映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「騙し絵の牙」

「騙し絵の牙」
2021年3月28日(日)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時45分より鑑賞(スクリーン9/D-9)

~ひたすら楽しくてスカッとする一級品のエンタメ映画

何やら怪しげなタイトルではないか。「騙し絵の牙」。「桐島、部活やめるってよ」「紙の月」の吉田大八監督の新作だ。原作は「罪の声」で知られる塩田武士の小説。主人公を大泉洋であて書きしたということで、その通りに大泉洋主演で映画化した。

ドラマは大手出版社「薫風社」で創業一族の社長が急逝するところから始まる。さっそく改革派の東松専務(佐藤浩市)と文芸誌重視の宮藤常務(佐野史郎)による権力争いが勃発する(たかが出版社の権力争いが、世間で大騒ぎになるところは違和感ありありだが)。

そんな中、途中入社してカルチャー雑誌「トリニティ」編集長の座に就いた速水輝(大泉洋)は、いきなり廃刊のピンチに陥る。雑誌を存続させるために、薫風社の看板雑誌「小説薫風」から左遷された編集者・高野恵(松岡茉優)とともに新人作家を大抜擢するなど、次々と目玉企画を打ち出していくのだが……。

あれ? このドラマ、松岡茉優が主人公なのではあるまいか。文芸雑誌の編集部員の彼女が、会社の権力争いに巻き込まれて、カルチャー雑誌の編集担当となり風変わりな編集長に翻弄されるものの、最後は自立への道を歩み出す。そっちの方が、ドラマ的にはしっくりくる気がするなぁ。

とはいえ、誰が主人公でも面白いのは面白い。さすがに吉田監督、原作モノの映画化はお手のものである。序盤は出版社内の権力争いで見せる。佐藤浩市扮する専務と佐野四郎扮する常務のバトルに、大作家の國村隼、文芸評論家の小林聡美らが絡んで笑いを誘う。國村隼がいきなりシャンソンを歌い出すところなんて、訳がわからんけれども笑うしかない。

その後は、「トリニティ」誌を売らんがために、速水が次々に仕掛けを繰り出していく。敵対する大作家を漫画の原作者に起用して懐柔し、無名の新人作家を売り出し、文才のあるモデルをたきつける。スキャンダルも餌にして、とにかく話題のネタを作る。高野も世間から消えた作家の行方を追う。

登場するエピソードはありがちだが、絶妙のテンポと先読みできない脚本で巧みに観客を引き付ける。大泉洋の得体の知れなさは確かに魅力的である。飄々として人を騙し、雑誌を売るためにはあらゆることをする。真面目なのかふざけているのか、まったく見当がつかない人物だ。

このドラマでは、何度も騙し騙されの壮絶バトルが展開する。特に終盤の騙し合いは見応えがある。もちろんその主役は速水である。彼は「トリニティ」誌を成功させ、東松専務の野望の実現に一役買う。と思いきや実は……。まあ、強引といえば強引だが、まんまと騙されてしまうから困ったものだ。

そして意外だったのが、本作には出版界のあれこれがリアルに描かれていること。雑誌の休刊、町の本屋の閉店、そうした状況をベースにしつつ、近未来の施策として大規模な仕掛けも提示する。特に速水が仕掛けるアマゾンとの提携は、十二分にあり得ることだろう。紙媒体がなくなっても、デジタルが残ればいいではないかというのは、一見納得しそうな話である。

だが、町の書店の娘である編集者・高野は、それに納得しない。彼女が最後に下した結論は、速水の方向性とは真逆のものである。そして、最近の出版事情を考えれば、これまた絵空事とは思えない。これまた十二分にあり得ることなのだ。

でも、まあ、そんな難しいことは抜きにしても、文句なしに面白い映画です。吉田大八監督の作品の中でも、エンタメ性に欠けてはピカイチと呼べるでしょう。深みがあるわけではないけれど、ひたすら楽しくてスカッとする作品です。

大泉洋以外のキャストもハマリ役。私的には主演の松岡茉優をはじめ、新人作家役の宮沢氷魚や、モデル役の池田エライザ、謎の作家役のリリー・フランキー、松岡の父役の塚本晋也などどれも存在感十分。

 

f:id:cinemaking:20210330214953j:plain

◆「騙し絵の牙」
(2020年 日本)(上映時間1時間53分)
監督:吉田大八
出演:大泉洋松岡茉優宮沢氷魚池田エライザ斎藤工中村倫也坪倉由幸和田聰宏石橋けい、森優作、後藤剛範、中野英樹赤間麻里子、山本學佐野史郎リリー・フランキー塚本晋也國村隼木村佳乃小林聡美佐藤浩市
新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ https://movies.shochiku.co.jp/damashienokiba/