映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「海辺の映画館 キネマの玉手箱」

「海辺の映画館 キネマの玉手箱」
2020年8月5日(水)TOHOシネマズ シャンテにて。午前11時15分より鑑賞(スクリーン1/D-10)。

~まさに玉手箱、映画愛と反戦の思いに貫かれた大林宣彦監督の遺作

今年4月10日に大林宣彦監督が亡くなった。もう何年も前からガンを患っていたので、驚きはなかったが、すでに完成して昨年の東京国際映画祭で上映された最新作が、コロナ禍で公開延期になっていたのが何とも残念だった。

結局は遺作となったその「海辺の映画館 キネマの玉手箱」(2019年 日本)がついに公開になった。ひと言でいえばぶっ飛び過ぎの映画である。過去におびただしい数の映画を観てきたが、こんな映画はあまり観たことがない。「野のなななのか」「花筐」など近年の大林監督作品は、アバンギャルド化が加速していたが、今回はそれをはるかに上回る。

といっても、大林監督のアバンギャルドさは今に始まったことではない。「転校生」(1982年)、「時をかける少女」(1983年)、「さびしんぼう」(1985年)の“尾道三部作”あたりも、当時は正統派の青春映画のように思われていたが、よくよく見るとかなり実験的で大胆なタッチに満ちている。

本作は久々に尾道を舞台にしたドラマだ。オープニングタイトルから早くも大林ワールドに突入している。そして本編が始まると、なぜか宇宙船に乗った男が登場する。爺・ファンタ(高橋幸宏)というこの男が、また途中からはその娘である新聞記者の奈美子(中江有里)が、この物語の語り部の役を担う。

爺・ファンタは尾道に戻り、尾道の海辺にある唯一の映画館「瀬戸内キネマ」の支配人・杵馬(小林稔侍)と再会する。「瀬戸内キネマ」は閉館が決まり、その最終日に“日本の戦争映画大特集”をオールナイトで上映するという。

嵐の夜の上映当日、上映が始まると、映画を観ていた青年の毬男(厚木拓郎)、鳳介(細山田隆人)、茂(細田善彦)は、突然劇場を襲った稲妻の閃光に包まれて、希子(吉田玲)とともにスクリーンの中にタイムリープする。

“日本の戦争映画大特集”だから、その時にスクリーンで上映されていたのは当然ながら戦争映画だ。ただし、それは太平洋戦争だけではない。幕末の乱世、戊辰戦争日中戦争沖縄戦など、日本史上の様々な戦争が描かれる。はては、宮本武蔵佐々木小次郎の闘いまで登場する。そこに入り込んだ若者たちは、戦争を現実のものとして体験していく。

まさにタイトル通りに玉手箱のような映画だ。様々な登場人物によるバラエティーに富んだシーンが次々に登場する。いったい次は何が飛び出すのか予測不能。出演者を見てもらえばわかるが、そうそうたる顔ぶれの役者たちが意表を突く役柄で、入れ代わり立ち代わり登場するのだ。「この人がこの役で!」「もしかして、この人は……」の連続。それらを観ているだけで無条件に楽しい。

映像も相変わらず斬新だ。美しく鮮烈なシーンが続く。特に印象深いのが書割のような背景を使った合成映像。CG全盛のこの時代にこうした映像を多用するところに、大林監督の強烈な意思を感じる。映画は絵空事であり、リアルなものが美しいとは限らないことを再認識させられる映像だ。

時代がかった過剰なセリフやナレーション、スクリーンに次々に登場する説明の文字なども目につく。なまじの映画監督がこんなことをしたら、「うざい!」と文句を付けたくなるだろうが、これもまた大林節。中でも全編でスクリーンに映し出される中原中也の詩が、大林監督の思いを体現していて効果的だ。

それにしてもなんと自由奔放で大胆な映画なのだろう。ミュージカル、チャンバラ、SF、戦争映画、無声映画など、様々なジャンルの映画の要素が、時空を超えて描かれる。そうなのだ。本作を貫くのは映画への熱い愛だ。大林監督の幼少時の実体験とも思しき映画に関するエピソードも登場する。また、小津安二郎、山中貞夫といった日本の名監督を登場させたり(それを手塚眞犬童一心に演じさせているのが笑えるが)、さらには外国の有名監督らしき人物を大林監督自身が演じていたりもする。

そういう点で、大林監督版「ニュー・シネマ・パラダイス」ともいうべき側面を持った映画だが、それ以上に強いメッセージとして発せられているのが反戦への思いである。スクリーンに迷いこんだ3人の若者たちは、ヒロインとなった希子を救おうと奮闘しながら、戦争を体験することになる。また、一美(成海璃子)、和子(山崎紘菜)らが、戦争の犠牲になる姿も目撃する。それは実に悲惨なものである。

そのハイライトが、広島での原爆投下だ。原爆投下前夜の広島。3人の若者は、看板女優の園井惠子(常盤貴子)が率いる移動劇団「桜隊」と出会う。3人は「桜隊」を救うため運命を変えようと奔走する。だが……。

終盤になるにつれて大林監督の反戦への思いが、より強く伝わってくる。死者と生者が入り乱れ、戦争の愚かさと悲惨さ、そして何よりも現在の日本に対する危機感を訴える。最後はストレートなメッセージで「みんなやれることがある!!」と観客に、平和への行動を促すのだ。そう言わずにはいられないほど、大林監督の危機感は強かったのだろう。

とはいえ、小難しい映画ではない。前述したように、玉手箱のようにお楽しみが次々に飛び出す映画だ。ユーモアも全編にあふれている。実際の夫婦である湯原昌幸荒木由美子が、夫婦役でチラリとだけ出てくるシーンなど小ネタも満載で、思わずニヤリとしてしまった。ラストで宇宙船に爺・ファンタと奈美子を乗せ、高橋幸宏にドラムセットに向かわせるとは、何という遊び心!

約3時間があっという間だった。遺作にしてこの若々しさ、自由奔放さ、大胆さ。「ブラボー!」と叫ぶしかないのだった。唯一無二の個性に満ち満ちた世界が現出し、大林監督の思いがダイレクトに伝わる映画。大林映画のファンもそうでない人も、一見の価値はあると思う。

f:id:cinemaking:20200807210424j:plain

◆「海辺の映画館 キネマの玉手箱」
(2019年 日本)(上映時間2時間59分)
監督:大林宣彦
出演:厚木拓郎、細山田隆人細田善彦、吉田玲、成海璃子山崎紘菜常盤貴子小林稔侍、高橋幸宏白石加代子尾美としのり武田鉄矢南原清隆片岡鶴太郎柄本時生、村田雄浩、稲垣吾郎蛭子能収浅野忠信伊藤歩品川徹入江若葉渡辺裕之手塚眞犬童一心根岸季衣中江有里笹野高史本郷壮二郎川上麻衣子満島真之介、大森嘉之、渡辺えり窪塚俊介長塚圭史、寺島咲、犬塚弘有坂来瞳大場泰正ミッキー・カーチス
TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
ホームページ https://umibenoeigakan.jp/