映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「殺さない彼と死なない彼女」

「殺さない彼と死なない彼女」
新宿バルト9にて。2019年11月29日(金)午後1時より鑑賞(シアター2/D-9)。

~高校生たちの風変わりな恋愛から見える人と人とのつながり

小林啓一監督の長編デビュー作「ももいろそらを」(2013年公開)は、大金を拾った女子高生と友人たちの騒動を全編モノクロ映像で描いた瑞々しい青春ドラマだった。続く「ぼんとリンちゃん」(2014年公開)は、腐女子の女子大生と幼なじみのアニオタ浪人生を主人公にした青春ドラマ。「逆光の頃」(2017年公開)は、男子高生と幼なじみの女の子による青春ドラマ。

というわけで過去の監督作はすべて青春映画だったわけだが、今回公開になった「殺さない彼と死なない彼女」(2019年 日本)もこれまた青春映画である。小林監督ったら、どんだけ青春映画が好きなのだ!? まあ、オレも青春映画好きではあるのだけれど。

原作は世紀末という人がTwitterに投稿した4コマ漫画とのこと。小林監督自身が脚本を書いてそれを映画化した。ジャンル分けすれば青春恋愛映画だが、いわゆる「キラキラ系」とは全く違う。

冒頭に映るのは高校の教室。どう見ても退屈そうな男子高生・小坂れい(間宮祥太朗)がいる。その時、教室のごみ箱に捨てられたハチの死骸を拾う女子高生・鹿野なな(桜井日奈子)に遭遇する。興味を抱いた小坂は鹿野を追う。何をするのか聞くと「土に埋めてあげる」という。

そうやって、虫の命は大切に扱う鹿野だが、彼女自身は「死にたい」が口癖でリストカット常習犯だった。一方、小坂は「殺すぞ」が口癖。そんな風変わりな2人はなぜか気が合い、一緒の時間を過ごすようになる。

この小坂と鹿野のラブロマンスが本作のドラマの柱だ。空虚な心を抱える2人が本音で話すうちに変化していく。同時に他の高校生たちの姿も描かれる。男を次々と替えるきゃぴ子(堀田真由)と親友の地味子(恒松祐里)、八千代(ゆうたろう)と彼が好きでつきまとう撫子(箭内夢菜)である。

彼らも含めて、すべての登場人物の言動が突飛なドラマだ。入り口はかなり風変わり。だが、それを通して描かれることは実にマトモである。彼らの不安定で揺れ動く心情がリアルに描写され、それがヒシヒシと痛いほど伝わってきてたまらなくなる。

特に感心するのが、口とは裏腹の彼らの心理描写だ。「殺すぞ」「死にたい」などと言いながら、その言葉の裏で真剣に互いを思いやる小坂と鹿野。例えば、リストカットしようとする鹿野に対して「どうせ死ねない」と小坂が言い、それを聞いて屋上から飛び降りようとした鹿野を小坂が慌てて制止する。2人の関係性がよく見て取れる場面である。

それ以外の人物描写も同様だ。セリフに加え、独白、空想などを巧みに織り込みつつ、彼らの言葉とは微妙に違う心情をあぶりだしていく。はるか昔にああいう時代を過ごした自分にとっても、共感しまくりのドラマである。過去作でも感心したのだが、小林監督はどうしてあの年代の子たちの心理を、こんなにきちんと描けるのだろうか。一度聞いてみたいものである。

彼らの言動の背景も描き込まれる。キャピ子は相手から別れを切り出されるのが怖くて、自分から次々に男を振る。その背景には幼い頃のトラウマがある。あるいは、どんなに撫子に「好き」と言われてもそれに答えない八千代には、過去の恋愛にまつわる心の傷がある。小坂の空虚さにもある挫折が影響していることがわかる。

恋愛映画らしく、胸にグッとくる場面も随所にある。撫子と八千代の初デートシーンは、こちらが気恥ずかしくなるぐらい初々しいし、キャピ子が本当に好きな男に別れを告げられる場面は切なくてたまらない。小坂と鹿野の糸電話での会話や、火のつかない花火のシーンなども印象深い。

だが、本作は単なる恋愛ドラマに留まらないと思う。ここで描かれる登場人物同士の心のすれ違いやふれあいは、通常の人間関係でも起こることだろう。わかり合いたいけれどわかり合えない。それでもどうにかして少しだけ心を通わせる。まさにこの映画の高校生たちと同じではないか。

中盤以降、小坂と鹿野をはじめ高校生たちに変化が訪れる。様々な欠落や空虚さを抱えた彼らにも、ようやく未来が見え始める。

ところが、終盤に用意されていたのは驚きの展開だ。劇中で何度か、学校で起きたらしい殺人事件の犯人の動画が映される。それは高校生たちの死に対する実感のなさを表現するためのものかと思ったら、それだけではなかったのだ。

そういえば、すべての高校生のドラマは同時進行していると思っていたのだが、よくよく考えれば、小坂と鹿野の場面は、他の場面とは微妙に違っていたことに気づいた。

ネタバレになるので詳しくは書かないが、そこで起きるのは予想もしない悲劇である。それによってロマンスとしての切ない感動が高まるのはもちろん、生者と死者との関わりについても考えさせられた。生者は死者によって生かされているのであり、それゆえ前を向くべきだ。小林監督が意図したものかどうかはともかく、そんなことまで考えさせられた。

ここに至ってこの映画で描かれる人と人とのつながりは、生者同士だけではなく、生者と死者とのつながりにまで広がったのである。

大学生になった鹿野が登場するエピローグも心に残る。そこで彼女は撫子と出会う。そのやり取りを聞いて、それまでの撫子の言動が改めて納得できた。前向きで温かな余韻を残すエンディングだ。

間宮祥太朗桜井日奈子をはじめ、恒松祐里、堀田真由、箭内夢菜、ゆうたろうら、高校生役の若いキャストがいずれも生き生きとした演技を見せている。小林監督の脚本、演出に加え、それもまた本作の魅力だろう。風変わりではあるが、単なる青春恋愛映画を超えた普遍的で魅力的な映画だ。

 

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◆「殺さない彼と死なない彼女」
(2019年 日本)(上映時間2時間3分)
監督・脚本:小林啓一
出演:間宮祥太朗桜井日奈子恒松祐里、堀田真由、箭内夢菜、ゆうたろう、金子大地、中尾暢樹佐藤玲佐津川愛美森口瑤子
新宿バルト9ほかにて公開中
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