映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「プロミシング・ヤング・ウーマン」

「プロミシング・ヤング・ウーマン」
2021年8月12日(木)シネクイントにて。午前11時25分より鑑賞(スクリーン2/D-9)。

~復讐エンタメの快作に込められた痛烈なメッセージ

感染が怖い……。

と言ったものの、評判を聞いてどうしても観たくなった映画がある。「プロミシング・ヤング・ウーマン」。今年の第93回アカデミー賞で作品、監督、主演女優など5部門にノミネートされ、脚本賞を受賞した作品。元医大生のヒロインによる復讐劇だ。公開からだいぶ経ったが、我慢できずに映画館に足を運んだのである。

映画の冒頭、酒場でスーツに身を包んだ男たちが下世話な話をしている。ありがちな会話。だが、女性にはとても聞かせられない話だ。そこに泥酔した主人公のキャシー(キャリー・マリガン)が現れる。男たちは好色な目で彼女を見る。一人の男がキャシーに接近し、送ってやると告げる。その後、男の部屋に行った彼女は男から迫られる。そこでキャシーは豹変する……。

キャシーは元医大生だった。かつては「プロミシング・ヤング・ウーマン」、つまり未来が約束されていた彼女だったが、ある事件をきっかけに医大を中退し、今ではカフェの店員として働いていた。その一方で、夜ごとバーに繰り出し、泥酔したフリをして、欲望丸出しで近寄って来た男たちに容赦なく制裁を下していたのだ。

本作の面白さはまず脚本の妙にある。先の読めない展開。緊迫感あふれる場面の連続。それでいてどことなくブラックなユーモアも感じさせる。復讐サスペンスとして文句なしに面白い。実によくできた脚本である。

また、キャシーが働くカフェや自宅のカラフルなインテリア、ポップな衣装などのヴィジュアルも独特の世界観を作り出している。ちょっと見、オシャレなガーリームービーと錯覚しそうなほどだ。

エメラルド・フェネル監督は本作が長編映画監督デビュー。脚本も彼女の手になるオリジナル脚本。もともと俳優としてNetflixオリジナルシリーズ「ザ・クラウン」でチャールズ皇太子の妻カミラ夫人役を演じているほか、テレビシリーズ「キリング・イヴ Killing Eve」では製作総指揮や脚本を担当しているという。よほどの才人なのだろう。

キャシーは夜ごと男たちに制裁を加え、復讐を果たす。その原点は大学時代のある事件にあった。その事件の結果、彼女は親友のニーナを失っていた。

そんなある日、カフェに大学時代の同級生で小児科医となったライアン(ボー・バーナム)が偶然やって来る。キャシーとライアンは久々の再会を果たすのだが……。

突然のライアンの出現によってキャシーの復讐は、事件そのものの関係者へと向かう。ニーナの証言を無視した同級生。証拠不十分で事件をなかったことにした大学の担当者。この2人は女性だ。彼女のターゲットは男性だけではなく、無自覚に罪を犯した女性たちにも向けられるのだ。しかも狡猾な方法で。

平凡な人物の裏の顔と言えば、「必殺仕置人」あたりを思い浮かべるが、このドラマにもそれと同じ面白さがある。ふだんはカフェで同僚の女性と世間話をしたり、両親から早く自立しろ(プレゼントにスーツケースを贈られる)と言われたりしているキャシーだが、その裏の顔は強烈すぎるほど強烈だ。

しかも、そこにさらにまた別の顔も描き出される。かつてニーナを窮地に追い詰めた弁護士を訪ねたキャシーは、彼が罪の意識に苦しみ「許してくれ」と哀願するのを見て制裁をやめ、その場を立ち去る。ただの冷酷非情な制裁人というわけではなく、彼女の血の通った人間としての側面も描かれる。

ちなみに、キャシーによる復讐シーンは一切描かれない。寸前で寸止めして、そのものズバリの描写は避けている。また、大学時代の事件についても回想シーンなどは登場しない。生前のニーナが登場するシーンもない。凄惨なシーンを避けつつ観客の想像力に委ねている。このあたりも心憎い仕掛けである。

その後、ニーナの母親に「前に進んで」と言われたこともあって、キャシーは新たな道を踏み出す。ライアンとつきあうようになるのだ。この恋愛劇はキラキラするような輝きに満ちている。おどろおどろしい復讐劇との対比が何とも効果的である。

こうして鬼の制裁人をやめて、ライアンとの恋に生きるかに見えたキャシー。だが、そこに思いもよらぬものが現れる。例の事件の動画だ。

そこからドラマは急展開を見せる。制裁人キャシーの覚醒だ。キャシーはナース服に身を包んで、最後の復讐に乗り出すのだ。

その結末がどうなるかはもちろん伏せるが、予想もしない展開が待ち受けている。それは爽快感を味わいつつも、痛みに満ちた結末である。ある種、完璧な復讐劇の完成。もしかして、キャシーはすべてを見切っていたのか!? 「許す」心を抱えつつも、結局どうしても許せなかった彼女の心中。それに共感するとともに、やるせなさを感じずにはいられなかった。

キャリー・マリガンの怪演が光る。「17歳の肖像」「わたしを離さないで」などの過去作とは一変。強烈な復讐心の裏に惑いの心を潜ませた演技が出色だ。

娯楽作品でありながら、明確なメッセージ性を感じさせる作品だ。それはどうしようもない男たちと、それを結果的に見逃してしまっている女たちに対する強烈な鉄槌だ。キャシーが大学時代に体験した事件も、現在進行形で男たちが見せる態度も、唾棄すべきものではあるがけっして遠い絵空事ではない。だからこそ本作は、今の時代にこそ観るべき作品なのである。

 

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◆「プロミシング・ヤング・ウーマン」(PROMISING YOUNG WOMAN)
(2020年 イギリス・アメリカ)(上映時間1時間53分)
監督・脚本:エメラルド・フェネル
出演:キャリー・マリガン、ボー・バーナム、アリソン・ブリークランシー・ブラウン、ジェニファー・クーリッジ、ラヴァーン・コックス、コニー・ブリットン
*TOHOシネマズ日比谷、シネクイントほかにて公開中
ホームページ https://pyw-movie.com/

 


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