「12日の殺人」
2024年3月29日(金)新宿武蔵野館にて。午後2時10分より鑑賞(スクリーン2/C-8)
~迷走する殺人事件の犯人探し。刑事たちの人間ドラマに妙味アリ
ドミニク・モル監督の「悪なき殺人」(2021年)は、ある失踪事件を軸にした5人の男女の物語でなかなか面白かった。そのモル監督の新作が「12日の殺人」だ。
2016年10月12日の夜。21歳の女性クララが、何者かにガソリンをかけられ、生きたまま焼き殺される。さっそく捜査が開始され、殺人課の班長に昇進したばかりのヨアン(バスティアン・ブイヨン)率いるチームが捜査を開始する。ヨアンとベテラン刑事マルソー(ブーリ・ランネール)は聞き込みをするが、その中でクララが複数の男性と関係を持っていたことが明らかになり、相手の男たちが次々に捜査線上に浮上してくる。だが、決定的な証拠はなく、犯人逮捕に至らないまま時間だけが過ぎていく……。
この映画は実際に起きた未解決事件がもとになっている。映画の冒頭でその旨が告げられる。つまり、犯人は見つからないのだ。だから、犯人探しにはあまり期待しないほうが良いだろう。
とはいえ、それなりにミステリー的な魅力もある。ヨアンたち刑事が殺されたクララの交友関係を洗ううちに、様々な怪しい男たちが疑惑の俎上に上る。だが、決定的な証拠は出てこない。刑事たちはどんどん混乱の渦に巻き込まれていく。その経緯を緊迫感たっぷりに描き出す。
しかし、それ以上に重点を置いて描かれるのが刑事たちの人間模様だ。未解決事件を捜査する刑事たちを描いたドラマには「ゾディアック」(2007年)、「殺人の追憶」(2003年)などがあるが、いずれも犯人探し以上に人間ドラマに妙味がある。
本作の冒頭では刑事のヨアンが公道ではなく、トラックを周回しながら自転車を走らせるシーンが映る。彼はストイックで、何もかもキッチリしないと済まない性格だ。
続いて映るのは殺人課の班長が定年で退職するのを、みんなでお祝いするシーン。ヨアンは彼から班長を引き継ぐ。その晴れやかで明るいシーンが、その後の捜査の混乱ぶりと鮮やかなコントラストを成す。
捜査が進むにつれて刑事たちの心理も露わになる。特に、ベテラン刑事のマルソーは妻が不倫をして、離婚を突きつけられている。その苦悩が捜査にも影を落とす。家に帰れないマルソーをヨアンは自宅に泊めるが、そこで両者の性格の違いが明らかになる。
捜査は何度もゴールに近づくが、そのたびに振出しに戻る。ヨアンの焦燥感はどんどん高まっていく。
それ以上に焦り、イラついていたのがマルソーだ。彼は私生活のトラブルも相まって、ついにブチ切れて独断でとんでもない行動に出る。それをヨアンは必死で押しとどめる。
もう一つ、この映画で注目すべきことがある。ジェンダーの問題だ。捜査にあたるチームは全員が男で、配属された新人刑事がからかいの対象にされるなど体育会的な体質を持つ。そんな男優位の状況は捜査の局面でも顔をのぞかせる。
映画の中盤で、クララの友人が刑事たちに何度もクララの男関係を尋ねられて、「彼女は女だから殺されたのだ!」と反論する場面がある。犯人を突き止めるためとはいえ、クララの男性関係が容赦なく暴かれることに異議申し立てをするのだ。
そしてもう一人、男社会に疑問をさしはさむ女性が出現する。クララの事件は犯人が捕まらないまま、予算の関係もあって捜査が打ち切りになってしまう。しかし、その3年後、新任の女性判事が再捜査を命じて再び動き出す。
再捜査にあたるのはもちろんヨアンたちだが、そのチームにはすでにマルソーはいない。代わりに女性刑事がチームに加わっていた。その彼女は捜査の途中でズバリと言う。「警察組織は男社会だ。犯人も男。そしてそれを捕まえるのも男だ」と。これぞまさに今の社会のカタチを的確に言い表した言葉ではないか。本作はジェンダー的視点を持った現代社会を投影した映画だと言える。
その3年後のドラマには、犯人探し的な盛り上げもある。クララの墓に仕込まれたカメラにある男が映っていたのだ。こいつが犯人なのか!?
そして、最後はヨアンがトラックではなく、公道に初めて自転車を漕ぎだす。それは彼が新たな人生を踏み出そうとしていることに加え、これからの社会もまた新たな展開を見せることに期待しているともとれる場面だ。
犯人探しの妙味はイマイチだが、刑事たちの人間ドラマには見どころがある。背景に男社会の弊害を描いた点も見逃せない。フランスのアカデミー賞と言われるセザール賞で、最優秀作品賞をはじめ6冠を受賞したのも納得。
◆「12日の殺人」(LA NUIT DU 12)
(2022年 フランス)(上映時間2時間1分)
監督:ドミニク・モル
出演:バスティアン・ブイヨン、ブーリ・ランネール、テオ・ショルビ、ジョアン・ディオネ、チボー・エヴラール、ポーリーヌ・セリエーズ、ルーラ・コットン=フラピエ、ピエール・ロタン、アヌーク・グランベール、ムーナ・スアレム
*新宿武蔵野館ほかにて公開中
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