映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「護られなかった者たちへ」

「護られなかった者たちへ」
2021年10月4日(月)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後4時5分より鑑賞(スクリーン7/E-9)

~連続猟奇殺人の背後にある震災の不条理さと人とのつながり

ピンク映画出身で、超メジャーからインディーズ作品まで幅広く手掛けてきた瀬々敬久監督。「64-ロクヨン-」「糸」「8年越しの花嫁 奇跡の実話」などを代表作に挙げている紹介文が多いが、個人的には「ヘヴンズ ストーリー」や「菊とギロチン」などのインディーズ作品により惹かれるものがある。

その瀬々監督が、中山七里の同名ミステリー小説を映画化したのが「護られなかった者たちへ」だ。松竹、アミューズ木下グループ等が製作に参加したガチガチのメジャー作品である。

東日本大震災を背景にした猟奇監禁殺人事件をめぐるミステリーだ。東日本大震災から9年後の仙台で、福祉関係職員が全身を縛られたまま放置され餓死させられるという事件が2件続けて発生する。その残忍な殺害方法から怨恨の線が有力視されたが、被害者はいずれも人格者として知られていた人物だった。そんな中、事件を追う笘篠刑事(阿部寛)は、被害者がかつて同じ福祉保健事務所に勤務していた事実を突き止める。やがて、かつて放火事件を起こしていた利根泰久(佐藤健)という男が容疑者として浮上する……。

ミステリーではあるものの、犯人探し、謎解きといったミステリー的な魅力はイマイチのドラマだ。そもそもあの真犯人は無理があるだろう。途中で「もしや」と思ったが「いくらなんでもそれはあざとすぎる……」と思い直したぐらいだ。だいたいあの犯人なら、過去の言動と整合性が取れないではないか。あれじゃ完全なサイコパスだもの。そのあたりは原作がそうなっているのかもしれないが(スイマセン。原作は未読です)。

その代わり、人間ドラマはとてつもなく重みがあって深い。瀬々監督といえば手持ちカメラを多用することで知られているが、今回は手持ちカメラはほぼ皆無。しかし、いつも以上に登場人物の心理に鋭く切り込んでいく。特にセリフ以外の行間で語らせるところが圧巻だ。

オープニングは震災直後の混乱を描く。笘篠刑事は妻子が行方知れずになり、必死でその姿を探す。だが、やがて妻は遺体で発見される。

そして利根という男も憔悴しきっている。彼は避難所で親を亡くした少女カンちゃん(石井心咲)と、一人暮らしのけい(倍賞美津子)と知り合う。

それ以降は、震災から9年後に起きた事件の捜査劇と、過去の出来事が並行して描かれる。笘篠は怨恨の線で捜査を始め、被害者の部下の幹子(清原果耶)から生活保護行政の話を聞いて、現場に同行する

一方、過去のパートでは、利根とカンちゃん、けいが、まるで家族のような暮らしを送る姿を描く。

映画の柱となるのは、人と人とのつながりのドラマだ。震災がもたらした孤独と格差を利根、カンちゃん、けいは疑似家族のような関係を築いて、3人で肩を寄せ合って乗り越えようとする。その人間愛が心を打つ。

だが、同時にそれを許さない現実がある。利根がかつて放火事件を起こしたのは、けいが生活保護を受けられなかったことに怒ったからだ。

そう。この映画では、過去のドラマと現在進行形のドラマの多くの時間を費やして、生活保護行政の不条理さが描かれる。

なるべく生活保護の支給を減らそうと、行政側は官僚的な態度に終始する。子どもを塾に行かせようとスーパーに勤務し始めたうつ病の母にも、容赦のない態度で臨む。しかし、それには財政難を背景にした国の指示がある。同時に不正受給者の存在もそこにはある。瀬々監督は一面的な見方を排しつつ、生活保護の問題点をリアルに提示する。

この映画には完全な悪人も、完全な善人も存在しない。監禁殺人の被害者になった男は、生活保護申請者に対して非常な態度を見せる一方で、被災した墓地で倒れた墓石を一つずつ立てて回る。そこに善悪を単純に切り分ける視点はない。

「護られなかった者たちへ」というタイトルが印象深い。護られなかった者たちがいれば、そこには護ることができなかった者たちもいる。彼らの悔恨と悲嘆の思いが胸に響く。それを癒すのは、人と人とのつながりだろう。そこにかすかな救いを感じる。

今も残る震災の傷痕と、それを背景にした生活保護の問題点を、メジャーな映画でこれだけ鋭く指摘した作品はあまりないのではないか。そこに瀬々監督はじめつくり手の気骨を感じる。

阿部寛佐藤健の熱演が光る。どちらもハマリ役ということもあるが、その演技がドラマに深みを与える。

そして、脇役陣の豪華さにも注目。日本映画界を担う存在が、ベテランから若手まで揃っている。西田尚美原日出子などはたった一言、二言しかセリフがないのだ。なんと贅沢な。

東日本大震災を描いた映画は震災直後から数多くつくられてきたが、その中でもずば抜けて骨太な作品だと思う。ずしりと重たくて深い。観応え十分な映画である。

 

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◆「護られなかった者たちへ」
(2021年 日本)(上映時間2時間13分)
監督:瀬々敬久
出演:佐藤健阿部寛、清原果耶、林遣都永山瑛太緒形直人吉岡秀隆倍賞美津子岩松了波岡一喜奥貫薫井之脇海宇野祥平黒田大輔西田尚美千原せいじ、石井心咲、原日出子鶴見辰吾三宅裕司
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
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