映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「君が世界のはじまり」

「君が世界のはじまり」
2020年7月31日(金)テアトル新宿にて。午後2時より鑑賞(C-11)。

~閉塞感に満ちた町の高校生たちの苦悩と爆発、そして成長

青春はキラキラ輝くものではないのか?君たちの前には輝かしい未来が広がっているのではないか?なのに、なぜそんなに苦悩し、葛藤するのか?

などというのは、青春時代がはるか向こうに行ってしまった大人の戯言。いやいや、よくよく考えたら自分の青春時代も、いろんな苦悩や葛藤を抱えていたものなぁ。

「君が世界のはじまり」(2020年 日本)は、作家としてすばる文学賞佳作を受賞した経験も持つふくだももこ監督が、自身の2本の短編『えん』『ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら』を基に描いた青春ドラマ。ふくだ監督の前作「おいしい家族」は自身で脚本を担当していたが、今回は「リンダ リンダ リンダ」「もらとりあむタマ子」の向井康介が脚本を担当している。

冒頭は、父親殺しの殺人事件を報じるニュース。この衝撃的な滑り出しから重苦しい映画を想像するかもしれないが、その後のタッチはかなり違う。

描かれるのは事件の少し前。大阪郊外のとある町の高校生たちの日常だ。最初に登場するのは、縁(松本穂香)と琴子(中田青渚)。縁は優等生だったが、琴子はまったく勉強ができない。それでも2人はなぜか大親友。ちなみに、縁は本名は「ゆかり」だが、みんなからは「えん」と呼ばれている。

そんな2人が自転車に2人乗りしながら軽口を叩き合う。さらに登校後は使用禁止の部屋に忍び込み、授業をサボってタバコを吸う。そこで2人はサッカー部の業平(小室ぺい)に出会い琴子は彼に一目惚れしてしまう。琴子は彼氏をとっかえひっかえしていたのだ。その一方で、縁に思いを寄せる岡田(甲斐翔真)という男子生徒もいる。

まるでラブコメのような展開ではないか。そんなふうに、高校生たちの日常がユーモアを交えながら瑞々しく描かれる。それはまさにまばゆいばかりの青春である。フットワークも軽く軽快なセリフを吐きながら、躍動する高校生たち。

だが、光があれば影もある。純(片山友希)は母が家を出ていったことを無視し続ける父親との関係がぎくしゃくして、放課後のショッピングモールで時間をつぶしている。そんな中、純は東京からの転校生の伊尾(金子大地)と刹那的な関係を持ってしまう。その伊尾は若い義母とただならぬ関係にあるらしい。一方、業平は生まれてすぐに母に去られ、父は心を病んでいる。

彼らの苦悩や葛藤はそれぞれの事情によるものだが、同時にそれらを大きく包むのが、舞台となる町の閉塞状況だ。高校生にとって退屈でたまらないこの町。地縁、血縁などに縛られ、まるで同じ場所をぐるぐる回っているかのような毎日を送る。わずかな遊び場であるショッピングセンターも、どうやら閉店間際らしい。また、この町には大きなタンクがある。いったいそこには何が入っているのか。縁と業平は妄想を膨らませる。

そんな街の様々な表情が、高校生たちの苦悩や葛藤をさらに深め、爆発しそうな感情を増幅させる。大人になれば、そこから飛び出すこともできるかもしれない。だが、まだ何者でもない彼らには、それは無理なことなのだった。

ところで、主人公の縁は優等生で家庭も明るい。琴子や業平との関係をはじめ様々な苦悩はあるものの、他の高校生たちほど深刻ではない。主人公としてはキャラが弱い気もするのだが、実際はいわば群像劇の要の役割を果たしており、このドラマにおける彼女の存在感は大きい。文字通り、他の高校生たちの「えん」をつなぐ存在といえるだろう。このあたりの人物設定が興味深かった。

映画の後半には事件が起きる。冒頭にも登場した殺人事件だ。実は、純、伊尾、業平は父親の存在が彼らの苦悩のもととなっている。それゆえ、彼らのうちの誰かが犯人なのではないか?そんな疑惑が浮上する。

そしてクライマックスが訪れる。青春映画といえば「夜」がつきものだ。事件の直後の夜が本作のクライマックスとなる。それは深夜の無人のショッピングセンター。彼らはそこでぶつかり合い、お互いの心情を吐露する。そして、店内に展示されていた楽器を手にする。

そこで流れるのがブルーハーツの「人にやさしく」だ。脚本の向井康介は同じくブルーハーツの曲が重要なカギを握る「リンダ リンダ リンダ」を手がけているから、奇しくもブルーハーツつながりとなったわけだが、青春の爆発そのものの熱いシーンにふさわしい曲。その歌詞も高校生たちの心情に沿うものである。

序盤でも、苛立ちを募らせた純がスマホを検索して、ブルーハーツの曲に出会うシーンがあり、ブルーハーツの曲は本作に欠かせないものとなっている。

ドラマの最後にさりげなく映されるのは希望だ。縁、琴子、純、伊尾、それぞれの成長をスクリーンに刻み付ける。オーラスで縁と琴子が水溜まりで泥だらけになるシーンが印象深い。さらに、エンドロールでは、松本穂香がアカペラで「人にやさしく」を歌う。それが高校生たちのささやかな成長と重なって、大きな余韻を残す。

主演の松本穂香は、「おいしい家族」に続いてのふくだももこ監督とのタッグ。目を真ん丸に見開くその表情など、セリフやしぐさ以外の演技も印象的だった。中田青渚、片山友希、金子大地、甲斐翔真、小室ぺいら若い役者たちの等身大の演技も魅力。江口のりこ古舘寛治といった脇役陣もいい味を出している。

この映画を観ているうちに、「これはいつの時代の話なんだろう?」と思ってしまった。いや、おそらくは今の時代の高校生たちの話なのだろうが、もっと昔の話といわれても違和感がないように思えた。つまり、これは、いつの時代にも当てはまる普遍的な高校生のドラマといえるのではないか。輝きとともに苦悩や葛藤を抱え、もがき苦しみ、それでも少しずつ前に踏み出していく。その姿に今も昔も変わりはないはずだから。

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◆「君が世界のはじまり」
(2020年 日本)(上映時間1時間55分)
監督:ふくだももこ
出演:松本穂香、中田青渚、片山友希、金子大地、甲斐翔真、小室ぺい、板橋駿谷、山中崇、正木佐和、森下能幸、億なつき、江口のりこ古舘寛治
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://kimiseka-movie.jp/

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