映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」

「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」
シネマート新宿にて。2019年7月27日(土)午後12時5分より鑑賞(スクリーン1/D-13)。

~南北分断を背景にしたスリリングでリアルなスパイ映画。この手の韓国映画にハズレなし

南北分断を背景にした韓国のスパイ映画だ。この手の韓国映画はたいてい面白いのだが、この映画も破格の面白さである。フィクションではあるものの、実在の韓国工作員の実話をベースにしているだけにリアリティーも十分。

1992年、韓国軍の将校パク・ソギョン(ファン・ジョンミン)は、国家安全企画部のチェ・ハクソン室長からスパイとなって北に潜入することを命じられる。様々な憶測が飛び交いながら実態不明だった北朝鮮の核開発の現状を探るのが目的だった。

前半の舞台は中国・北京だ。黒金星(ブラック・ヴィーナス)というコードネームを与えられたパクは、実業家になりすまして北京に渡る。そこで、北朝鮮の外貨獲得を担う対外経済委員会所長リ・ミョンウン(イ・ソンミン)に接触しようとする。しばらくして、ようやくリ所長に会うことができたパクは、徐々に彼の信頼を獲得していく。

前半からスリリングなスパイ戦がテンコ盛りだ。儲けるためなら何でもするビジネスマンを装いつつ、あの手この手を使ってリ所長への接近を試みるパク。面会に成功した後は、両者の間で虚々実々の駆け引きが展開される。リ所長はじめ北朝鮮側は、当然ながらパクのことを疑い盗聴なども実行する。また、リ所長のそばには若い軍人のチョン・ムテクがいて、彼らはけっして一枚岩ではない。

彼らによる厳しい警戒をギリギリのところでかいくぐるパク。身分がバレるのではないか。計画が失敗するのではないか。そんなハラハラの危険な場面が連続していく。

そうしたスパイ戦を、「悪いやつら」のユン・ジョンビン監督がじっくりと、ていねいに描き出していく。ハリウッドのスパイ映画のような派手なアクションなどはないが、それでもスクリーンから目が離せない。

そして、舞台は北朝鮮の首都・ピョンヤンに移る。北で韓国の広告を撮影するというパクが持ちかけた大胆な商談を詰めるためだ。実は、パクの真の狙いは撮影の下見に紛れて、核施設のあるヨンビョンに接近することだった。

ここで登場するピョンヤンの街の様子が実にリアルだ。もちろん北でロケなどできないだろうから、CGなどを駆使しているのだろうが、それにしても見事な映像である。また、貧困にあえぐ地方の惨状なども、しっかりと描き込まれている。

そして、ここで何と北朝鮮の最高権力者である金正日(今の金正恩の父ちゃん)が登場するのだ。これがまあ見た目もそっくりなら、言動も「いかにも」といった感じ。面会の前にパクが血液検査をされたり、薬物を注射されて尋問を強いられるなど、これまた「さもありなん」と思わせるリアルな場面だ。

こうしてパクが提案した広告ビジネスが始まる。それに紛れて、パクは北の核開発の実態に迫ろうとする。だが……。

そこから先は意外な展開に突入する。当時の韓国の政治情勢を背景にしたポリティカル・サスペンスだ。韓国では総選挙が行われたのだが、その直前に北が軍事的挑発をしたことが影響して与党が勝利していた。そして、目前に迫った大統領選挙。野党系でリベラル派のキム・デジュンが有利とされる中、与党政治家や国家安全企画部は驚愕の陰謀をめぐらすのだ。

この一件を知ったパクは大いに苦悩する。彼がスパイの任務を遂行しているのは、言うまでもなく愛国心によるものだ。しかし、目の前で行われようとしている陰謀劇は、単なる当事者たちの保身のためではないのか。

終盤、パクは思い切った行動に出る。リ所長との冒険だ。そこでは体制を超えた男同士の友情もクローズアップされる。もちろんスリリングさも依然として途切れない。そして、その先にはカタルシスが待っている。

ところが、ここでドラマは終わらない。さらに二転三転する展開が用意されている。パクに対して罠が仕掛けられ、彼の身にまたしても危険が迫る。同様にリ所長にも……。

こうして体制に翻弄された2人の男の哀切を漂わせて、ようやくドラマは終焉を迎えるのかと思いきや、何と最後の最後には思いもよらない後日談が待っていた。その予想外の仕掛けに、「え? まさか」と思わず声を上げそうになってしまった。そこで効果的に使われる偽のロレックスの時計とネクタイピン。これはもうこの映画最大のカタルシス、というか感動の涙さえこみあげてきてしまったのである。

主演のファン・ジョンミンは、これまでに「ベテラン」「哭声/コクソン」「国際市場で逢いましょう」など様々な映画で、多彩な役柄を演じてきた。今回も、いかにもお調子者のビジネスマンを装うひょうきんさや、スパイとしての冷徹さ、権力にもてあそばれて苦悩する姿などパクの多彩な顔を細やかに演じ分けていた。

文句なしに面白い脚本と細部までこだわり抜いた演出、そして充実の演技。この手の韓国映画は本当に面白い。今回もハズレなしだった。

 

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◆「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」(THE SPY GONE NORTH)
(2018年 韓国)(上映時間2時間17分)
監督:ユン・ジョンビン
出演:ファン・ジョンミン、イ・ソンミン、チョ・ジヌン、チュ・ジフン、パク・ソンウン、キム・ホンファ、チョン・ソリ、キム・ウンス、イ・ヒョリ
*シネマート新宿ほかにて公開中
ホームページ http://kosaku-movie.com/