映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「閉鎖病棟-それぞれの朝-」

閉鎖病棟-それぞれの朝-」
2022年5月3日(火)GYAO!にて鑑賞

~生きる希望を感じさせる精神科病棟のドラマ

ゴールデンウィークで映画館はけっこう賑わっているようだ。なにせコロナには絶対にかかるなと医師から厳命されている身ゆえ、混んだ映画館に行くわけにもいかないだろう。心臓の手術をしたばかりなので感染即命に関わる。全国でまだ1万人以上も新規感染者がいる状況なので、油断はできない。

というわけで、動画配信サイトで2019年公開の「閉鎖病棟-それぞれの朝-」を鑑賞。

原作は山本周五郎賞を受賞した帚木蓬生のベストセラー小説。それを「愛を乞うひと」などの平山秀幸監督・脚本で映画化した。原作モノとはいえ、平山監督らしさが十分に発揮された映画といえる。

冒頭はいきなり衝撃の死刑執行シーンから始まる。母親や妻を殺害した罪で死刑判決を受けた梶木秀丸笑福亭鶴瓶)の刑が執行されるのだ。首にロープを掛けられ、床板が落ちて死に至る梶木。ところが、なんとまあ梶木は生きていたのだ。死刑の執行に失敗したのである。

「そんなバカな」とも思うが、原作がそういう設定なのだろう。ともあれ、梶木は車いす生活になったものの精神科病院に送られる。さすがに死刑のやり直しはできなかったのだ。

というわけで、場面は長野県のとある精神科病院に移る。そこには梶木をはじめ様々な入院患者がいた。その中でも中心的に描かれるのは、幻聴が聴こえて暴れるようになり、妹夫婦から疎まれて強制入院させられた元サラリーマンのチュウさん(綾野剛)。そして義父のDVが原因で新たに入院してきた由紀(小松菜奈)だ。

ちなみに入院してきた由紀が、病院の屋上から飛び降りて軽傷で済むという、にわかには信じられない場面もあるのだが、まあ気にしないでおこう。

映画は入院患者の奇行で笑いを取ったりもするが、基本的にはしごく正攻法で、真っ当なタッチで描かれる。例えば、話を面白くするなら、初めのうち梶木を正体不明の人物として描き、次第に奇異な運命を経験した死刑囚という実像を明かすだろう。だが、この映画では冒頭でそれを明かしてしまっている。

平山監督の演出・脚本には奇をてらったところがまったくない。その分、登場人物の心理をあぶり出すことに主眼を置いている。これは「愛を乞うひと」をはじめ過去の作品にも共通していたことだ。本作では、梶木、チュウさん、由紀などの心理がじっくりとあぶり出される。

その3人を中心に入院患者たちに共通しているのは、様々な事情を抱えていることだ。彼らは過去を背負い、ここに収容され、家族や世間から遠ざけられている。家族は彼らを邪険に扱うし、世間も差別的な目で彼らを見る。だから彼らは、どこにも行き場がない。そんな中でも、明るく前向きに生きようとする。

しかし、そんな明るさの中にもところどころで暗い影が差す。入院患者の1人、サナエ(木野花)は娘たちが厚遇してくれると、年中外泊をしている。だが、他の患者たちは知っていた。彼女には家族がいないのを。そして悲劇が起きる。

けっして明るいだけのドラマではない。かといって暗いばかりのドラマでもない。その絶妙な匙加減がいかにもベテラン監督らしい。

中盤では、梶木が死刑になるに至った事件が回想として描かれる。それが今も梶木を苦しめていることが明らかになる。

そして後半、衝撃的な事件が起きる。患者たちの中でも異質な存在だった重宗。なにせ演じているのが渋川清彦だから、心根は善良な他の患者たちとは明らかに違って見える。やたらに暴力的で不遜な態度をとり続ける梶木。「いったい何じゃ?コイツ」と思ったら、やがて彼が事件を起こす。それがきっかけでドラマは思わぬ方向に向かっていく。

終盤は裁判シーンだ。被告は梶木(死んだはずの死刑囚が裁判にかけられるというのは、ちょっと混乱しそうではあるが……)。そこでの由希の迫真の証言が胸に迫る。それは勇気ある告白であり、彼女自身の決意表明でもある。すでに退院したチュウさんともども、明日への希望を感じさせる展開だ。

では、一方の梶木はどうなのか。後日談で描かれる梶木の必死の姿。それは生きる希望を失くした彼が、再び前を向こうとする強烈な意志である。どんな人間にも希望はある。生きている限り明日は来る。そんな平山監督の信念が強く感じられるラストだった。

キャストは笑福亭鶴瓶綾野剛小松菜奈をはじめ脇役までハマッていた。特に平岩紙綾田俊樹森下能幸、水澤紳吾、大方斐紗子など患者役は芸達者が顔をそろえている。看護師役の小林聡美もさすがの安定感だ。

本作は第43回日本アカデミー賞で優秀作品賞、優秀監督賞、優秀主演男優賞ほか11部門を受賞したらしい。精神病棟の描写など首をかしげるところはあるし、正直、そこまでの作品かという気はするが(日本アカデミー賞だしね)、平山監督らしさが発揮された良い映画なのは間違いない。

◆「閉鎖病棟-それぞれの朝-」
(2019年 日本)(上映時間1時間57分)
監督・脚本:平山秀幸
出演:笑福亭鶴瓶綾野剛小松菜奈坂東龍汰平岩紙綾田俊樹森下能幸、水澤紳吾、駒木根隆介、大窪人衛、北村早樹子、大方斐紗子、村木仁、片岡礼子山中崇根岸季衣ベンガル高橋和也木野花、渋川清彦、小林聡美
*動画配信サイトにて配信中
ホームページ https://www.heisabyoto.com/

 


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