映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「辰巳」

「辰巳」
2024年5月1日(水)ユーロスペースにて。午後2時55分より鑑賞(ユーロスペース1/C-5)

~裏社会に生きる孤独な男と無鉄砲な少女によるバイオレンスな復讐劇

 


自分と全く関係のない世界を体感できるのも映画の魅力の1つ。暴力にまみれた裏の世界など現実の私には全く関係がないが、映画ならその世界に入り込むことができる。

2016年公開の長編デビュー作「ケンとカズ」で注目を集めた小路紘史監督が自主制作で完成させた長編第2作「辰巳」もそういう映画だ。

主人公は裏稼業で生計を立てる孤独な男・辰巳(遠藤雄弥)。冒頭は彼が弟を殴るシーン。彼の弟は麻薬に手を出し、自らも売人をやっているらしい。結局、弟は麻薬がやめられずに死んでしまう。このことが、その後の彼の行動に大きな影響をもたらす。

辰巳は暴力組織の遺体処理係をしていた。組織で殺しがあれば、殺害された遺体を身元が割れないように処理する役回りだ。ある時、辰巳は同じく裏稼業をしている知人に呼ばれて、自動車修理工場に出かける。そこは辰巳の元恋人の京子(亀田七海)の夫が経営する工場で、そこで働く京子の妹葵(森田想)が義兄が扱う麻薬をくすねていたらしい。辰巳はその尻拭いを依頼されたのだ。

一方、組織内では麻薬の横流しが発覚して、その犯人探しが過激化していた。そんな中で、凶暴な竜二(倉本朋幸)が京子の夫を殺害し、さらに暴走して京子も殺害してしまう。その現場を目撃した葵も命を狙われるが、辰巳が救出して2人は逃走する。葵は最愛の姉を殺した犯人に復讐することを決意するが……。

本作の大きな特徴は、容赦のない暴力描写が連打されること。このドラマでは多くの血が流れ人が死ぬ。それを赤裸々に描き出す。よって映倫区分はR15。血が苦手という人は、鑑賞を控えたほうがいいかもしれない。

だが、それに耐えられる人は観るべき映画だと思う。本作は、裏社会に生きる孤独な男と、姉の復讐を狙う少女によるノワール映画。リュック・ベッソンの「レオン」を挙げるまでもなく、似たような話は数多ある。しかし、ストーリーはシンプルでも、色々と工夫してスリリングな映画に仕上げている。

中でも秀逸なのが葵のキャラ設定。この手のドラマでは、純真で可憐な少女をヒーローが守るというパターンも多いが、本作の葵は無鉄砲で気性が荒く、口も悪い。放っておけば、何をするかわからない少女なのだ。

そのため、なんとか事態を収拾しようとする辰巳を尻目に、葵は猪突猛進で復讐を狙う。だが、それは無計画でずさんな行為。だから、葵はどんどん袋小路に入り込み、危険な目にあってしまう。それでも、辰巳は葵を放っておくことができずに手助けする。

その背景には、冒頭で描かれたように麻薬で弟を死なせてしまったことがある。さらには、京子が目の前で死んでしまったことも影響している。彼女は刺された後もしばらく生存しており、辰巳や葵に運ばれたのちに死んだのである。

本作で描かれる暴力組織は、昔のやくざとは違い義理も人情もない。金だけがすべて。その源泉である麻薬を奪った相手は、仲間といえども容赦はしない。それを止める「親分」も存在しない。そのため暴力の連鎖は果てしがない。

それにしても、よくもまあこれだけワルそうな役者を集めたものだ。こんなのに街で出会ったら、絶対に目をそらせてよけて通る。もちろん、演技や演出のせいでそう見せているのだろうが、できれば会いたくない人たちばかりである。

というわけで、暴力描写が多い映画だが、だからこそ数少ない人間味あふれる場面が心に染みる。葵が辰巳に姉とのエピソードを語るシーン。姉の元彼を盗ったという葵に対して、辰巳が「お前は盗んでばかりだな」とからかう。そんなシーンにほっこりさせられる。

そして実は笑いもある。暴力と笑いが裏腹なのは、タランティーノの映画などを観ていればわかるが、この映画にも過剰な暴力が笑いに転化する場面がある。

おまけに、この映画は無国籍テーストだ。小路監督曰く「日本的なものを極力排除した」とのことだが、それが独特な世界観を形作っている。

終盤は、二度のクライマックスが訪れる。葵の復讐心が消えないと悟った辰巳は、自らの身を挺して彼女を守ろうとする。

そして、余韻の残るラストシーン。すべてが終わり岸壁で海を見つめる葵。やがて車に乗り、走り出す。その表情は何を物語るのだろうか。

辰巳を演じた遠藤雄弥は、「ONODA 一万夜を越えて」などで活躍しているが、狂気をはらみつつも、その底にある人間らしさを見せる見事な演技だった。今や死語かもしれないが「ニヒル」という表現がぴったり。

一方、葵を演じた森田想も「アイスと雨音」など多くの作品に出演しているが、その反抗心あらわな目の表情が印象的な演技。普段の時とのギャップが大きくて、それがとても魅力的だった。

すさまじい熱気と迫力に圧倒された。同時に、辰巳と葵の人間味あふれるドラマにも魅了された。この手のジャンル映画としては出色の作品だと思う。ただし、最初にも言ったように、全編血だらけなのでご用心を。

◆「辰巳」
(2023年 日本)(上映時間1時間48分)
監督・脚本:小路紘史
出演:遠藤雄弥、森田想、後藤剛範、佐藤五郎、倉本朋幸、松本亮、渡部龍平、龜田七海、足立智充、藤原季節
*ユーロスペースほかにて公開中
ホームページ https://tatsumi-movie-2024.com/

 


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