出している。

ドラマ的には、広岡と黒木の関係が中心的に描かれる。どちらも不当な判定負けを喫した過去を持ち、黒木は広岡と出会い再び勝負の炎を燃やし始める。広岡はそれを受け止め、自分の果たせなかった夢を黒木に託す。2人は世界を目指し、絆を深めていく。そこにあたかも疑似親子のような関係が生まれる。

その一方で、原作では広岡とともに黒木にボクシングを教えたかつての仲間、佐瀬(片岡鶴太郎)と藤原(哀川翔)の影はやや薄い。佐瀬は常に黒木のそばにいるからまだいいが、藤原に至っては黒木とは別のジムのトレーナーに収まってしまう。勢い黒木との直接の絡みはあまりない。まあ、これは約2時間という映画の尺から考えて、広岡と黒木の関係に焦点を絞った方がいいと考えてのことだろう。だとすれば致し方のないところかもしれない。

本筋以外のサブストーリーもいろいろ考えられている。佐瀬と藤原の過去と現在の境遇、広岡家の内部事情、黒木の生い立ちと母親への愛情などなどだ。

広岡家の内部事情については、黒木と恋仲になる佳菜子という女性について、原作では不動産店の社員という設定だったが、映画では広岡の姪という設定にして広岡と家族との関係をあぶり出す。彼は家族と疎遠で、これまでほとんど交流がなかった。それが佳菜子の存在を通して少しずつ変化する。

また、黒木の生い立ちについては、父親が有名ジムの会長という原作の設定を外して、彼と母親との関係に焦点を絞る。黒木と母親は微妙な関係にあるが、彼がボクシングを始めた理由は母親にあり、親子には切っても切れない絆がある。

というように、いかにも瀬々監督らしい人間ドラマを構成しているのだが、残念ながらこの尺の中では十分に展開しきれていない。それこそどれをとっても、それだけで1本の映画になってしまうようなネタだから、消化不良の感じはどうしても残る。

ただし、前述したようにボクシング映画としての魅力はタップリ。特にクライマックスのタイトル戦の壮絶な打ち合いは破格の迫力だ。黒木役の横浜流星に加え、対戦相手の窪田正孝も体を鍛えに鍛え、本物のボクサー顔負けの試合を展開する。

ちなみに横浜は空手をやっていたそうで、この映画をきっかけにプロボクサーのライセンスも取得している。それはリアルなはずだよなぁ~。

広岡の最期の描き方もさりげなく、余韻の残る描き方で好感が持てた。もちろん、彼を演じる佐藤浩市の素晴らしい演技なしに、この映画は成立しなかっただろう。納得のキャスティングである。久々にスクリーンで観た山口智子の存在感も高評価。

原作と違うところが多々あるので、原作のファンは戸惑うかもしれない。だが、濃密なボクシング映画として見応えは十分だ。色々と取っ散らかりそうな話を、ボクシングシーンの迫力を求心力にして最後まで見せ切る力技は、瀬々監督ならではのものだろう。2時間13分があっという間だった。

ところで、この映画ではクライマックスの世界タイトル戦のシーンなどで、大量のボランティアエキストラを募集していた。私も応募しようと思いワクワクしていたのだが、残念なことに帯状疱疹を発症してしまい応募できなかった。ひょっとしたら、どこかにちょっぴり映ってたかもしれないのに。何だか悔しい~~~~!

◆「春に散る」
(2023年 日本)(上映時間2時間13分)
監督:瀬々敬久
出演:佐藤浩市横浜流星、橋本環奈、坂東龍汰、松浦慎一郎、尚玄、奥野瑛太、坂井真紀、小澤征悦片岡鶴太郎哀川翔、藤原次郎、窪田正孝山口智子
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/harunichiru/

 


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