「オッペンハイマー」
2024年4月2日(火)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時35分より鑑賞(スクリーン8/I-20)
~天才物理学者の苦悩と葛藤の日々。映像の力に圧倒される
第96回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィー)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門を受賞した映画「オッペンハイマー」。これは観ないわけにはいかないだろう。というので行ってきたのだ。
原爆を開発した科学者の伝記映画だ。舞台は1920年代から50年代。アメリカは第二次世界大戦中、ナチス・ドイツに先駆けて原子爆弾を開発することを目標に極秘プロジェクト「マンハッタン計画」を始動させた。そのリーダーには、天才物理学者ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)が任命される。彼はニューメキシコ州のロスアラモス研究所で原爆開発を進め、ついに世界初の核実験を成功させる。その後、広島・長崎に原爆が投下されオッペンハイマーは英雄となるが、戦後は核開発に反対して共産主義者と決めつけられて失脚する……。
本作は、日本の配給会社がなかなか決まらず公開が危ぶまれていた。配給会社が躊躇するのもわかる。原爆実験の成功を歓喜する人々の熱狂ぶりを見た時に、その後の広島・長崎の惨状を想起して背筋が寒くなった。
原爆投下後にオッペンハイマーらが被爆地の映像を見る場面があるが、その惨状は映さない。オッペンハイマーが、ただ目を背けてうつむく様子を見せるだけなのだ。アカデミー受賞式後に、「ゴジラ-1.0」の山崎貴監督が、「日本人として『オッペンハイマー』に対するアンサーの映画を作らなきゃいけないんじゃないか」と言ったのもよくわかる。
ただ、それでもこの映画を観ることができて良かったと思う。アメリカの世論や映画界の限界があったとしても、核の恐ろしさは十分に伝わってくる映画だった。「原爆投下のおかげで多くの命が救われた」というアメリカの常識(?)に対しても、けっして肯定的な描き方はしていない。現代の世界が直面する、核による平和がいかに危険で危ういものかを実感させるつくりだった。
それより何より、オッペンハイマーの人間ドラマとして見応え十分の映画だった。彼の複雑な側面をしっかりとスクリーンに刻み付けていた。
全体の構成は、時制を行き来しながらドラマを構築するクリストファー・ノーラン監督お得意の手法による。そこではカラーとモノクロが巧みに使い分けられている。
その軸になるのは2つの公聴会での会話劇だ。オッペンハイマーが共産主義者の嫌疑をかけられた、いわゆる「赤狩り」の公聴会。そして、アメリカ原子力委員会の委員長だったストロース(ロバート・ダウニー・Jr.)の公聴会。前者はなぜか狭い部屋で目立たないように行われるが、後になってそれが仕掛けられたものであることがわかる。
その合間に描かれるのは、オッペンハイマーのそれまでの人生だ。若き日にイギリスやドイツの名門大学に留学し、教職に就き、共産主義に傾倒する。その後、軍に請われて原爆開発に乗り出し、ロスアラモス研究所でくせ者揃いの天才たちをまとめて、実験を成功させる。そうした様子をテンポよく描き出す。
その中では彼の女性関係も描かれる。妻キティ(エミリー・ブラント)、元恋人ジーン(フローレンス・ピュー)とのもつれた関係だ。二人の女性ともかなりアクが強い。それに翻弄されるオッペンハイマーの苦悩と葛藤をあぶり出す。
正直なところ前半は、大量の科学者が登場し物理の専門的な話も多く、ついていくのが大変だった。しかし、それを乗り越えると、中盤以降はどんどんドラマに引き込まれた。
オッペンハイマーは天才物理学者であっても、弱さと未熟さを持つ人間だ。若き日の彼は自分を邪険にした人物を毒リンゴで殺そうとする。その後は学問に励み、政府の取り立てで原爆開発に邁進するが、その心は次第に揺れてくる。自分の開発した「大量破壊兵器」の威力におののくようになる。
その描写を支えるのが映像の力だ。序盤からテレンス・マリック監督ばりの美しすぎる映像が目を引くが、何といっても最大の見せ場はトリニティ実験の核爆発の映像である。スクリーンがすさまじい光と炎、そして完全な静寂に包まれる。その破壊力ときたら「とんでもないものを見た」と思わせるほどだ。CGを使わずにIMAX用の65ミリフィルムで撮影したというが、それだけで核の恐ろしさを見せつけられた。
実は今回私が鑑賞したのはIMAX上映。IMAX用に撮影された映画をIMAXのスクリーンで観るのはたぶん初めての経験だと思う(普通の映画をIMAXスクリーンで観たことはあるが)。それだけに、なおさら映像の力を実感した。
終盤、それまでの時制をバラした映像の持つ意味が明らかになり、物語は一つに収斂される。孤独な男の末路は、お気楽な英雄物語とは違い苦さに満ちたものだった。同時に、彼を追い落とそうとしたストロースにもハッピーエンドは訪れない。このエンディングも示唆に富むものだった。
俳優陣の演技もすごい。主演のキリアン・マーフィをはじめ、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナーなどなど。観ただけでは「あなた誰?」と思ってしまうほどの化け方をした人も多く、その熱の入った演技に圧倒された。
ちなみに、アインシュタイン役のトム・コンティは、「戦場のメリークリスマス」のロレンス役だった人なのね~。
この超豪華俳優陣も含めて、完全にアカデミー賞を狙ったと思える映画。その思惑通りに受賞してしまうのだから、凄い映画なのは間違いなし。3時間の長尺をまったく感じさせなかった。ノーラン監督の集大成的な作品といえるかもしれない。
天才物理学者の苦悩に満ちた人生を描き出し、核の恐ろしさと赤狩りの恐怖を見せつけた本作。内容に賛否はあるにしても、見逃す手はありませんぞ。できればIMAXで。
◆「オッペンハイマー」(OPPENHEIMER)
(2023年 アメリカ)(上映時間3時間)
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー、ディラン・アーノルド、デヴィッド・クラムホルツ、マシュー・モディーン、ジェファーソン・ホール、ベニー・サフディ、デヴィッド・ダストマルチャン、トム・コンティ、ゲイリー・オールドマン
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://www.oppenheimermovie.jp/
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