映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「罪の声」

「罪の声」
2020年10月30日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後12時15分より鑑賞(スクリーン9/E-11)。

~巧みな脚色が光る、実在の未解決事件をモチーフにした社会派エンタメ

1984~1985年にかけて起きたグリコ・森永事件といえば、日本中を震撼させ、未解決のまま時効を迎えた事件。犯人グループは、誘拐、身代金要求、毒物混入などの犯罪を繰り返す一方で、警察やマスコミを挑発し続けた劇場型犯罪だ。その事件をモチーフにした映画が「罪の声」(2020年 日本)である。原作は塩田武士の同名小説。

時代は平成が終わろうとしている頃。新聞記者の阿久津英士(小栗旬)は、文化部記者ながら、35年前に起きた「ギンガ・萬堂事件」を取り上げた特別企画班に入れられ、事件の真相を追い始める。

一方、京都でテーラーを営む曽根俊也(星野源)は、父の遺品の中に古いカセットテープを発見し、そこに録音された自分の声がギンガ・萬堂事件で使われた脅迫テープの声と同じことに気づきショックを受ける。曽根は事件の真相を追い始める。

というわけで、前半は阿久津と曽根がそれぞれに様々な人々に会い、様々な証言を得て事件の謎を解き明かしていく姿を描く。

映画を観る前に原作を読むことはあまりないのだが、本作の原作に関してはすでに読了していた。その時に「これはぜひ映画化すべきだ」と思った。それほど面白い小説だったのだ。

とはいえ、原作はぎっしりと内容が詰まっている。時代を行き来し、舞台も日本だけでなくイギリスにまで飛ぶ。これをそのまま映画化したら4~5時間の長尺の映画になってしまうのではないだろうか。そう思ったものである。

ところが実際に映画化された本作を観て、感服するしかなかった。2時間22分という尺の中に、コンパクトかつ過不足なく原作のエッセンスを落とし込んでいる。まるで脚色のお手本のような作品だ。ちなみに脚本はテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」「アンナチュラル」などでも知られる野木亜紀子

主要な登場人物は原作そのままだし、エピソードの骨格もほぼそのままだ。事件の背景には株相場をめぐる動きや学生運動など、様々な要素が絡み合っている。それらもほとんど削ることなく描くのだが、散漫に感じることはなかった。

すでに原作を読んだにもかかわらず、つい引き込まれてしまう。前述した脚本の妙に加え、証言者たちを演じる役者たちが凄いのだ。堀内正美浅茅陽子佐藤蛾次郎佐川満男塩見三省正司照枝沼田爆などなど、日本の映画やテレビドラマで長年活躍してきた役者たちが、次々に出てくる。さすがに存在感十分。「おお!今度はこの人か」と目が離せなかった。

後半は、曽根と阿久津が出会い、今度は2人で一緒に事件の謎を追う姿が描かれる。そこでは、曽根の他にもう2人の事件に関与させられた子供に焦点が当てられ、その波乱の人生が描かれる。

本作は単に事件の真相を追うだけでなく、主要な人物たちの人間ドラマを描き出す作品だ。曽根は知らないうちに事件に関わってしまったことに罪悪感を抱き、苦悩する。一方、阿久津は社会部の事件記者としての仕事に疑問を抱き文化部へ異動したが、図らずも未解決事件を追うことになり戸惑う。そんな2人の間には、行動をともにするうちに友情らしきものも生まれる。

そして何よりも本作は、大人の思惑に翻弄され、利用された3人の子供たちを描いたドラマだ。終盤、阿久津はイギリスに飛び、事件のカギを握るある人物を探し当てる。その人物こそが、子供たちを利用した大人の1人である。阿久津は彼を糾弾する。だが、それは彼個人に向けられた怒りを超えて、社会全体への怒りにも感じられる。今もこの社会では、多くの子供たちが過酷な運命に遭っている。作り手たちは、それも視野に入れてこのシーンを描いたのではないか。

さらに遡れば、こうして糾弾される人物もまた、幼い頃に権力に翻弄されて、その怒りが事件を引き起こす原動力となった。その点で彼は加害者であるのと同時に、権力の被害者でもある。様々な大きな力に翻弄され、運命を狂わせられた人々を描いた点で、本作は見事な社会派映画となっている。

一方、本作はエンタメとしての魅力も失わない。終盤にはある母子の感動の再会で涙を誘う。さらに、その後には曽根の音声テープをめぐって、本作で最大の意外な事実が判明する。それによって、また新たな人物にまつわる人間ドラマも明かされる。

もちろん最後はエンタメらしく、希望の光を灯して終わる。すべてを知った曽根はリスタートを切る。阿久津も自分なりの記者の矜持を持つに至り再出発する。

本作の土井裕泰監督は、個人的には「いま、会いにゆきます」「涙そうそう」など感動ドラマのイメージが強かったのだが、元々TBSのドラマの演出家で、映画も「麒麟の翼 ~劇場版・新参者~」「映画 ビリギャル」など様々なタイプの作品を監督しているだけに、その職人芸的な演出がいかんなく発揮されていると言えそうだ。

また、すでに証言者役の役者たちには言及したが、それ以外も充実のキャスト。阿久津役の小栗旬、曽根役の星野源に加え、松重豊古舘寛治市川実日子火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子宇野祥平など、よくぞこれほどのキャストを揃えたもの。特にベテランたちの味のある演技が素晴らしい。

なんとも濃密すぎる2時間22分で、その長さをまったく感じなかった。すでに原作を読んでいても途中で飽きることはなかった。グリコ・森永事件を知らなくても楽しめるが、多少は予習しておくと、さらに面白さが増すかも……。

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◆「罪の声」
(2020年 日本)(上映時間2時間22分)
監督:土井裕泰
出演:小栗旬星野源松重豊古舘寛治市川実日子火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子宇野祥平篠原ゆき子原菜乃華阿部亮平、尾上寛之、川口覚阿部純子、水澤紳吾、堀内正美木場勝己橋本じゅん桜木健一浅茅陽子、高田聖子、佐藤蛾次郎佐川満男宮下順子塩見三省正司照枝沼田爆、岡本麗、若葉竜也須藤理彩
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://tsuminokoe.jp/