映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「海辺の彼女たち」

「海辺の彼女たち」
2021年5月7日(金)ポレポレ東中野にて。午後2時30分より鑑賞(B-5)。

技能実習生の3人のベトナム人女性の過酷な日々

新型コロナによる緊急事態宣言で、東京の映画館はほとんどが休館。そんな中、営業している数少ない映画館がポレポレ東中野。「休館なんかしたら、とても持ちません!」というギリギリの経営状況ゆえ、やむなく営業しているのだろうから、ここは応援の意を込めて足を運ばねば、というのでさっそく出かけたのである。

鑑賞した映画は、日本・ベトナム合作映画「海辺の彼女たち」。日本・ミャンマー合作による初長編作「僕の帰る場所」が第30回東京国際映画祭「アジアの未来」部門グランプリを受賞した藤元明緒監督の長編第2作だ。昨年の東京国際映画祭で上映されたのだが、スケジュールが合わずに見逃してしまった。

技能実習生として来日したベトナム人若い女性3人の過酷な状況を描いたドラマだ。

映画はいきなり彼女たちの逃走シーンから始まる。フォン(ホアン・フォン)、アン(フィン・トゥエ・アン)、ニュー(クィン・ニュー)。1日16時間労働、土日も関係なし、給料は不当に天引きされる。そんな理不尽な扱いを受けた職場を、彼女たちは今この瞬間に逃げ出そうしているのだ。

夜の逃走劇をいわゆるドキュメンタリータッチで追う。暗闇でうごめく3人の姿を手持ちカメラがとらえる。尋常でない臨場感と緊張感がスクリーンを包む。

その後、彼女たちはブローカーの手引きで、ある雪深い漁村にたどり着く。パスポートと身分証を前の職場に置いてきた彼女たちは、これからは不法就労者ということになる。いつ摘発されるかわからない恐怖を抱えつつ、それでも故郷にいる家族のために働き始める。

そこからは微かな希望の光が彼女たちを照らす。新たな職場も過酷であるのには違いない。少しでも手を緩めれば厳しい叱責の声がかかるし、住居としてあてがわれた場所も満足できるものではなかった。それでも前の職場に比べればまだマシだった。3人は望郷の思いに涙する一方で、自分の将来の幸せを思い浮かべて、屈託のない笑顔を見せることもあった。

藤元監督は、そんな彼女たちの一挙手一投足を生き生きと映し出しだす。いたずらに感傷に走ることなく、徹底的にリアルな描写にこだわる。セリフを抑えた長回しの映像で3人の心の揺れや喪失感を表現していく。

やがてターニングポイントが訪れる。フォンが体調を崩したのである。アンとニューはフォンを病院に連れて行くが、保険証も身分証もない彼女は門前払いされてしまう。実はフォンにはある秘密があったのだ。そのことで、彼女は大きな選択を迫られる。

後半になると、さらにセリフが少なくなる。その代わり、研ぎ澄まされた映像が3人の女性たちの心情をリアルに切り取っていく。オーディションで選ばれたという3人の女優たちが、いずれも得がたい個性を発揮している。

特に圧巻なのが、フォンが雪の中を延々と歩くシーンである。自らの意思で偽の身分証を購入した彼女は、それを手にある場所へと向かう。職場からも仲間からも遠方の家族からも離れ、自らのために雪原の中をどこまでも歩く。雪を踏みしめる足音や凍てついた風景が重なって、その姿からは彼女の不安で孤独な心情が浮き彫りになる。このシーンだけでもこの映画を観る価値がある。

そして、束の間感じる命の尊さ……。

だが、次の瞬間、彼女は深い闇に引き戻される。ラストシーンの破格の緊張感。ひたすらスープをすすった後に決意したように薬を飲むフォン。先ほど「選択を迫られる」と書いたが、考えてみれば、最初から彼女に選択の余地などなかったのかもしれない。この日本で生きていくためには。

この映画は、殊更に声高な社会派映画のスタイルをとっていない。孤独と不安に苛まれながらも、必死で生き延びようとする女性たちの生き様を描くことに焦点を当てている。

そして、だからこそ日本の現状がクッキリと見えてくる。移民を拒絶しつつ、足りない労働力を技能実習生という奇妙な制度に依存する日本。どんなに過酷な状況でも、そこから外れることを許さず、人間としてまともに扱うこともしない。そんな日本の移民政策の無為無策に思いを馳せずにはいられない。

本作は、藤元監督がインターネットを通じて知り合った外国人技能実習生の女性が、過酷な労働の日々の末に行方知れずになったことから、「行方不明になった彼女の“その後”を追いたい」という気持ちで製作されたという。フォン、アン、ニューは特殊な人間ではない。彼女たちと同じような外国人が今も日本のあちらこちらにいるのだ。

その現実から目をそらしてはいけない。

 

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◆「海辺の彼女たち」(ALONG THE SEA)
(日本・ベトナム)(上映時間1時間22分)
監督・脚本・編集:藤元明緒
出演:ホアン・フォン、フィン・トゥエ・アン、クィン・ニュー
ポレポレ東中野ほかにて公開中
ホームページ http://www.umikano.com/


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「ひかりの歌」

「ひかりの歌」
2021年5月2日(日)ミニシアター・エイド基金「サンクス・シアター」にて鑑賞。

~4首の短歌をモチーフに4人の女性を静かに、優しく包み込む

本ブログでは基本的に劇場で観た映画のみ取り上げているのだが、なにせ緊急事態宣言でほとんどの映画館が休業中とあって、今回は例外的に配信にて鑑賞した作品を取り上げる。

といっても、動画配信サイトではなく、昨年行われたミニシアター・エイド基金クラウドファンディングで、一定額以上の寄付をした人を対象に無料で映画が鑑賞できる「サンクス・シアター」での鑑賞。このサイトも6月3日で閉鎖になるため、追い込みで鑑賞した次第。

鑑賞したのは、2019年公開の日本映画「ひかりの歌」である。杉田協士監督が、歌人枡野浩一とともに映画化を前提に開催した「光」をテーマにした短歌コンテストで、1200首の応募作の中から選ばれた4首の短歌をベースに、4章構成の長編作品として映画化した。

その4首とは
「反対になった電池が光らない理由だなんて思えなかった」
「自販機の光にふらふら歩み寄り ごめんなさいってつぶやいていた」
「始発待つ光のなかでピーナツは未来の車みたいなかたち」
「100円の傘を通してこの街の看板すべてぼんやり光る」
というもの。

それぞれが1章から4章のモチーフに使われているが、設定やストーリーは杉田監督のオリジナルなのだろう

第1章は高校で美術の臨時講師をしている詩織の物語。彼女は同僚の男性教諭から恋の相談をされる。一方、男子生徒からは「好きだ」と告白をされるのだが……。

第2章はガソリンスタンドでアルバイトをする今日子の物語。バイト先のガソリンスタンドが閉店することになり、思いを寄せる同僚が故郷に帰ることになる。一方、バンド活動をする年上男性からは愛の告白をされるのだが……。

第3章はバンドでボーカルとして活動する雪子の物語。彼女は北海道に向かい、他界した父が撮影した写真を引き取りに写真館へ出かける……。

第4章は写真館で働く幸子の物語。長い年月行方不明だった彼女の夫が、ある日突然戻ってくる……。

短歌は余白の文学だと思う。短い言葉の中に、とてもすべての思いを込められるわけではない。その分、余白の中に多くの思いが込められている。それを感じ取るのが短歌の面白さではないか。

だとすれば、いかにも短歌をテーマにした映画らしい作品といえる。セリフはけっして多くない。セリフ以外の部分に多くの思いが込められている。ヒロインたちの表情やしぐさが多くのことを物語る。それを繊細にすくい取っていく。

第1章の詩織は恋する気持ちを持ちながら、それを素直に表現することができない。逆に予想もしない教え子からの告白を受ける。

第2章の今日子も、本当に好きなバイト先の男の子に思いが告げられない。そのくせいつも公園にいる年上男性には、軽口を叩いている。

第3章の雪子は亡き父の撮影した写真を手にして、そこに写し出された土地を巡り、父の人生に思いを馳せる。

第4章の幸子は突然帰還した夫に対して、本当なら怒るはずなのにどうしても怒る気持ちになれない。

そんな彼女たちの戸惑い、混乱、悲しみ、苦しみなどが手に取るように描写される。

劇的なことは何も起こらない。描かれるのはごくありきたりの日常だ。だが、そこにハッとするような瞬間がある。詩織が教え子に自分をスケッチさせるシーン、かかってきた電話に涙するシーン、今日子が好きな子にささやかなハグをする場面、ひたすら道を疾走するシーン、幸子が夫と抱き合うシーン。それらの一瞬一瞬が詩であり、短歌である。

そのタッチはけっして暗くない。それぞれに孤独を生きる(あるいは生きてきた)4人の主人公の女性を、静かに、優しく包み込む。「ひかりの歌」というタイトルのように、ささやかな光が彼女たちを照らす。

4人のヒロインを演じた北村美岬、伊東茄那、笠島智、並木愛枝がいずれも好演。余白を生かした演技が印象的だ。特に4章は、下手をすりゃしょうもない夫を許すダメ奥さんという話にもなりそうなのに、そうならないのは並木愛枝の演技の力が大きい。

ちなみに、この映画に登場する店はどれも素敵だ。詩織や雪子が出入りする料理店、幸子の実家の食堂や近所の古書店など。そして、音楽も重要なアイテムとして使われる。雪子がボーカルを務めるバンドや、今日子を好きな男性のユニークなバンドの演奏風景などが映される。

そのあたりも含めて、よくできた映画だと思う。観終わって愛しさがこみあげてきた。

◆「ひかりの歌」
(2017年 日本)(上映時間2時間33分)
監督・脚本:杉田協士
出演:北村美岬、伊東茄那、笠島智、並木愛枝、廣末哲万、日高啓介、金子岳憲松本勝、リャオ・プェイティン、西田夏奈子、渡辺拓真、深井順子、佐藤克明、橋口義大、柚木政則、柚木澄江、中静将也、白木浩介、島村吉典、鎌滝和孝、鎌滝富士子、内門侑也、木村朋哉、菊池有希、小島歩美、岡本陽介、
ホームページ http://hikarinouta.jp/


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「グランパ・ウォーズ おじいちゃんと僕の宣戦布告」

「グランパ・ウォーズ おじいちゃんと僕の宣戦布告」
2021年4月23日(金)TOHOシネマズシャンテにて。午後12時5分より鑑賞(スクリーン1/E-9)

~エグイけど笑っちゃう、おじいちゃんと孫のガチな戦争

東京は緊急事態宣言で、映画館の休業要請が出たとのこと。何の科学的根拠があって、そんなことをするのか。映画館でクラスターは発生していないぞ!小池百合子の頭の中はどうなっているのか。ろくな補償もなしに休めと言われても、小さな映画館はたまったものではないだろうが。

そんな怒りとは裏腹に、本日取り上げる映画は痛快コメディーである。ロバート・K・スミスの児童文学『ぼくはおじいちゃんと戦争した』(旧題『おじいちゃんとの戦争』)を「ガーフィールド2」「アルビン/歌うシマリス3兄弟」のティム・ヒル監督が映画化した。

そして主演はロバート・デ・ニーロだ。今年78歳になるデ・ニーロ。相変わらず元気な姿を見せてくれるのは、ファンならずともうれしいところ。

そのデ・ニーロの役どころは妻に先立たれたエド。セルフレジが導入されたスーパーで騒ぎを起こしたことから、娘の一家と同居することになる。そこには、娘サリー(ユマ・サーマン)とその夫アーサー(ロブ・グリル)、そして長女、次女、長男ピーター(オークスフェグリー)がいた。

孫のピーターは初めはおじいちゃんと暮らせることを喜んでいたが、自分の部屋がエドのものになり、自分は屋根裏部屋で暮らさなければいけないことを知り態度を急変。エドに手紙を書いて宣戦布告し、エドが部屋を明け渡すようにあの手この手で攻撃をしかける。

子供の宣戦布告だとバカにしてはいけない。これがなかなか過激で執拗な攻撃なのだ。「そこまでするか?」と驚かされることもしばしば。

それに応戦するエドだが、妻に先立たれたうらぶれた老人などと思ってはいけない。こちらも戦闘意欲に満ちあふれ、ドローンなどの最新機器を駆使して、ピーターの攻撃に堂々と応戦するのだ。

両者の攻防は基本的に家の中でのイタズラ合戦なのだが、予想もしない作戦が次々に飛び出す。その攻防の面白さでつい見入ってしまう。

祖父と孫の微笑ましい光景とは無縁。お互いに腹を探り合い、その真意はどこにあるのか考えながら相手を出し抜く。これはもう立派な戦争である。

とはいえ、そこはさすがに12歳の少年。完全な悪役にはなり切れない。おまけに、ピーターを演じるオークスフェグリーが可愛らしい顔をしているから、度が過ぎたイタズラも中和されるわけ。かたやデ・ニーロもお茶目な演技を見せているので、ひたすら楽しく笑えてしまうのだ。

この戦争、家族たちは何も知らない。そのため、2人の暴走が時として的外れの方向に走り、家族を戸惑わせる。それもまた笑いのネタとなる。

夫婦役のユマ・サーマンとロブ・グリルもいい味を出している。ユマ・サーマンは明るくひょうきんな母親なのに、なぜか娘のボーイフレンドを目の敵にするあたりは、かつての「キル・ビル」を彷彿させて面白い。

ついでに言えば、ピーターの姉はやたらに色気づいてボーイフレンドを家に引っ張り込むし、妹のほうは大好きなおじいちゃんのエドにベッタリ。その2人もドラマを盛り上げる。

さて、エスカレートする戦争を終わらせるため、エドとピーターはドッヂボール対決をする。そこでエドとチームを組むのが悪友ジェリー(クリストファー・ウォーケン)、ダニー(チーチ・マリン)、そしてダイアン(ジェーン・シーモア)である。

ちなみに、クリストファー・ウォーケンがデ・ニーロと共演するのは「ディア・ハンター」以来らしい。ロシアン・ルーレットが懐かしいぜ。

そして、ジェーン・シーモアはかつてのボンドガール。日本ではNHKが放送したTVシリーズ「ドクター・クイン/大西部の女医物語」の主役としても大活躍した。こちらも懐かしすぎるよなぁ。

彼らが子ども相手に本気でぶつかるドッヂボール対決は、迫力満点。体力的には厳しいものの、そこは頭を使いつつ応戦する。この高齢者軍団は、その他の場面でも大活躍する。元気印で輝く高齢者たちを観ているだけで、こちらも元気になってくる。

なかなか戦争終結には至らない中、ピーターの妹の誕生パーティーの日がやって来る。大規模な飾りつけをして大勢の招待客を呼ぶ豪華パーティーである。さすがにここは休戦協定を結ぶエドとピーター。だが、事態は思わぬ方向に向かう……。

最後の最後まで元気なエド。ラストシーンのピーターは、その元気さに圧倒されたかのような表情。やっぱり勝負はおじいちゃんの勝ちか!?

孫は可愛いもの、おじいちゃんは孫を可愛がるもの、という常識をひっくり返して、楽しいコメディーに仕上げている。驚くようなところは何もないが、安心して見られる映画である。

しかも、ふざけているばかりではない。終盤では戦争の愚かさを説いて、反戦の意思を軽く示してみせたりもする。

まあ、何よりも、デ・ニーロはじめ全キャストが、生き生きと楽しそうに演じているのがいい。エンドロールのNG集がそれを象徴している。

 

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◆「グランパ・ウォーズ おじいちゃんと僕の宣戦布告」(THE WAR WITH GRANDPA)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間34分)
監督:ティム・ヒル
出演:ロバート・デ・ニーロオークスフェグリー、クリストファー・ウォーケンユマ・サーマン、ロブ・リグル、ジェーン・シーモアチーチ・マリン
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ https://grandpa-wars.jp/

「街の上で」

「街の上で」
2021年4月15日(木)新宿シネマカリテにて。午後2時5分より鑑賞(スクリーン2/A-5)

~下北沢を舞台にした群像劇。会話の面白さが光る

2018年の「愛がなんだ」でブレイクした今泉力哉監督。彼の作品を初めて観たのは、東京国際映画祭で上映された「サッドティー」(2013年)だった。他愛もない恋愛群像劇なのだが、ごく普通の日常会話が抜群に面白くて、とても印象に残っている。

その今泉監督が漫画家の大橋裕之を共同脚本に迎えて撮ったのが、「街の上で」という映画だ。本来なら去年の5月に公開される予定だったという。この間、撮影時はそれほど知名度もなかった主要キャストが、今ではかなりの活躍を見せているところに、今泉監督のキャスティング眼の確かさを感じさせる。

下北沢の古着屋で働く青年・荒川青(若葉竜也)と、彼の周辺の4人の女性たちの恋愛事情を描いた群像劇だ。

青は初めてできた彼女の雪(穂志もえか)が浮気をして、一方的に振られてしまう。だが、今でも彼女に未練があり、よりを戻したいと思っている。

古書店員の冬子(古川琴音)は、青が元ミュージシャンだと聞きつけて真相を問いただすが、その流れで死んだ店主と不倫をしていたことを暴露される。

美大生の町子(萩原みのり)は卒業制作の映画の監督をすることになり、青に出演を依頼する。

その映画の衣装係のイハ(中田青渚)は、撮影が終わった夜に青を自宅へ招き、夜通し恋バナを語り合う。

とりたてて大きなことは起こらない。だが、そこで交わされるごく普通の会話が抜群に面白い。相手の言葉尻を上手くとらえたり、理屈にならない理屈を言ったり。ああ言えばこう言うで、次々に会話の花が咲く。「サッドティー」の頃の会話の面白さに、さらに磨きがかかっている。全編に渡って、クスクスと笑いっぱなしだった。

そこから恋愛の機微も伝わってくる。ひどく面倒なようでいて、一歩引いてみれば実にバカバカしかったりする。滑稽だけれど真面目でもある。そんな恋愛の微妙な側面が、日常生活の中でごく自然に描かれる。

そして、本作は下北沢という街のドラマでもある。古着屋、古書店、バー、カフェ、劇場、ライブハウスなど、実在の場所がそのまま登場する。それらを背景に登場人物の会話にも、ファッション、音楽、文学、映画などのカルチャーが織り込まれる。

残念ながら、当方は知人の芝居を観に劇場に出かけたことがある程度で、あまりなじみがないのだが、下北沢の街を熟知している人にとっては感慨深いものがあるに違いない。

長回しのシーンが多いのも特徴的だ。特に青とイハが恋バナや恋愛論、友達論を語り合うシーンの10分近い長回しは圧巻。それ以外のシーンもあまりカットを割らず、どちらかというと演劇的なタッチで撮影している。

主要な人物以外にも、青が出入りするバーの常連客や、姪っ子が舞台女優だというおかしな警官などユニークな人々が登場して、そこはかとない笑いを生み出している。

終盤では、意外な出来事が起こる。映画で青は緊張のあまりまともな芝居ができずに、出演シーンがカットになってしまうのだが、その映画にはなぜか朝ドラ俳優(成田凌)が出演していた。

そんなこんなで、イハの家に泊まった青が翌朝、路上を歩いていると意外な人物に鉢合わせして……。

詳しくは言わないが、こんがらがった恋愛模様を描くのがうまい今泉監督らしい名シーンで爆笑必至の場面だ。そしてラストはほっこりできる。

若葉竜也、穂志もえか、古川琴音、萩原みのり、中田青渚の主要キャストは、それぞれの個性を発揮している。いずれも実に魅力的に映し出される。特に中田青渚の小悪魔ぶりが最高だ。

最近の作品の中では、最も今泉監督らしさが発揮された作品だと思う。特に会話の面白さが光る。恋愛も含めて、何気ない日常を描かせたらピカイチの監督である。

 

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◆「街の上で」
(2019年 日本)(上映時間2時間10分)
監督:今泉力哉
出演:若葉竜也、穂志もえか、古川琴音、萩原みのり、中田青渚、村上由規乃、遠藤雄斗、上のしおり、カレン、柴崎佳佑、マヒトゥ・ザ・ピーポー、左近洋一郎、小竹原晋、廣瀬祐樹、芹澤興人、春原愛良、未羽、前原瑞樹、西邑匡弘、タカハシシンノスケ、倉悠貴、岡田和也、中尾有伽、五頭岳夫、渡辺紘文、成田凌
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ https://machinouede.com/

「21ブリッジ」

「21ブリッジ」
2021年4月13日(火)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時40分より鑑賞(スクリーン3/D-16)

チャドウィック・ボーズマン最後の主演作は緊迫感漂うアクション映画

先日某役所に出向いたら、偶然にも同姓同名(しかも字まで一緒)の人と鉢合わせして、「こんな奇遇があるのか・・・」とお互いに驚いたのだが、向こうはどうも役所にクレームを言いに来たらしいので、それ以上関わるのはやめにしておいた。

でもって、翌日は「21ブリッジ」を観に行ったのだが、いくら平日の午後とはいえ400人近いキャパの劇場に観客が5人! 感染防止的には非常に好ましい状況だが、大丈夫なのか? 配給会社。なんたって、2020年8月に43歳の若さでこの世を去った「ブラックパンサー」のチャドウィック・ボーズマン最後の主演作だぞ。

いや、しかし、映画はなかなかの出来なのだった。

ニューヨークで深夜に大量のコカインを奪った2人の男が、突入してきた警察官8人を射殺する事件が発生する。ニューヨーク市警殺人課の刑事アンドレデイビスチャドウィック・ボーズマン)は麻薬捜査官のフランキー・バーンズ(シエナ・ミラー)とコンビを組み、マンハッタン島に架かる21の橋全てを封鎖するなど島を完全封鎖して犯人を追跡するのだが……。

冒頭に描かれるのは幼い頃のアンドレのエピソード。刑事だった父が犯人に殺されて殉職し、その葬儀が開かれていたのだ。その一件が彼の心に影響を与えたのか、長じて刑事になった彼は多くの犯人を殺害して、調査の対象となってしまう。

ただし、このエピソードが効果的に使われているとはいいがたい。アンドレの不正を許さない正義感、麻薬に対する怒りなどは朧気ながら伝わってくるものの、それと今回の事件との結びつきが弱いのだ。彼の人間ドラマにもなり得ていない。

だが、しかし、事件が起きればとびっきりのスリリングさが待ち受けている。何しろ犯人を追い詰めるために、タイトルにある21の橋をはじめ、マンハッタン島全域を完全封鎖してしまうのだ。前代未聞の作戦である。しかも、そこに介入してきたFBIが「午前5時までに犯人を捕まえなければ、こちらが捜査を引き継ぐ」とタイムリミットを設定してきたのだ。

そんなスリリングな設定をフルに生かして、演出も映像も異様な緊迫感を醸し出す。夜のマンハッタンのまばゆいネオンと路地裏の暗さ。その中で繰り広げられる銃撃戦、カーチェイス、そして地下鉄での虚々実々の駆け引き。どれをとっても一級品だ。監督のブライアン・カークは「ゲーム・オブ・スローンズ」などテレビドラマを中心に手がけてきたが、映画でもツボを心得た演出を見せる。

このドラマの大きなポイントは、2人組の強盗犯マイケルとレイにとって、想定外のことが相次ぐことだ。まず最初に彼らがブルックリンの店に押し入ると、そこには話に聞いていた量をはるかに上回るコカインが隠されていた。しかも、その直後になぜか警官隊が突入して、激しい銃撃戦になる。その後も、彼らが麻薬取引やマネーロンダリングに動くたびに、奇怪な出来事が彼らを襲う。いったいこの事件の背後には何があるのか?

でも、まあ、だいたい先の予想はついてしまうのである。「だいたいこうなんじゃないの」と思うとおりに話が進む。予想はついてしまうのだが、それでも緊迫感が途切れない。斬新なストーリー展開で興味を引くのではなく、ありがちな展開なのに飽きさせない。ある意味、これは相当にハイレベルな職人芸である。

犯人の一人レイは早いうちに殺されてしまう。だが、その後も手に汗握る展開が続く。もう一人の犯人のマイケルは謎のUSBを手に逃走を続ける。

そして訪れるクライマックス。銃を構え合ったアンドレとマイケルの対決だ。地下鉄の車内で必死にマイケルの説得を試みるアンドレ。両者のギリギリの心理状態が手に取るように伝わってくる。そして、訪れる意外な結末。

ちなみに、その前にもフランキーを盾にしたマイケルとアンドレが対峙するシーンがあるが、こちらもかなりのハラハラドキドキ度である。

事件はついに午前5時を前にして解決を見る。だが、アンドレにとってそれは終わりを意味しなかった。彼にはどうしても暴かねばならない真実があったのだ。

というわけで、最後の最後までスリリングな場面が続く。「あわや」の場面の連続で時間があっという間に過ぎ去ってしまった。

そこでクセモノぶりを発揮しているのが、J・K・シモンズである。まあ、詳しいことを言うとネタバレになるから言わないが、「パーム・スプリングス」でボーガンを撃っていたオヤジと同一人物にはとても見えない。

主人公の相棒役のシエナ・ミラーも、どこか得体の知れなさを漂わせる演技で魅力的。

とはいえ、本作に関してはやはりチャドウィック・ボーズマンだろう。全身から発せられる存在感に圧倒される。迫力満点のその演技を観ているうちに、つくづく惜しい人をなくしたと実感したのである。合掌。

 

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◆「21ブリッジ」(21 BRIDGES)
(2019年 中国・アメリカ)(上映時間1時間39分)
監督:ブライアン・カー
出演:チャドウィック・ボーズマンシエナ・ミラー、ステファン・ジェームズ、キース・デヴィッドテイラー・キッチュ、J・K・シモンズ
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://21bridges.jp/

「パーム・スプリングス」

「パーム・スプリングス」
2021年4月9日(金)新宿ピカデリーにて。午後1時20分より鑑賞(シアター1/I-21)

~ちょっぴり変わったリゾート地のラブコメはタイムループもの

レギュラー仕事が終わって暇になったのだ。代わりの仕事が見つかるまで当面は暇なのだ。このままずっと暇だったらどうするんだ?という危惧もないわけではないが、とりあえずこんな時にはおバカな映画でも観るに限るぜ。何の脈絡もないけれど。

「パーム・スプリングス」はおバカなラブコメだ。しかも、タイムループもののラブコメだ。タイムループとは、登場人物が過去に舞い戻って、何度も同じ時間を生きるという設定。SFの定番の一つである。有名な作品に1993年のビル・マーレイ主演の「恋はデジャ・ブ」などがある。

砂漠のリゾート地、パーム・スプリングスで行われた妹の結婚式に参加したサラ(クリスティン・ミリオティ)は、そこで知り合った風変わりな青年ナイルズ(アンディ・サムバーグ)と意気投合する。すると突然、ナイルズは謎の老人に襲撃され、ボーガンの矢で肩を射抜かれる。逃げ出したナイルズを追って洞窟に入ったサラは謎の光に包まれる。サラが目覚めると、結婚式当日の朝に戻っていた。困惑するサラがナイルズを問いただすと、彼はすでにずっと前からタイムループを繰り返しているという……。

ありきたりのタイムループものなれど、太陽がさんさんと降り注ぐリゾート地での出来事ゆえに、なんだか緩いムードが全編に漂う。最初から下ネタも全開だ。アホな登場人物がアホな言動で笑いを取る。

イムループものなので、結婚式当日が何度も繰り返されるのだが、毎回それが微妙に違っている。何しろナイルズもサラも、それがタイムループであることを知っているのだ。

その中で、いろいろなことが明らかになってくる。ナイルズとサラが初めてセックスしたと思ったら、実は何千回もやっていたとか、サラが妹の新郎と関係を持っていたとか。巧妙に仕組まれた伏線が、観るたびに新しい発見をもたらす。

ナイルズは典型的なお調子者だ。彼はタイムループにハマっているが、そこから抜け出せないと諦めている。それならば、永遠に続く他人の結婚式の一日を適当に楽しく過ごそうと決めている。

そこに同じくサラがタイムループにハマる。こちらは心にトラウマを抱え、問題行動ばかり取っている女性だ。彼女は最初はループから抜け出そうとするが、何度やっても抜け出せない。そこで、ナイルズに感化されて「どっちみち抜け出せないのなら」とハチャメチャをやるようになるのだが、目覚めるとすべてがリセットされている。こうして本来なら絶望的状況であるはずのタイムループを、楽しんでしまうのがこの映画の面白いところ。

そして、もう1人タイムループにハマっているのがロイ(J・K・シモンズ)という謎の老人。彼はナイルズのことを恨んでいて、不定期に襲撃に来るのだという。

そのロイをサラがダマして車でぺしゃんこにし、続いて自らも車に引かれるという破天荒な場面もある。だが、もちろんいくらやっても大丈夫。目が覚めれば元通りにリセットされているのだ。

ナイルズとサラは、タイムループの世界で2人で過ごすうちに、次第に打ち解け幸福を感じるようになる。このままここにとどまれば幸せは続くのだ。

ところが、ある時、サラは忽然と姿を消す。いったい彼女はどこに行ったのか……。

終盤は、タイムループからの脱出を図るサラの突破力が際立つ。恋を犠牲にしてでも、この世界から抜け出そうと決意したその凛々しさが光る。一方のナイルズはそれに右往左往するばかりだ。生ぬるいけれど心地よいこの世界に留まりたいという思いが消えない。

まあ、この手の映画の定番パターンで、最後はハッピーエンドになるのだが、いかにもラブコメらしいエンディングで観客を楽しませてくれる。

2人のロマンスにそれほど深みがあるわけでもない。途中でややズルズルの展開になったりもする。それでも心に問題を抱えていた女性が、タイムループを経験して成長するという成長譚の視点で見ると、それなりのドラマになっているのではないか。

主演のアンディ・サムバーグとクリスティン・ミリオティの演技も、なかなかの演技だった。特にミリオティは今後活躍するかもしれない。J・K・シモンズもタイムループの世界に住む悲哀を見せるなど、相変わらずいい味を出している。

 

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◆「パーム・スプリングス」(PALM SPRINGS
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間30分)
監督:マックス・バーバコウ
出演:アンディ・サムバーグ、クリスティン・ミリオティ、ピーター・ギャラガー、J・K・シモンズ、メレディス・ハグナー、カミラ・メンデス、タイラー・ホークリン
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ http://palm-springs-movie.com/

 

「ブータン 山の教室」

ブータン 山の教室」
2021年4月7日(水)岩波ホールにて。午後1時より鑑賞(自由席)

~村の大自然と人々のたたずまいが若き教師を変える

ブータン 山の教室」は、その名の通りブータン映画である。東京国際映画祭でいろんな国の映画を鑑賞しているが、おそらくブータン映画はまだ観たことがなかったと思う。

ブータンといえば、GDPやGNPではなく、GNH(Gross National Happiness・国民総幸福量)を重視する国だ。つまり、国の豊かさを幸福の度合いで測るのだ。それゆえ「世界一幸せな国」とも呼ばれるが、この映画を観るとそう単純な話でもないことがわかる。

若い教師のウゲン(シェラップ・ドルジ)は、自分が教師に向いていないと判断し、オーストラリアに移住してミュージシャンになることを考えている。そんな中、当局から呼び出され、ブータンで最も僻地にある村ルナナの学校へ赴任するように命じられる。バスの終点から徒歩で山を登り、1週間かけて到着するのだが……。

「世界一幸せな国」のブータンだから、全国どこでも同じような暮らしをしているかと思いきや、実はそうではなかった。ウゲンが住む首都ティンプーはかなり発達した街で、若者はクラブに繰り出し、流行の音楽を聴く。

その一方で、彼が赴任させられた標高4,800メートルの高地にあるルナナの村は、人口56人。電気も通じず(不安定なソーラー発電のみ)、トイレットペーパーもなく、まさに秘境の村なのである。

そんな場所への赴任を命じられたウゲンだが、そこに行くまでが大変な道のりなのだ。バスは途中までしか出ておらず、そこで待っていた村長代理の男たちとともに、残りの道は1週間をかけて徒歩で行くのである。

「川沿いの道を行くからすぐに下りになる」という甘い言葉に乗せられて、延々と続く上り坂を歩かされるウゲン。何しろ元々嫌々出かけるのだから、心が弾むわけがない。途中で宿泊させてもらう家はひどくみすぼらしく、その後はテントに宿泊するハメになる。

ようやく村にたどり着いた時には、完全にやる気を失ってしまう。文明とはほど遠い生活を目の当たりにして、着いた早々に「やっぱり無理!」とギブアップ宣言してしまうのだ。仕方なく、村長たちはとんぼ返りすることを承諾する。

ただし、荷物運びのヤクの疲労回復のため、数日は待たねばならないという。ヤクはこの村の人々にとって重要な存在だ。

そんな中、村の子どもたちがウゲンを呼びに来る。授業をして欲しいという。彼らにとって「先生は未来に触れることができる」存在なのだ。

それにしても、この子供たち、反則級の可愛さですがな。笑顔が素敵すぎ。おまけに純朴だし。前の先生に習ったらしい片言の英語で話すところなんて、もうたまりません。特にクラス委員のペム・ザムという子の可愛さは、奇跡的ですらある。何とまあ、この子たちは本物の地元の子らしい。純朴なのも当然か。

そりゃあ、ウゲンならずとも「ここに残る!」と心変わりするのも道理だろう。

学校には黒板も紙もない。それでもウゲンは、村の人に頼んで黒板を手作りしてもらったり、防寒のために貼っておいた紙を使うなど工夫をして授業を続ける。そうやって、子どもたちと触れ合ううちに少しずつ彼の心が変化してくる。

同時にウゲンは、村で一番歌が上手い娘セデュから「ヤクに捧げる歌」を教えてもらう。さらに、ウゲンはセデュから本物のヤクをプレゼントされ、そのヤクを教室で飼うことになる。彼女との心の通い合いも、ウゲンの心に大きな影響を与える。

そして、忘れてはならないのが自然の風景である。何という美しさ、雄大さだろう。心が洗われるとはこのことだ。そんな自然の風景と、人々のたたずまいが相まって、実に穏やかでのどかな情感を与えている。

ちなみに、村人の中には酒ばかり飲んで全く仕事をしない者もいたりする。そのあたりも、ブータンの様々な面をありのままに観客に提示しようというパオ・チョニン・ドルジ監督の思いが感じられる。

ヤクの糞拾い(燃料にする)も板について、すっかり村の生活に溶け込んだウゲン。だが、冬が近づく中、決断を迫られる。

赴任の約束の期限は冬の前まで。村人や子供たちは春になったらまた来て欲しいと言う。彼らの期待に応えるのか。それとも海外で自らの夢にチャレンジするのか。ウゲンが出した結論は……。

ラストシーンはちょっぴりほろ苦い。そして、セデュから習った歌が心に染みる。ウゲンのその後が気になったりするのである。

信じられないことだが、子供たち以外の主要キャストも、ほとんどが演技初体験とのこと。主演のシェラップ・ドルジは元々歌手だそうだ。そんな初々しさもこの映画にぴったりだった。

話自体はありがちだが、ブータンの自然と人々のたたずまいが得がたい魅力を生み出している。そして、本当の幸せとは何かを問いかけてくる。なかなかに深い映画である。

 

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◆「ブータン 山の教室」(LUNANA: A YAK IN THE CLASSROOM)
(2019年 ブータン)(上映時間1時間50分)
監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム
岩波ホールほかにて公開中
ホームページ http://bhutanclassroom.com/