映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「アダマン号に乗って」

「アダマン号に乗って」
2023年5月2日(火)グランドシネマサンシャイン池袋にて。午後2時15分より鑑賞(シアター1/d-9)

人間性あふれる船の中で患者たちを見つめる優しい目。

ふだんはあまり観ないドキュメンタリー映画。しかし、ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞を受賞したとあれば、観ない手はないだろう。「ぼくの好きな先生」「人生、ただいま修行中」などのフランスのドキュメンタリー監督ニコラ・フィリベールの作品「アダマン号に乗って」である。フィリベール作品を日本で配給してきたロングライドが製作に参加した日仏合作映画となっている。

セーヌ川に浮かぶ木造建築の船「アダマン号」。ここは病院に付属するデイケアセンターだ。利用するのはパリ市内の精神疾患を抱えた患者たち。この施設の特徴は、文化活動を通じて患者たちが社会と再びつながりを持てるようにサポートしていることだ。

映画の冒頭、ギターに合わせて1人の男がフレンチロックのヒット曲、テレフォンの「人間爆弾」を歌う。その歌声の力強いことと言ったらこの上ない。思わず拍手しそうになってしまった。「精神疾患の患者」という余計なイメージが崩れ去った瞬間である。

他にも、エレキギターの名手が登場したり、ピアノを弾きながら即興で素晴らしい曲を披露する男がいたりと、音楽は患者たちにとって大切な存在であることがわかる。絵画も同様だ。患者たちは自由に自分の好きな絵を描く。詩もまた然り。

彼らは映画クラブの活動も行っており、その10周年を記念したイベントでは「アメリカの夜」などを上映する予定だ。また、カフェも営業しており、売上の計算なども自分で行う。

映画といえば、映画ファンの患者が「本人たちは気づいていないが、ここにいるのは素晴らしい俳優たちだ」と語る場面がある。その通り、登場する患者たちはいずれも個性的だ。

ある患者は自分と兄はゴッホ兄弟の生まれ変わりだと語り、またある患者は自身の空想の王様を実在のように語る。患者が自身の描いた絵を説明する際も斬新な解釈を行う。事の真偽はともかく、実に創造力が豊かなのだ。

その反面、患者がつらい事実を告白する場面もある。ある女性患者は病気になって自分の子供を里子に出した際のことを告白する。また、ある患者はカウンセリングも行っているものの、やはり薬が一番効果があると打ち明ける。他人の好奇の目が気になると打ち明ける患者もいる。その時の彼らの目は真剣だ。

映画は個性的な患者たちの証言や、彼らの船内での活動の様子を切り取っていく。ナレーションも、詳しい説明もないまま進むが、特に戸惑うことはない。そこではフィリベール監督の温かく優しい視線が際立つ。揺れるセーヌ川の水面、窓から差し込む陽光なども、この映画の登場人物たちを優しく包む。

被写体との距離感も絶妙だ。近づきすぎず、かといって離れすぎず。愛情をもって接していることがよくわかる。患者たちが積極的に話すのは、そのおかげかもしれない。

そしてフィリベール監督のカメラの前ではすべてが対等だ。最初のうちは登場人物すべてが患者だと思っていたのだが、どうやらそこには医師や看護師、そして一般の人もいるらしいことがわかる。フィリベール監督のカメラは「患者」と「職員」といった立場の違いを映し出さない(医師が自分で名乗る場面はあるが)。誰が精神障害で、誰がそうでないかも曖昧にする。

要するにこの施設の方針と同様に、フィリベール監督にとっても分け隔てがなく、誰でも対等なのだ。

それにしても日本でこれだけ開放的な施設があるのだろうか。そのあたりの詳しい事情は知らないので迂闊なことは言えないが、とにかくアダマン号は人間を大切にする理想的な場所に映る。

映画のラストでテロップで簡潔に、アダマン号が「個」を大切にする場所であり、そうした場所は他にあまりないことをフィリベール監督は告げる。そうやって現実の社会への批判もにじませるのである。

終盤に元ダンサーだという女性が、ダンスのワークショップをやらせて欲しいと必死の形相で訴える場面がある。それは「個」を大切にするアダマン号らしい場面だと考えて、エンディング近くに持ってきたものかもしれない。

ベルリン国際映画祭金熊賞も納得の映画。ふだんドキュメンタリー映画をあまり観ない私も、アダマン号に乗って心地よい時間を過ごした気分になれた。世知辛い世の中で一服の清涼剤のような映画だった。

◆「アダマン号に乗って」(SUR L'ADAMANT)
(2022年 フランス・日本)(上映時間1時間49分)
監督・撮影・編集:ニコラ・フィリベール
ヒューマントラストシネマ渋谷新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://longride.jp/adaman/

 


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