「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」
2023年1月13日(金)池袋HUMAXシネマズにて。午後1時5分より鑑賞(シネマ4/H-9)
~著名プロデューサーの性犯罪とその裏にある人間ドラマ
ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性犯罪を暴いたニューヨーク・タイムズの調査報道は、ピュリッツァー賞に輝いただけでなく、その後の#MeToo運動にもつながった。その調査報道の内幕を描いたのが、「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」である。
ニューヨーク・タイムズの記者ミーガン・トゥーイー(キャリー・マリガン)とジョディ・カンター(ゾーイ・カザン)は、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが、絶大な権力を利用して女優や自社の女性従業員に対して性的暴行を繰り返していたとの情報をつかみ、取材を開始する。その結果、数十年にわたり多くの女性たちが被害に遭っていたことを知るが、被害女性の口は重く、決定的な証言を得られずにいた。それでも2人は少しずつ事件の核心に迫っていく……。
「大統領の陰謀」「スポットライト 世紀のスクープ」「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」など、ハリウッドのこの手の実録モノは面白い作品が多い。本作もそうした実録ドラマの魅力をそのまま引き継いでいる。特に不穏な空気の作り方が巧みだ。
冒頭は、映画の撮影に遭遇するある女性の姿。その顔は満面の笑顔だ。だが、次の場面で彼女が泣きながら、街を疾走するシーンが映る。いったい何が起きたのか。
続いて、ドラマはドナルド・トランプらのセックススキャンダルを、ニューヨーク・タイムズが追及する様子が描かれる。だが、トランプはその追及の手を逃れ、大統領に当選してしまう。
この件がワインスタイン追及の伏線になっている。ニューヨーク・タイムズにとっては、リベンジを果たす絶好のチャンスなのだ。
そこで取材に着手したのが、ジョディ・カンターという女性記者だ。彼女はワインスタインの性的虐待の被害のひどさを知る。だが、肝心の被害者たちは、守秘義務付きの示談や報復への恐怖、大きな力を持つ相手への無力感、メディア不信、そして何よりもトラウマから、なかなか核心を証言しようとしない。
そこに投入されたのが、もう一人の記者ミーガン・トゥーイーだ。2人はタッグを組み、あの手この手で関係者に接触する。時には2人揃って、またある時には単独で。はたして、どうやって証言を引き出すのか。サスペンス映画のようなスリルとミステリアスさが堪能できる。例えば、ワインスタインの弁護士との劇中での会話などは、まさにゲームのようなスリルが味わえるのだ。
とはいえ本作はまだ新しい出来事で、事態もまだ決着を見ていない。ワインスタインは、ニューヨークで禁錮23年の刑を受けているが、ロンドンやロサンゼルスでも訴追され、裁判は続いている。
そのためかどうかは知らないが、本作は実録物の要素は必要最低限にとどめ、その代わりに人間ドラマを前面に押し出している。
それは2人の記者の人間ドラマだ。2人とも家族を持ち、仕事と家庭の両立に奮闘している。特にミーガンに関しては、子供の誕生を前に仕事を離れ、その後は精神的に不安定な日々を送っていた。だから、仕事に戻ることに躊躇はなかった。仕事なしに彼女は輝けなかったのである。
そして、何よりも本作の特徴となっているのは、被害者たちの心の傷を丁寧に描いていることである。彼女たちは大きなトラウマを抱え、証言を求める記者たちの前で心が激しく乱れる。証言すべきか、口をつぐむべきか。激しい葛藤の中で身もだえする。
ジョディとミーガンは、彼女たちの痛みに寄り添う。無理強いして証言させるようなことはしない。証言を拒否されても、それ以上深入りせずに連絡先を書いた名刺を置いてくる。もちろんその根底には、ワインスタインの蛮行に対する怒りがある。それだからこそ、被害者を追い詰めないのだ。
ニューヨーク・タイムズもそれをバックアップする。話してくれるかどうかわからない被害者に会うために、2人がカリフォルニアやイギリスまで飛ぶことを厭わない。まさに、これぞジャーナリズム。日本の新聞社も見習ったらどうかね、と思ってしまったのだ。
こうして2人は粘り強い取材を重ね、地道に証言や証拠を集めてゆく。そして、ついに核心に近づく。ワインスタイン側は抵抗を試みるが、それも決定的な証拠の前で虚しく終わる。
現在のニューヨーク・タイムズは電子版が中心だから、記事がアップされる瞬間は地味なのかと思ったら、そこでタメをつくってけっこう派手に盛り上げるあたり、なかなか心憎い演出だった。
ワインスタインの犯罪を暴いた本作だが、劇中ではそれだけでなく女性を守るための法の不備など社会システム自体の欠陥も、明確に指摘する。彼の犯罪を助長した社会もまた、厳しく断罪するのである。それもまた本作の特徴といえるだろう。
とはいえ、ワインスタインのやったことはかなりエグイ。かつて彼を捜査した際の録音テープが劇中で流されるのだが、言語道断というか、思わず息を飲んでしまう酷さだった。
2人の記者を演じたキャリー・マリガン(「プロミシング・ヤング・ウーマン」とは一変!)とゾーイ・カザンのコンビぶりが良い。「大統領の陰謀」のダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードを彷彿させる名コンビぶりだった。
2人の上司や被害者たちもそれぞれに好演している。ちなみに、当事者のうちグウィネス・パルトロウは名前しか出てこないが、アシュレイ・ジャッドは本人役で出演している。これもドラマに説得力を与えている。
さまざまな要素をバランスよく詰め込んだ脚本。派手さを排してリアルさを追求した演出。そして何よりも誠実で真摯な姿勢に打たれる一作だ。観応えは十分!
◆「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」(SHE SAID)
(2022年 アメリカ)(上映時間2時間9分)
監督:マリア・シュラーダー
出演:キャリー・マリガン、ゾーイ・カザン、パトリシア・クラークソン、アンドレ・ブラウアー、ジェニファー・イーリー、サマンサ・モートン、アシュレイ・ジャッド
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://shesaid-sononawoabake.jp/
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