「アイリッシュマン」
シネ・リーブル池袋にて。2019年12月6日(金)午後1時15分より鑑賞(シアター1/G-6)。
~スコセッシと三人の名優がタッグを組んだ骨太で重厚なマフィア映画
動画配信サイトには加入していない。うちのテレビ画面は小さいし、だいいちネットにつなげられない。さらに小さなパソコンの画面で映画を観たところで、そんなものは魅力半減ではないか。
そんなオレにとって受難の時代が到来している。Netflixなどがオリジナルの秀作映画を次々に製作しだしたのだ。巨匠マーティン・スコセッシ監督の「アイリッシュマン」(THE IRISHMAN)(2019年 アメリカ)もNetflixによる製作・配信。この話題作をオレは観ないままに過ごすのか!?
しかし、である。オレの無念の思いが通じた……なんてことはないだろうが、Netflixはこの映画を劇場でも公開してくれたのだ。ミニシアター中心の小規模公開とはいえ、贅沢は言うまい。さっそく映画館へGO!!
簡単に言えばマフィア映画である。冒頭、ある施設の中を長回しで映していく。たどり着いた部屋にいるのは、主人公“アイリッシュマン”ことフランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)。年老いた彼の一人語りによってドラマが進行する。
かつてフランクは冷凍牛肉を運ぶトラック運転手だった。だが、牛肉を盗んで横流ししたことをきっかけに、裏社会とのつながりができる。やがて伝説的マフィアのラッセル・バッファリーノ(ジョー・ペシ)に仕えるようになった彼は、裏仕事に手を染めるようになる。借金取りから始まり、車や建物の爆破、そしてついに殺しにも手を染める。「ペンキ屋」(つまり壁を血で染めるという意味)として、どんどんのし上がっていくのである。
フランクがマフィアによくあるイタリア系ではなく、アイルランド系だという違いはあるにせよ、基本的には典型的なマフィア映画だ。そこには成り上がり、友情、裏切り、暴力、転落など、人生の様々な要素が詰め込まれている。しかも、それを描くのはマーティン・スコセッシである。骨太で濃密すぎる空間が創出されている。
フランクは、やがてもう一つの舞台でも存在感を発揮するようになる。組合運動だ。当時の全米トラック組合の委員長ジミー・ホッファ(アル・パチーノ)は、エルヴィス・プレスリーや「ザ・ビートルズ」よりも人気があったといわれる労働運動におけるカリスマ的指導者。フランクは、彼に取り立てられ頼りにされるようになる。2人の間には絆が生まれていく。
それにしてもなぜマフィアが組合運動? 実は、ホッファもマフィアとのつながりがあったのだ。労働者の味方としての表の顔の一方、裏ではマフィアとつながり、かなりあくどいこともやり、私腹を肥やしていた。そんな2人がつながるのは、ごく自然なことだったのかもしれない。
本作の大きな特徴は、裏社会の人々の暗躍を政治や社会の出来事と結び付けているところ。ケネディ大統領の誕生、ピッグス湾事件などの歴史的な出来事に、マフィアたちを絡ませて描いていく。当時、マフィアがそれだけ力を持っていたことを示すとともに、スコセッシらしいスケール感に満ちた重厚な描き方である。
また、この映画にはおびただしい数の人物が登場するが、その登場時には後の死亡日時と死因が添えられる。そのほとんどはろくでもない死に方だ。それがあるからこそ、虚勢を張って羽振りの良さを誇示する現在の彼らの姿には、何やらもの悲しさが漂うのである。
そしてこのキャスト! ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ。いずれもキャラが濃すぎる。24年ぶりのスコセッシの長編作への主演となるロバート・デ・ニーロは貫禄の演技。殺し屋としての冷徹さだけでなく、人間味もきちんと表現している。鋭い眼光が印象的なジョー・ペシの圧倒的な存在感も素晴らしい。そしてスコセッシ作品初登場らしいアル・パチーノは、感情の起伏の大きな人物を巧みに演じ分けていた。
この大御所三者の演技バトルだけでも、観る価値がある作品だ。若い頃の彼らを描くのに、若い役者を使うのではなくCGを駆使しているのだが、そんなことを可能にしたのも彼らの演技力のなせる業。どんなに外見を変えても、中身が年をとったままでは不自然極まりない。しかし、彼らはそれをきちんと演じているのである。
終盤、いったん刑務所に入ったホッファは出所後に復権をもくろんで猛進する。それによってマフィアとの関係が悪化する。そんな中、ホッファとマフィアとの間に挟まれてフランクは苦悩する。そして……。
劇中何度も挟み込まれるのがフランク夫妻とラッセル夫妻によるドライブの場面だ。奥さんたちがしょっちゅうタバコ休憩するなど、ユーモラスなところもあるのだが、実はそれが終盤のホッファの一件とつながる。このあたりも、なかなかよく考えられた構成だ。
結局のところフランクをはじめ悪党たちは、刑務所に入ったり殺されたりするわけで、まさに因果応報といったところ。だが、フランクにとってとりわけ痛手だったのは、娘との確執だろう。以前からけっして関係はよくなかったが、晩年は完全に拒絶される。それでも後悔していないと言い切り、真実を墓場まで持っていくフランクの姿には、哀切が漂うばかりである。
上映時間は3時間29分。だが、少しもその長さを感じなかった。巨匠と名優たちがタッグを組んで実現させた見事な映画だ。これが配信中心での公開というのは、時代を感じさせますなぁ。でも、家によほどデカいテレビを持っているならともかく、観るならやっぱり劇場がオススメですヨ。
◆「アイリッシュマン」(THE IRISHMAN)
(2019年 アメリカ)(上映時間3時間29分)
監督:マーティン・スコセッシ
出演:ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ、レイ・ロマノ、ボビー・カナヴェイル、アンナ・パキン、スティーヴン・グレアム、ハーヴェイ・カイテル、ステファニー・カーツバ、キャスリン・ナルドゥッチ、ウェルカー・ホワイト、ジェシー・プレモンス、ジャック・ヒューストン、ドメニク・ランバルドッツィ、ポール・ハーマン、ルイス・キャンセルミ、ゲイリー・バサラバ、マリン・アイルランド、セバスティアン・マニスカルコ、スティーヴン・ヴァン・ザント
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