映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「マイ・ブロークン・マリコ」

「マイ・ブロークン・マリコ
2022年9月30日(金)TOHOシネマズ池袋にて。午後3時20分より鑑賞(スクリーン5/D-14)

~死んだ親友と旅する女。過酷な現実を生きぬく決意

まだまだ暑い日が続く。なので、今日も映画館へ。何だ?その理屈は?

タナダユキ監督の「マイ・ブロークン・マリコ」を鑑賞。原作は平庫ワカの同名コミック(残念ながら未読)。脚本はタナダ監督自身とタナダ監督の「ふがいない僕は空を見た」の脚本を担当した向井康介

映画はショッキングな場面からスタートする。主人公のシイノトモヨ(永野芽郁)が食堂で食事をしていると、テレビから若い女性が自殺したというニュースが流れる。それはシイノの親友イカガワマリコ奈緒)だった。

マリコは幼い頃から、実の父親にひどい虐待を受けていた。せめて遺骨だけは救いたいと、シイノは包丁を持ってマリコの実家に乗り込んで、彼女の遺骨を奪って逃走する。そして、マリコの遺骨を抱いて、彼女が行きたがっていた海へ向かうのだが……。

ロードムービーといえば、普通は生きている者が旅をする。しかし、このドラマでは主役の女性のうち1人はすでに死んでいる。生き残った1人が遺骨を抱いて旅をする。旅をするのは1人だが、それは間違いなく2人旅だ。生と死を行き来するロードムービーである。

などというと、ひどく暗い話に思える。だが、本作には笑える場面もたくさんある。何よりシイノのヤサグレ感が半端でない。中学時代からタバコをスパスパ吸っていたような彼女だが、ブラック企業に勤める今はさらにパワーアップ。これ以上ないぐらいのヤサグレ感なのだ。そのキャラが様々な笑いを生んでいく。

おまけにドライブ感あふれるタッチで描かれるので、ベタベタな感じはしない。むしろ、シリアスな場面が余計に引き立つのだ。登場人物が吐露する真摯な言葉が、スッと胸に入ってくるのである。

遺骨を奪い、さてどうしようかと思ったシイノは、生前マリコが「まりがおか岬」に行きたいと言っていたのを思い出して、夜行バスに乗る。彼女を突き動かしているのは、「なぜマリコを救えなかったのか」「自分にできることはなかったのか」という思いだ。悶々とした気持ちを抱えてシイノは旅を続ける。

旅の途中には、シイノとマリコの過去の回想が随所に挟まれる。そこには楽しいことばかりではなく嫌なこともある。2人の仲は友情以上の関係だ。父親のDVを受けているマリコはシイノを頼る。「シイノに彼氏ができたら死ぬ」などと物騒なことも言う。そればかりかリストカットまでするのだ。シイノはそんなマリコを面倒くさいと思う。両者の思いはすれ違う。それでもシイノはマリコを突き放せない。

そんな回想以外にもマリコの遺骨にシイノが語りかけたり、かつてマリコがシイノに出した手紙を読み上げたり、はては死んだはずのマリコがシイノの目の前に現れたりする。それはシイノにとって不思議なことではないのかもしれない。彼女にとってマリコの死は受け入れがたいもので、まだマリコは生きているのだから。

旅の途中でシイノはひったくりにあう。そのピンチを救ったのが偶然出会った釣り人のマキオ(窪田正孝)だ。彼との交流が、悶々としたシイノの心を少しだけなごませる。

だが、その後死んだマリコが現れ、シイノとの思いが決定的にすれ違ったその時。衝動的にシイノはある行動に出る。

それを救ったのもマキオである。ほとんど話さない彼だが、数少ない言葉がシイノの胸に響く。死んだ人を弔うためにも生きるべきではないか、という彼の言葉は、スクリーンのこちら側にも説得力を持って届いてくる。

その言葉にシイノは生きていくことを決意する。

帰りの列車に乗ったシイノが、マキオからもらった弁当をかき込むシーンがいい。生きる希望を再発見したかのようなシーンだ。

そして、最後には素晴らしい仕掛けが用意されている。マリコからの手紙をシイノが読む。そこで心憎いばかりの演出がなされる。観る者に余白を残した見事なラストである。エンディングに流れるTheピーズ(ビーズではない)の『生きのばし』も、この映画にピッタリだった。

シイノ役は永野芽郁。ヤサグレた感じと心の奥底の苦悩を両立させた演技が心を打つ。マリコ役は奈緒。DVにさらされた女性の役を多面的に演じていた。マキオ役の窪田正孝もいい味を出している。シイノとマリコの子供時代を演じた子役も好演。

わずか85分の死者と生者によるロードムービー。それは奥深く骨のあるドラマだ。あまりにも過酷な世界で、生きられなかった者と生きる決意をする者。葛藤の果てにたどり着いたシイノの境地から、観客はきっと元気をもらえるだろう。間違いなく今年の日本映画で上位にランクされる1本だと思う。

◆「マイ・ブロークン・マリコ
(2022年 日本)(上映時間1時間25分)
監督:タナダユキ
出演:永野芽郁奈緒窪田正孝尾美としのり、吉田羊
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/mariko/


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「LAMB/ラム」

「LAMB/ラム」
2022年9月27日(火)グランドシネマサンシャインにて。午後3時50分より鑑賞(スクリーン10/D-8)

~羊をめぐる奇怪なドラマ。ジャンル分け不能の怪作!

国葬というものが行われるこの日。当然ながら招待されるわけもなく(されても行かないよ!)、仕事が入っていたので反対派の集会にも行けず(前日の新宿西口の集会には行ったけど)というので、仕事が終わって行ったのはいつものように映画館なのだ。

予告編を観て面白そうだった「LAMB/ラム」を鑑賞。何でもホラー映画の怪作だという評判で、土日はほぼ満席に近い入り。さすがに平日はそこまでの入りではなかったが。

アイスランドを舞台にしたドラマだ。人里離れた山間の土地に住む羊飼いの夫婦イングヴァル(ヒルミル・スナイル・グドゥナソン)とマリア(ノオミ・ラパス)。羊の出産に立ち会った彼らは、羊ではない「何か」が産まれてくるのを目撃する。夫婦はその「何か」にアダと名付けて育てる。夫婦に溺愛され、すくすくと成長していくアダだったが……。

確かに全体に漂う雰囲気はホラー映画のようだ。静謐で雄大アイスランド大自然。そこで暮らす1組の夫婦。彼らが飼う羊たちや犬猫。それらを不気味なタッチで映し出す。流れる音楽も何やら不穏な音楽だ。

だが、はたしてこの映画はホラー映画なのか。神話的な世界を描いたファンタジーともいえる。謎に満ちたスリラーともいえる。人間の悲しみを描いたドラマともいえる。要するにジャンル分け不能。唯一無二の映画なのだ。

冒頭は深い霧の中を行く動物たちの群れ。それを上空から俯瞰で映す。うむ、羊が重要なカギを握るドラマだけに、きっと羊の群れだろう。と思ったら馬かよ!それでも、何やら意味深な導入部で心をざわつかされる。

続いていよいよ羊たちが登場。これがまあ何とも恐ろしげなのだ。映るのは普通の羊なのだが、いかにも意味ありげなタッチで描写している。何か恐ろしいことが起こることを予感させるのだ。

本作は3章構成になっている。第1章は、イングヴァルとマリアの夫婦が、羊の出産に立ち会い、そこで羊ではない「何か」が産み落とされるのを目撃し、それを自宅に連れ帰って大切に育てるというお話。

実は、この夫婦、ほとんど口もきかず笑顔も見せない。そこには何かがあるのだろうと想像させるが、同時に不気味な雰囲気を煽る効果を見せている。

羊が「何か」を産み落とした瞬間の夫婦にも注目だ。あんなものが登場したら、普通はビックリ仰天して大騒ぎになるはず。ところがこの夫婦、一瞬驚いた表情を見せるものの、すぐにその「何か」を抱き上げ、ごく自然に自宅に連れ帰るのである。

ちなみに、「何か」はもちろん羊絡みのものである。最初は羊の顔だけ見せているが次第に全身を映す。その造型はたくさんの子役や実際の子羊、特性スーツなどを駆使して描いたものらしい。何やら謎めいた中で、その愛くるしさが際立つ。

第2章は夫のロクデナシの弟が、家に戻って来るところから始まる。弟は元ミュージシャンで、彼が使っていたドラムセットや昔のPVなども登場する。彼は夫婦が溺愛する「何か」を見て驚く。そればかりか傷つけようともする。その一方で、彼は兄の妻に色々とちょっかいを出す。それでも夫婦の絆は揺るがない。

その頃には、夫婦はこの間までの態度がウソのように快活になり、明るい毎日を送っていた。「何か」が夫婦の生活を一変させたのである。

第3章。弟は兄嫁に促されて家を去る。これでまた元通りに、夫婦と「何か」の3人での幸せな日々が始まるかと思いきや……。

実は3章で明かされるのだが、この夫婦は我が子を失っていたのだ。その子の名前はアダ。だから「何か」にもアダという名をつけ、ごく自然に受け入れたのである。喪失の悲しみが、通常では考えられない行動をとらせたのである。

そして、3章の終わりには悪夢的な結末が待っている。破滅に向かう夫婦。そこで登場するのがラスボス的な「あれ」。「何か」とか「あれ」とかもったいぶって申し訳ないが、どうもネタバレになるらしいのでご容赦を。

その悲劇で描かれるのは喪失の悲しみの連鎖だ。妻のマリアが我が子の喪失の悲しみを味わったのと同様に、「あれ」も親子の絆を断ち切られるという喪失の悲しみを体験した。そして、そこで起きる悲劇よ!

まさに因果応報。羊の母ちゃんの恨みは恐ろしいのだ。

しかし、まあ、こんなB級映画紛いのネタを、よくぞこれだけユニークな映画に仕上げたものである。監督のアイスランド出身のヴァルディマル・ヨハンソンは、色々と映画周りで活動していて、「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」などの特殊効果も担当したとのこと。これが長編監督デビュー作。何やら神話的なその世界の背景には、宗教的な要素もありそうだ。うーむ、デビュー作でこんな怪作を撮るとは。

主演のノオミ・ラパスは「ミレニアム」シリーズなどで日本でもおなじみだが、子供の頃アイスランドに住んだことがあるそうで、見事にアイスランド語を操っている(そもそもアイスランド語を知らんけど(笑))。本作の製作総指揮も務めている。ラストシーンの彼女の表情が、この映画の立ち位置をより深遠なものにしている。

ジャンル分け不能のまさに怪作!色々と賛否はありそうだが、不気味でシュールな神話のような世界は一見の価値がある。

◆「LAMB/ラム」(LAMB)
(2021年 アイスランドスウェーデンポーランド)(上映時間1時間46分)
監督:ヴァルディマル・ヨハンソン
出演:ノオミ・ラパスヒルミル・スナイル・グドゥナソン、ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン、イングヴァール・E・シーグルソン
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://klockworx-v.com/lamb/


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「靴ひものロンド」

「靴ひものロンド」
2022年9月25日(日)新宿武蔵野館にて。午後2時30分より鑑賞(スクリーン3/C-4)

~夫婦のもめごとが招く不可解な事件。その意外な犯人は……

久々の外国映画はイタリアとフランスの合作。ドメニコ・スタルノーネのベストセラー小説「靴ひも」をダニエーレ・ルケッティ監督が映画化した「靴ひものロンド」。個人的にはあまり知らないのだが、ルケッティ監督は「ワン・モア・ライフ!」「ローマ法王になる日まで」などの作品で知られ、イタリアでは有名な監督とのこと。

夫婦と家族のドラマである。1980年初頭のナポリ。アルド(ルイジ・ロ・カーショ)とヴァンダ(アルバ・ロルヴァケル)夫婦は、娘アンナと息子サンドロと家族4人で平穏な日々を送っていた。しかし、ある日、夫のアルドは自ら浮気を告白。やがてアルドはローマで浮気相手と暮らし始める。ヴァンダの精神状態は不安定となり、その行動はエスカレートしていく。月日は流れ、再び一緒に暮らしていたアルド(シルヴィオオルランド)とヴァンダ(ラウラ・モランテ)だが……。

著名な監督だけあって原作を巧みにまとめている。1時間40分の中に小説の全てのエッセンスが入るはずもないので、おそらく大胆な省略や飛躍も多いのだろうが、それが少しも不自然でないのだ。さすがである。

冒頭に描かれるのは、日本でも坂本九の歌でおなじみのフォークダンス「ジェンカ」で、楽しそうに踊る人々。その中にアルドとヴァンダの夫婦もいる。実に幸せそうだ。だが、これがすぐに暗転する。

その後一転して自宅のシーンになり、アルドは他の女と関係を持ったことをヴァンダに告白する。「その女のことを愛しているのか?」とヴァンダに問われるが、「そんなことはない」と答える。だが、その言葉が真実かどうかはわからない。ヴァンダは夫が出ていかなければ、自分たちが出て行くと詰め寄る。アルドは家を出る。

その後、ラジオパーソナリティーのアルドはローマに住み、同僚である愛人と暮らし始める。それでも2人の子供がいるため、アルドとヴァンダは微妙な関係を続ける。ヴァンダはアルドに戻って欲しいと思うが、アルドは応じない。2人は激しい口論を繰り返し、ヴァンダは次第に精神的に不安定になる。そして、ついに自殺未遂までしてしまうのだ。

それを見つめているのが、夫婦の子供、娘アンナと息子サンドロだ。2人はローマとナポリを行き来しながら夫婦の不仲を目撃する。徹底的に母に寄り添っているように見える2人だが、同時に冷めた目で見ていたことがあとになってわかる。

象徴的なのが、アルドと愛人が歩いているところをヴァンダが襲撃するシーンだ。夫はそれに反撃する。愛人は間に入って止めようとするものの、なすすべがない。その一部始終を無音で描く。これは、車の中からその様子を見つめるアンナとサンドロの視点に立ったものだろう。

このように本作は特定の誰かではなく、複数の違った視点で描かれるのが特徴。そこから登場人物のキャラが掘り下げられていく。アルドの優柔不断さ。エキセントリックなまでに感情に走るヴァンダ。最初は控えめだった愛人も次第に感情を露呈する。こうして、アルドとヴァンダは煮え切らないグズグズの夫婦関係を続けていくのである。

夫アルドがラジオで朗読する文章も効果的に使われる。特にフィッツジェラルドの『夜はやさし』という小説の一説の朗読が、なかなか意味深に聞こえてくる。

こうして、すったもんだで色々あった挙句、アルドとヴァンダは再び一緒に暮らすようになる。後半は老年期の2人を描く。役者も若い時の2人とは違う役者が演じる。2人は相変わらずギクシャクしつつも、とりあえず夏のヴァカンスに出かける。しかし、その間に家には何者かが入り込み、メチャクチャに荒らしていた。しかも、飼い猫が行方不明になっていたのである。

いったい誰がやったのか?夫婦ドラマ、家族ドラマにミステリーの要素が加わる。

ここで効果を発揮するのが、若き日の2人の出来事の振り返りだ。一部時制をバラしながら、過去にどんなことがあったのかを描く。アルドとヴァンダ、そして愛人のバトルを赤裸々に見せていく。

そして、ついに意外な真犯人が登場。それが誰かは伏せるが、なるほどなぁ、と思わせる結末だ。

げに怖ろしきは子供たち。いやいや、子供たちをそんなふうにしたのも夫婦のグダグダのせい。大人同士の醜い争いが、いかに子供に悪影響を与えるかを知らしめて、ドラマは終わるのである。

ちなみに、タイトルの「靴ひものロンド」とは、この事件の鍵を握る人物がかつて靴ひもの結び方を習ったことから付けられたもの。こんがらがった靴ひもは、そう簡単にはほどけないのである。

アルドとヴァンダを演じた俳優たちは、青年期、老年期とも実力派揃い。愛人役はなかなか色っぽいし、2人の子供の壮年期を演じた俳優たちも好演。

夫婦について色々と考えさせられる奥深い映画であった。見ていて身につまされる夫婦も多いのではないだろうか。まあ、一度も結婚したことはないし、子供もいないので偉そうなことは言えないのだが(笑)。

◆「靴ひものロンド」(LACCI)
(2020年 イタリア・フランス)(上映時間1時間40分)
監督:ダニエーレ・ルケッティ
出演:アルバ・ロルヴァケル、ルイジ・ロ・カーショ、ラウラ・モランテ、シルヴィオオルランド、ジョヴァンナ・メッツォジョルノ、アドリアーノ・ジャンニーニ、リンダ・カリーディ、フランチェスカ・デ・サピオ
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「犬も食わねどチャーリーは笑う」

「犬も食わねどチャーリーは笑う」
2022年9月24日(土)TOHOシネマズ池袋にて。午後2時50分より鑑賞(スクリーン5/D-8)

~夫婦はウナギのつかみ取り。笑えてちょぴり考えさせられるコメディー

なんと近所の映画館でもウォン・カーウァイの4K上映をやると聞いて、また「恋する惑星」を観に行ってしまった。この間、観たばっかりなのに。どんだけ好きやねん!でも、フェイ・ウォンはやっぱり可愛かった。

そんなことはどうでもよい。その翌日はまた映画館へ。市井昌秀監督の「犬も食わねどチャーリーは笑う」を観てきたのである。

市井監督はインディーズ作品「無防備」で、奥さんの実際の出産場面を撮影してクライマックスに据えて話題になった。その後も作家性の強い作品を撮るかと思いきや、商業映画デビューしてからは、星野源夏帆による恋愛ドラマ「箱入り息子の恋」、草彅剛主演のコメディー「台風家族」といったエンタメ性の高い映画を監督している。

今回は夫婦のバトルをめぐるコメディー映画だ。結婚4年目の裕次郎香取慎吾)と日和(岸井ゆきの)。表向き仲良し夫婦の2人だったが、実は日和は鈍感な裕次郎に日々イライラを募らせ、妻たちが旦那への恨みつらみを書き記すSNSの「旦那デスノート」に、投稿を繰り返していたのだ。ペンネームはチャーリー。裕次郎と日和が飼っているフクロウの名前と同じだった。まもなく裕次郎はそれが妻の投稿らしいと知ってしまう……。

何よりビックリしたのは香取慎吾の普通のダメ夫っぷりだ。これまでは、けっこう癖のある役を演じることが多かっただけに、最初に見た時は香取だと気づかなかったぐらいだ。でも、それがなかなか板についていた。本当にどこにでもいそうな夫をちゃんと演じていた。

その香取と妻役の岸井ゆきの(相変わらず可愛い)、井之脇海的場浩司余貴美子などの俳優たちとの掛け合いが絶妙だ。ブラックコメディーというほど毒気はないけれど、かなり笑えるコメディーに仕上がっている。

冒頭は裕次郎と日和の出会いの場面。ホームセンターの店員と客として電撃的な出会いをする。

そして、次に映るのは現在の裕次郎と日和。裕次郎は副店長を務め、日和はコールセンターで働いていた。平凡だが幸せそうに見える2人。だが、日和は夫への鬱憤を旦那デスノートに投稿していた。

この旦那デスノートがかなり過激で、笑えるのだ。そこには妻の本音が余すところなく綴られている。例えば「旦那だけ カミナリ直撃 良い意味で」チャーリー。書籍化の話が持ち上がり、何人かの投稿者が集まる場面があるのだが、それがまあユニークな面々ばかりで、これまた笑ってしまうのである。

その旦那デスノートの存在を、裕次郎が知ったことから始まるスッタモンダを描いた本作。起きることは夫婦によくある定番ネタばかりとはいえ、巧みなディテールを用意して飽きさせない。

ドラマ的に効果的なのが、合間に何カ所か入る回想。冒頭の出会いから、裕次郎と日和が接近して恋人になるまでが描かれる。裕次郎は数々のウンチクを披露して、日和を楽しませる。ビニール袋を2人で追いかけたエピソードなども微笑ましく、2人の初々しい恋が刻まれる。

それに対して今はどんどん2人に亀裂が入る。その対比が何とも切ない。そして、裕次郎の前には別の女の影もちらつく。日和はますますイライラする。

両者がモヤモヤを抱えたまま、はたして夫婦の行方はどこに行くのか。やがて裕次郎の後輩の結婚披露宴が行われる。この後輩がマリッジブルーになり(新郎です)、妻に尻を叩かれて式に出てくるというのが笑える。

そして、この席で裕次郎は日和の助けを得て、素晴らしいスピーチをする。ここは素直に感動して、思わずウルッときてしまった(ちなみに、人間は自分の肘を絶対になめられないって知ってました?)。

まあ、ヒネリがあんまりなくて物足りない感じはするものの、それなりに気持ちのいい大団円であった。

と思ったら、ここからもうひとひねりが用意されていた。日和にはある出来事によって心に大きな傷があり、その出来事の際の裕次郎の態度がどうしても許せなかったのだ。それをダメ押しするような事態が起きて、2人の亀裂は決定的な局面に至る。

そんな騒動の最中に、余貴美子演じるホームセンターの同僚が言うのだ。「夫婦ってウナギのつかみ取りみたいなもの」。うまいこと言うなぁ。至言だよなぁ。まさに夫婦を言い当ててるよなぁ。結婚したことないから知らんけど(笑)。

そして、クライマックスはいかにもコメディー映画らしいドタバタ喜劇風な展開と、途中で出てきたビニール袋のエピソードを使い、はっちゃけつつも心温まる雰囲気を醸し出す。

オーラスにはフクロウのチャーリーを映してジ・エンド。このチャーリー君、存在するだけでいい味を出しています。

言っていることは「夫婦は他人なんだから、ちゃんと向き合って話さなくちゃダメよ」という当たり前のこと。そんなのもっと早く気づけよ!という気がしないでもないが、あれこれ工夫して面白くしています。というわけで夫婦関係について色々と考えさせられるコメディー映画なのであった。

主要な役者以外にも、きたろうが本人役で出ていたり、浅田美代子裕次郎の母役でチラッと出たりとなかなか遊び心のあるキャスティングも楽しめます。

◆「犬も食わねどチャーリーは笑う」
(2022年)(上映時間1時間57分)
監督・脚本:市井昌秀
出演:香取慎吾岸井ゆきの井之脇海、中田青渚、小篠恵奈、松岡依都美、田村健太郎森下能幸的場浩司眞島秀和徳永えり峯村リエ菊地亜美、有田あん、瑛蓮、きたろう、浅田美代子余貴美子
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
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「川っぺりムコリッタ」

「川っぺりムコリッタ」
2022年9月17日(土)ユーロスペースにて。午後1時10分より鑑賞(スクリーン2/C-9)

荻上直子監督が描く人と人がつながることの大切さ。そして生と死

荻上直子監督といえば、「かもめ食堂「めがね」など元祖(かどうかは知らないが)癒やし系映画の監督というイメージがある。だが、前作の「彼らが本気で編むときは、」ではトランスジェンダーの問題を取り上げるなど、最近はより大きなテーマを追求するようになってきたようだ。

その荻上監督が2019年に発表したオリジナル長編小説を、自身の脚本・監督で映画化したのが「川っぺりムコリッタ」だ。今どき珍しい長屋のようなアパートで、肩を寄せ合って生きる人々を描いたドラマである。

孤独な青年・山田(松山ケンイチ)は、北陸の小さな町の塩辛工場に職を見つけ、社長から紹介された川べりの安アパート「ハイツムコリッタ」で暮らし始める。できるだけ人と関わらずにひっそり生きようとする山田の生活は、隣の部屋の住人・島田(ムロツヨシ)が風呂を貸してほしいと上がり込んできたことから一変する。それ以来、毎日のようにやってくる島田に加え、夫を亡くした大家さんの南(満島ひかり)や、息子を連れて墓石の訪問販売をする溝口(吉岡秀隆)とも関わりを持つようになるのだが……。

オフビートな笑いに満ちた映画である。何しろ主人公の山田を取り巻く人々がユニークだ。

なかでも最初に彼の生活をかき乱す島田は、ミニマリストを自称し、庭でトマトやキュウリなどを栽培している。それはいいのだが、自宅の風呂が壊れて、銭湯代が高いからと山田の家に風呂を貸せとやって来る。最初は断る山田だが、山田は勝手に風呂に入ってしまう。

それどころか、彼は山田の家に上がり込んで食事をするようになる。山田の炊いたご飯と、山田が工場の社長からもらってきた塩辛を食べる。そしてこう言い放つのだ。「1人で食べるより一緒に食べたほうが美味しいでしょ」。

他にもユニークな人物がいる。墓石のセールスマン溝口だ。自らスーツを着用するばかりか、幼い息子にもスーツを着せ、2人して家々を回る。そしてチャイムを押し、「笑顔で過ごしていらっしゃいますか?」と話しかけるのだ。いかにも胡散臭そうな彼の話を聞く人は、ほとんどいない。

大家の南も不思議な人物だ。夫を数年前にがんで亡くしたという彼女は、娘と2人で済んでいる。築50年のオンボロアパートで、住むのも貧乏人ばかりとあって、まともに家賃を手にするのにも苦労する。それでもどこか楽しそうに生きている。かと思えば、いきなり山田をつかまえて「妊婦の腹を見ると蹴りたくなる」などとワケのわからないことを言うのである。

ユニークな住人といえばもう1人、ある老女がいる。山田は彼女から話しかけられる。だが、実はその老女は幽霊でもうこの世にはいないというのだ。

こういうユニークな人たちに囲まれて、最初は頑なだった山田の心が次第にほぐれていく。無表情だったその顔にも、笑顔が見られるようになっていく。

映画の中盤に印象的なシーンがある。珍しく墓石が売れた溝口親子がすき焼きを食べていると、そこに島田がやって来て当然のように箸を伸ばす。続いて山田も加わる。さらに、大家の南親子も箸と卵持参で参加するのだ。赤の他人の彼らがまるで家族のように食卓を囲む。人と人がつながることの大切さを物語るシーンである。

実は山田には暗い過去がある。最初に社長が「まじめにやれば更生できる」と話す場面があり、前科があるらしいことはうかがえるのだが、しばらくの間それは伏せられる。そして、やがてそれがどんな犯罪だったか明かされる。そのことが島田にショックを与え、いったん2人の関係にひびが入りかける。

だが、暗い過去があるのは島田も同じだった。ふだんは明るく、何も悩みがないかのような彼だが、過去の出来事が心の傷になっていたのである。

そんな波乱を乗り越えつつ、山田と島田、溝口や南はつながっていく。その姿を荻上監督は、アップや手持ちカメラなども使いつつ映し出す。心の機微を捉えた映像である。

さらに、ファンタジックな場面もたびたび登場する。特に巨大なイカ(いや宇宙人か?)が空中に浮かぶシーンには仰天させられた。ここまで自由かつ大胆な映画とは想像もしなかった。

そして、この映画にはもう1つの大きなテーマがある。それは生と死という問題だ。山田の父親が孤独死し、その遺骨をめぐる騒動をきっかけに、生と死について様々な考察が繰り広げられる。

「死んだら魂はどこへ行くのか?」という問いに、いのちの電話の相談員が金魚が空に浮かんだエピソードを語るシーン。笹野高史が扮する元花火師のタクシー運転手が、妻の遺骨を空に打ち上げた喜びを語るシーン。そして、南が夫の遺骨を手に恍惚とするシーン(満島ひかりがあまりにもエロくて思わず興奮してしまった(笑))。

それらのシーンから日本人の死生観が浮かび上がってくる。本作はただ笑えるだけではなく、死の影がつきまとう作品なのだ。そして、それが孤独という要素と結びついた時に、観客は人と人が結びつくことの本当の大切さを改めて知ることになるのである。

本作のラストシーンも素晴らしい。山田の父親のお葬式のシーンだ。パスカルズの音楽も相まって、心温まるほのぼのとしたシーンとなっている。

ちなみに、タイトルの「ムコリッタ(牟呼栗多)」は仏教の時間の単位のひとつ(1/30日=48分)を表す仏教用語で、ささやかな幸せなどを意味するとのこと。

俳優陣はすべて良い演技をしている。本作には悪人が登場しない。ちゃらんぽらんで、いい加減でもけっしてワルではない。それにふさわしいキャスティングだった。

なお、荻上監督の過去の作品同様に、本作もまた飯テロ映画という側面がある。白米のご飯に味噌汁、塩辛、とれたての野菜などなど。なので、空腹で観に行かないことをお勧めします。

◆「川っぺりムコリッタ」
(2021年 日本)(上映時間2時間)
原作・監督・脚本:荻上直子
出演:松山ケンイチムロツヨシ満島ひかり吉岡秀隆江口のりこ黒田大輔知久寿焼、田根楽子、山野海、北村光授、松島羽那、柄本佑田中美佐子薬師丸ひろ子笹野高史緒形直人
新宿ピカデリーほかにて公開中
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「よだかの片想い」

「よだかの片想い」
2022年9月16日(金)シネ・リーブル池袋にて。午後3時10分より鑑賞(シアター2/G-3)

~顔にアザを持つ女性の恋愛と成長。揺れ動く心を繊細に

今ではだいぶ薄くなったが、左手の甲に生まれつき大きなアザがある。よく人からは「それどうしたの?」「どうしてできたの?」などと聞かれたものだ。手の甲でさえそうなのだから、顔となればなおさら大変だろう。

「よだかの片想い」は直木賞作家・島本理生の小説の映画化。主人公は顔に大きなアザのある女性だ。

理系の大学院生・前田アイコ(松井玲奈)は顔の左側に大きなアザがある。そのせいで恋や遊びに消極的になり、大学院で研究ひと筋の毎日を送っていた。そんなある日、編集者の友人に勧められて、アイコは「顔にアザや怪我を負った人」をテーマにしたルポルタージュ本の取材を受ける。その本は話題になり、映画化の話が持ち上がる。監督の飛坂逢太(中島歩)と出会い、次第にその人柄に惹かれていくアイコ……。

大学院生アイコと映画監督の飛坂との恋愛ドラマである。だが、ありがちな恋愛ドラマとはかなり趣が違う。

何よりもアイコの顔のアザが、この恋愛に大きな影を落とす。アイコはそのアザゆえに幼い頃から特別な目で見られてきた。といっても単純にイジメに遭ったというような話ではない。

冒頭で綴られる小学生時代のエピソード。授業で琵琶湖の話が出た時に、生徒たちはアイコの顔のアザが琵琶湖に似ていると言ってはやし立てる。先生は激怒して、それをやめさせる。ところが、アイコはみんなの注目を集めることに快感を感じ、それ以降はみんなが何かと気を遣うようになったことが苦痛だったのである。

このように、いわゆるハンデを持った女性をステレオタイプに描く映画ではない。顔のアザにコンプレックスを持つアイコだが、その心中は複雑で様々に揺れ動く。これが長編2作目となる安川有果監督は、その揺らめきを繊細に描き出すのだ。

映像的に効果を発揮しているのがアップや手持ちカメラの多用。それによってアイコをはじめとする登場人物の心理の奥底に迫っていく。その一方で、被写体にベッタリ張り付くのではなく一定の距離を保ちながら描く。その距離感が絶妙だ。

そして本作は単なる恋愛ドラマではなく、アイコの成長物語でもある。飛坂との恋愛を通してアイコは成長する。その道程を丁寧に描く。

当初のアイコの顔はとても暗い。何事にも消極的で引っ込み思案だった。そんな彼女がひょんなことから本の表紙になり、映画化の話まで持ち上がる。だが、彼女はその話を断る。

とりあえず……というので気が進まないままに、映画化の話を持ち込んできた飛坂と会うアイコ。だが、彼の優しさに次第に惹かれていく。

飛坂は実に優しい男だ。それまで恋愛に奥手だったアイコが好きになるのも無理はない。それをきっかけにアイコは変わっていく。自ら積極的に「好き」と言い、デートに心をときめかせる。顔のアザも飛坂といると気にならなかった。彼女はどんどん明るくなる。

そこでいったんはアザというコンプレックスが、アイコの恋愛から消え去る。

そうした中で、映画の製作は順調に進む。そのロケ現場で、アイコは主演女優と話す。彼女は飛坂を昔から知っており、微妙な関係を続けていた。飛坂について彼女は「彼の本命は映画なんですよ」と話す。それをきっかけにアイコは、飛坂が自分に近づいたのは映画のためではないかと思い悩むようになる。

この恋愛の結末については書かないが、アイコはそれを通して確実に成長する。彼女が知ったのは、ありのままに生きることの大切さだろう。それは肩ひじ張って社会の目に対抗するといったものではない。自分の強さも弱さも受け入れて、自然体で、しなやかに、そしてしたたかに生きることを学んだのではないだろうか。

ラストシーンがとても美しい。日差しを浴びて屋上で見せる彼女の表情が忘れ難い。

「よだかの片想い」というタイトルは宮沢賢治の作品にちなんだもの。劇中にも賢治の作品が効果的に使われる。脚本は「アルプススタンドのはしの方」「ビリーバーズ」などの監督として知られる城定秀夫が担当している。

主演の松井玲奈は、過去の映画出演作品は観た記憶がないが、今回の演技は素晴らしかった。儚さと強さが同居し、時には暴走もする。それでも何とか前を向こうとする。そんなアイコの姿を魅力的に演じていた。何でも彼女自身が本作の映画化を熱望したということで、その思い入れの強さも伝わってくる演技だった。

飛坂を演じた中島歩も印象的な演技だった。けっして一面的ではないその心理と、誰もが好感を持ってしまうキャラを巧みに表現していた。他の役者たちもアイコの友人役の織田梨沙、研究室の仲間役の藤井美菜、青木柚などいずれも好演。

本作は恋愛映画ではあるが、様々な要素にも言及している。たとえばルッキズム。人間は知らず知らずのうちに見た目で人を評価する。アイコの顔のアザを見た時に、多くの人が特別な目で彼女を見る。

それに対して声高なメッセージを発しているわけではない。しかし、「人は変われるけれど、別の人間にはなれない」などという大学教授のセリフに、ハッとする人も多いだろう。そういうように、さりげない言葉で観る者の背中を押す。

先輩の事故をめぐるエピソードが慌ただしかったりして、小説の映画化らしい欠点はあるものの、一人の女性の成長を描いた作品として見応えがあった。ありがちな恋愛ドラマにはない力強さを感じた。

◆「よだかの片想い」
(2022年 日本)(上映時間1時間40分)
監督:安川有
出演:松井玲奈、中島歩、藤井美菜織田梨沙、青木柚、手島実優、池田良、中澤梓佐、三宅弘城
新宿武蔵野館ほかにて全国公開中ホームページ https://notheroinemovies.com/yodaka/

 


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「人質 韓国トップスター誘拐事件」

「人質 韓国トップスター誘拐事件」
2022年9月12日(月)シネマート新宿にて。午後2時20分より鑑賞(スクリーン1/C-12)

~実在のスター俳優が誘拐されるユニークでシリアスなサスペンス

ファン・ジョンミンは韓国のスター俳優だ。「国際市場で逢いましょう」「ベテラン」「哭声/コクソン」「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」「ただ悪より救いたまえ」「新しき世界」など、出演作を挙げたらきりがない。

そのファン・ジョンミンが自らの役を演じたサスペンスが「人質 韓国トップスター誘拐事件」だ。俳優が本人役で出演する映画は珍しくないが、どちらかといえばネタ一発のお笑い系の映画が多い。それに比べて本作はシリアスなサスペンス。しかも、韓国映画らしくあの手この手で観る者を飽きさせない。

記者会見から帰宅の途についた国民的スター俳優ファン・ジョンミン(ファン・ジョンミン)。路地でチンピラらしき男たちに絡まれる。だが、その直後に、彼らはジョンミンを誘拐する。彼らはすでに猟奇殺人事件を起こしている極悪非道な集団だった。彼らの要求に従い、身代金の支払いを約束したジョンミンだったが、無事に解放される保証はない。しかも同じ部屋には、ジョンミンよりも前に拉致されていた女性ソヨン(イ・ユミ)が監禁されていた。絶望的な状況の中、懸命に脱出の道を探るジョンミンだったが……。

前半はパイプ椅子に縛り付けられたジョンミンが、犯人グループにいたぶられる姿が描かれる。何しろリーダーのチェ・ギワン(演じるのはミュージカル俳優のキム・ジェボム)が恐ろしい。いかにも冷酷なサイコで人を殺すことなど何とも思っていない男だ。その配下の者たちともども、ジョンミンを殴りつけ銃で脅す。

おまけに、前の事件で拉致されていた女性も監禁されているから、不用意に動けば彼女の命を危険にさらしてしまう。そういう絶望的な状況下で、ジョンミンがいかに脱出するかが前半の見どころ。

それと並行して描かれるのが身代金を手に入れるため、ジョンミンの家に行きカードを探すギワンの姿。そして、彼らを追う警察の捜査の様相も描かれる。

ギワンは、「午後10時までに戻らなかったら殺してしまえ!」と部下に命じている。つまり、脱出にはタイムリミットがあるのだ。この設定もドラマをいっそうスリリングにする。

犯人側にも誤算がある。ギワンはカード探しに手間取り、その過程でまたしても人を殺す。そうする間に警察の捜査の手が身近に迫ってくる。

中盤、ジョンミンは脱出に成功する。持ち前の演技力を駆使して、ソヨンとともに逃走する。そこからは森の中での壮絶な追走劇が展開する。

かたや犯人のギワンは、街の中で警察とド派手なカーチェイスを展開する。さらに爆破シーンなどもある。

終盤、再びジョンミンとソヨンは捕まる。だが、そこで犯人側の内部で内紛が起きる。それが凄まじい盛り上がりのクライマックスにつながっていく。それはジョンミンとジワンの1対1の肉体のバトルだ。

とにかく全編に渡ってスリリングなサスペンスである。絶体絶命のあわやの場面もたびたび登場する。二転三転する展開で、どうなるかまったく予想がつかない。

主人公のジョンミンは演技力を駆使して敵と対峙する。敵も彼が俳優であることを知っている。はたして彼の言動は演技なのか、それとも違うのか。観ているうちに観客は混乱してくる。そういう面白さもある映画だ。

犯人側のキャラもよく描かれている。その中にジョンミンのファンのちょっと間抜けな男がいる。この男がいろいろとジョンミンの出演作の話をする。ジョンミンも自身のキャリアについて面白おかしく語る場面があるなど、遊び心も満載の映画だ。

そして印象的なのが、ジョンミンがけっしてスーパーヒーローに描かれていないところ。ファン・ジョンミンといえば、アクションからシリアスなドラマまで様々な役を演じる俳優。そんな持ち味ゆえか、この映画のジョンミンは殴られ、蹴られ、銃を突きつけられ、何度も死にそうになる。

最後の最後にカッコいい姿が拝めるかと思えば、最後のバトルは生き残りをかけた必死の戦い。カッコいいというよりは、執念を感じさせるバトルである。それもまたこの映画の持ち味になっている。

ラストの後日談も面白い。事件から2年後に映画スタジオを訪れた彼の前に現れたのは……。そのときの凍り付いたジョンミンの表情が忘れられない。そして、エンディングに流れるのがイギー・ポップの「The Passenger」。これを流すセンスの良さもたまらない。

というわけで、エンタメ映画としてお楽しみの要素をギュウギュウ詰めにしたレベルの高いサスペンスだ。実在の俳優を主人公にしたことで、色々と遊び心も発揮されているが、ファン・ジョンミンのことを知らない人が観ても楽しめるだろう。

◆「人質 韓国トップスター誘拐事件」(HOSTAGE: MISSING CELEBRITY)
(2021年 韓国)(上映時間1時間34分)
監督・脚本:ピル・カムソン    
出演:ファン・ジョンミン、イ・ユミ、リュ・ギョンス、キム・ジェボム、チョン・ジェウォン、イ・ギュウォン、イ・ホジョン
*シネマート新宿ほかにて公開中
ホームページ https://hitoziti-movie.com/


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