映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「僕たちは希望という名の列車に乗った」

「僕たちは希望という名の列車に乗った」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2019年5月23日(木)午後6時50分より鑑賞(スクリーン1/D-11)。

~東西冷戦下で追いつめられる高校生たちの青春の決断

最近では、昔ドイツが東と西に分かれていたことを知らん若者もいるようで、やれやれ困ったものだ。そのぐらいは理解していないと、ピンとこないであろう映画が「僕たちは希望という名の列車に乗った」(DAS SCHWEIGENDE KLASSENZIMMER)(2018年 ドイツ)である。東西冷戦下の東ドイツで高校生たちに起きた現実を、「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」のラース・クラウメ監督が実話をもとに映画化した。

舞台となるのは1956年の東ドイツ。当時は、まだベルリンの壁が建設される前で、東ドイツの人々もそれなりの理由があれば(家族に会うとか、墓参に行くとか)、西ベルリンに行くことができたのだ。もちろん国境越えの際は身分証を提示し、警備兵から疑いの視線を浴びせられるのだが。

そんな中、高校に通うテオ(レオナルド・シャイヒャー)とクルト(トム・グラメンツ)は、ある日、西ベルリンを訪れる。墓参が目的だが、そこは若い青年。その後は映画館に行って、ちょっとエッチな感じの映画を観ようとする。すると、そこで流れたニュース映像で、ハンガリーで民衆蜂起が起き多くの犠牲者が出たことを知る。

東ドイツに戻り登校したクルトは、クラスメイトに呼びかけて犠牲者たちのために、教室で2分間の黙祷をしようと提案する。反対する者もいたが、結局、多数決によって彼らは黙祷を実行する。

などと書くと、眉間にシワを寄せてハンガリー国民に対して、強い連帯の意思を表明したようにも思えるかもしれないが、実際はそれほど重たい感じではない。いかにも若者らしく、直情径行で行動している雰囲気だ。彼らは意外に軽いノリで黙祷をする。ある意味、教師に対するイタズラ的な感じでもある。

だが、その軽さと裏腹に、彼らの行動は重大な事態へと発展する。ただ黙祷しただけにもかかわらず、厳しい責任追及の矢面に立たされてしまう。ハンガリーと同じくソ連の影響下にある東ドイツでは、彼らの行為が社会主義国家への反逆とみなされてしまったのだ。

というわけで、高校生たちが国家に翻弄されるドラマである。当然ながら社会派の映画と言えるだろう。だが、それをあくまでも青春ドラマの枠内で、エンタメ性も織り交ぜながら描いているのかこの映画の真骨頂だ。けっして小難しい主張を前面に押し出したりはしない。

当初、校長は事態を穏便に済ませようとしていた。下手をすれば自分も責任を問われるから当然だ。だが、ある教師の密告により、当局の人間が乗り込んでくる。さらに、人民教育相まで乗り込んでくるに及んで、事態は高校生たちにとって制御不能のものとなってしまう。

このあたりも、いかにも憎々し気な人民教育相や忖度まみれの女性役人などの悪役を使って、ドラマを盛り上げている。生徒たちの仲間割れを狙った個別の尋問なども、憎たらしさにあふれている。

人民教育相は1週間以内に首謀者を明かすように生徒たちに命じる。生徒たちが通う高校はエリート校だ。仲間を密告してそのままエリートとしての道を歩むのか、信念を貫いて大学進学を諦めるのか。それどころか当局は、従わない者は全員退学だという。それはエリートの座を滑り落ちて、過酷な人生に足を踏み入れることを意味する。こうして生徒たちはどんどん追い詰められていく。

そんな生徒たちの心の揺れ動きには、家庭の事情も絡んでくる。日々過酷な仕事をする労働者の父を持つ生徒、有力政治家の父を持つ生徒などなど。それぞれの家族との関係が、事態をさらに複雑なものにする。また、生徒同士の恋愛を巡るあれこれなども、彼らの行動の背景として描かれる。そう。これはまさにエンタメ性を前面に出した青春群像劇なのだ。

クライマックスもなかなかのものだ。実際に、あそこまでドラマチックな展開があったのかどうかは知らないが、厳しくも潔い彼らの選択が、青春ドラマとしての盛り上がりを最高潮に持っていく。そして親子の情愛なども絡めつつ、彼らの新たな旅立ちを告げてドラマは終わる。

若者たちのちょっとした反逆を起点に、予想外の事態に追い詰められた彼らの苦悩を描いた青春ドラマである。もちろん、それを通して権力の恐さや、自由の大切さが伝わってくる。このあたりの絶妙なさじ加減こそが、この映画の魅力なのだと思う。社会派映画ということを意識しすぎずに観ることをおススメしたい。

 

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◆「僕たちは希望という名の列車に乗った」(DAS SCHWEIGENDE KLASSENZIMMER)
(2018年 ドイツ)(上映時間1時間51分)
監督・脚本:ラース・クラウメ
出演:レオナルド・シャイヒャー、トム・グラメンツ、ヨナス・ダスラー、ロナルト・ツェアフェルト、ブルクハルト・クラウスナー、レナ・クレンケ、イシャイア・ミヒャルスキ
Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
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